右利きの人は気づきにくいかもしれませんが、私たちの生活のなかには右利きの人が使いやすいようにデザインされているものがたくさんあります。
ハサミ、やかん、先の細いおたま(レードル)といった日用品は、左利きの人向けの商品も手に入りやすくなりましたが、エレベーターのボタン、鉄道の自動改札機の投入口やICカードセンサー、電子レンジやコインロッカーの扉などは右利きの人向けにデザインされています。スポーツの世界では左利きの人が有利になるような場面もありますが、憧れの「サウスポー」は、意外に不便な思いをすることが多いようです。
利き手で苦労するといえば、学校生活においては、「書写」の授業が挙げられます。小学3年生から毛筆を使って字を書くようになると、左利きの子どもは苦戦する場面も出てくるかもしれません。
今回は、左利きの子が毛筆習字をうまく書けるようになるコツと「書写」の時間に自信をもって取り組めるように親がサポートできることについて紹介します。
書道は、左利きの子も右手に矯正して習わせるべき?
左利きの人で、幼少時代に習字教室の先生から「右手で書くように」と指導された経験がある人もいるのではないでしょうか。最近は、無理に利き手を矯正しないで、本人や親御さんの意思を尊重するという教室も多くなっているようですが、実際に毛筆で字を書くには右手のほうがスムーズに書けます。
例えば、ひらがなの「あ・う・お・か・ち・つ・な・ぬ・ね・の・は・ほ・ま・み・め・や・ゆ・ら・る・ろ・わ」は左側から右側へカーブする部分があります。これを毛筆で書くときには、筆をもった手で自分が書いた墨の字が隠れてしまい、書いた筆跡を確認しながら書くことができません。
また、毛筆で書く漢字に特徴的な「右はらい」のフォームも右手で書くからこそ、はらう直前までが力の入った太い筆遣いとなり、最後はそっと力を抜いて細くはらうことが自然にできるのであり、左手ではなかなか簡単に筆を運べない動きでしょう。
長い年月をかけて、漢字やひらがなは多数の右利きの人が書きやすいように進化してきたことを考えると、毛筆を使うときだけでも右手で書かせるように矯正していたのは合理的な判断といえるかもしれません。
ただ一方で、合理的に右手へ変えることができても、自分のアイデンティティでもある「左利き」を否定されたと感じて傷ついたという話もあります。そのような悲しい思いをさせないために、テクニックで左利きの不利な点をカバーするというのも一手ではないでしょうか。
左利きでも書写を上手にできるようになるコツ2つ
左利きの人が毛筆で上手に字を書くコツについては、通販サイトのフェリシモが企画した『<復刻版>左利き書道教本』に掲載されていたようです。しかしながら、現在、手に入れることはできないようで、東京学芸大学付属高等学校の研究紀要で引用されていた部分から2つのコツを紹介します。
1. 筆の持ち方
筆先と紙のなす角度を右手の場合と同じように左手の角度を傾けてください。
この角度は非常に大切です。それは筆先が15度ないし20度ぐらい傾いていないと筆の毛がササクレたってしまい、上手な字が書けなくなってしまうからです。
(引用元:荒井一浩(2015),『左手書字者に対する毛筆指導のあり方について』,研究紀要/東京学芸大学附属高等学校(52): 35-42)
右利き向けに進化した文字を書くのであれば、筆の角度も右利きの人と同じように傾ければ書きやすいという考え方です。ただし、このままでは書いた字の上に筆をもった手が被さりやすく、字全体のバランスを見ながら書くのは難しくなります。
2. 斜め書き筆法
そこで、筆の持ち方とともに用紙の置き方を少し変えてみるというのが、この「斜め書き筆法」です。
(前略)紙の位置を斜めにずらして置くと非常に書きやすくなります。そのさい紙を約45度ぐらい傾けるのが適当ですが、もう少し角度を変えて置いてもかまいません。
(引用元:同上)
机の淵に合わせて用紙を置くと、横へ線を引くときにどうしても用紙に左手の圧力がかかってしまい、筆の先がバサバサになりやすく、用紙にも力が加わってよじれの原因になります。そのため、45度くらい用紙を傾けることで必要以上の力が入らないようにして筆の運びをスムーズにするというものです。
用紙の傾け具合はそれぞれが書きやすい角度で問題ありません。用紙を傾けるのではなく、自分の体を傾けることで調整しても構いません。
左利きの子が右手で書かなければならないときのサポート
上述の2つのコツを活用すると、左利きの子も毛筆の字を書きやすくなりますが、学校の授業や習字教室によっては「右手で書くこと」にこだわる先生もいるかもしれません。
そうしたときは、個性だからといって左手で書くことに固執せず、できれば右手でも書けるようにアドバイスしてはいかがでしょうか。テクニックの部分だけでなくメンタルの部分でも、子どもをサポートしてあげられるといいですね。
人気書道家の武田双雲さんも左利きですが、右手でも書くことができる「両利き」なのだそう。ダイナミックで味わいのある武田さんの書を右手と左手で「鏡文字」のように書けるのも、彼ならではの特技です。
彼は自身のブログにおいて「左利きで何が悪いんじゃ。」というタイトルで、以下の内容を発信しています。
いまだに、左で書いてはダメだみたいなのがありますが、
僕からすれば、
両方で書けたらかっくいいよね。
(引用元:書道家 武田双雲 公式ブログ|左利きで何が悪いんじゃ。)
左利きの良さも認めながら、右手で書けるようにチャレンジしていく姿勢は、子どもの心の成長にとって大切な要素のひとつになります。
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左利きでも筆の持ち方と用紙の置き方で、右利きの人のように字を書くことはできるようです。大切なことは「左利きを否定しない」ということ。左利きという個性を子どもと親が一緒に認められることが、子どもの自信につながっていきます。
(参考)
双雲Souun武田takeda|Japanese Kanji “DREAM・夢” and …. dream?! 武田双雲 takeda souun
書道家 武田双雲 公式ブログ|左利きで何が悪いんじゃ。
荒井一浩(2015),『左手書字者に対する毛筆指導のあり方について』,研究紀要/東京学芸大学附属高等学校(52): 35-42
美文字塾 谷口栄豊氏 ブログ「書道師範プロデュース|「ひらがな」の右カーブは、左利きではちょっと書きにくい…
フェリシモ左きき友の会|左筆法