教育を考える/芸術にふれる/演劇 2018.5.23

【子どもに見てほしい映画】映画監督・白石和彌さん〜映画は大人への扉を開いていくメディア〜

【子どもに見てほしい映画】映画監督・白石和彌さん〜映画は大人への扉を開いていくメディア〜

2010年に長編監督デビューを果たし、『凶悪』(2013年)で一躍注目を集めた映画監督・白石和彌さん。2018年5月12日には、最新監督作『孤狼の血』が公開され、ますます注目度が高まっています。鮮烈なバイオレンス描写に定評ある映画監督もプライベートでは小学5年の娘を持つ良きパパ。気鋭の映画監督が、映画というメディの特性と、子どもたちに見てほしい映画を教えてくれました

構成/岩川悟 取材・文/清家茂樹(ESS)

映画は他人とのちがいを知る「ライブメディア」

その場で「ワーッ」と楽しめる映画でも、子どもにとっては十分に印象的な体験になります。映画には、単純に娯楽という側面もありますからね。ただ、映画から子どもたちが学ぶことはいくらでもあると思っています。たとえば、自分の知らない世界や社会があって、仲間を裏切る、他人をだますなどいろいろな人間がいるということ。「学ぶ」と表現しましたが、映画というのはその学びを感じざるを得ないものではないでしょうか。それが映画の良さです。もちろん「学び」という視点でいえば読書も重要ですが、本を読むにはページをめくる動作や映画を見る以上の集中力が必要。でも、映画なら映画館に行って座るだけでいい。本をはじめとした他のメディアと比べると、比較的楽にコンテンツを味わえます。

そして、映画の時間はだいたい2時間程度。この絶妙な短さもいいんですよ。日本は漫画文化が豊かだとか言われますけど、僕はそれには疑問を持っています。それこそ、人気漫画は何年にもわたって連載していますよね? それは物語の起承転結を見せられていないということでもあるんです。本当は、ストーリーの起伏がきちんとあって、「え? もう終わっちゃうの?」って思わせて終わるくらいの物語のほうがいい。なぜなら、子どもたちの想像力をかき立てることにもなるからです。その点でもやっぱり映画が最高なんですよ。

また、僕は映画を「ライブメディア」だと思ってるんです。子ども向けの映画を見に行けば、映画館には他の知らない子どもたちもたくさんいる。すると、自分が笑えなかったシーンで他の子が笑ったり、逆に自分だけが笑ったりすることもあるでしょう。「他人と自分は捉え方がちがうんだ」という認識、それぞれが持っている感覚のちがいというものも学べるわけです。もちろんそれは、子どもに限らず大人にもあてはまりますけどね。僕もいまだに映画館でいろんなことを学んでいます(笑)。

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大人への芽生えは反抗心にある

せっかくですから、子どもたちに見てほしい映画についてもいくつか話してみたいと思います。知らない世界、社会、いろいろな人間がいるということを知るという意味では、「どストライク」といえるのは『グーニーズ』(※1)かな。印象に残っているのが、スロースというキャラクター。巨体で見た目は恐ろしいんだけど、心はとっても優しい。差別撲滅の意識が向上したことで、いまの映画ではなかなかああいうキャラクターは描けないんですけどね……。でも、健常者とはちょっとちがった人間もいるのが現実の社会なんです。障碍者には優しくしなきゃいけない、社会で守らなきゃいけないという風潮は当然ありますが、本当の平等というのは、上っ面だけ仲良くすることじゃない。極論をいえば、「ほんとにおまえはバカだなあ!」ってお互いに言える関係になることでしょう? スロースとグーニーズのメンバー・チャンクの関係こそ真の友だちです。オブラートに包まれたものだけではなく、子どものうちにそういう真実を知ってほしい。

『グーニーズ』より年齢層が少し高い子ども向けになりますが、日本の冒険映画ならやっぱり『ぼくらの七日間戦争』(※2)。そして、両作品とも「大人に対する反抗」を描いているという共通点もあります。『ぼくらの七日間戦争』はよりそういうカラーが強いですね。大人や社会に対しての反抗心を持つ。これは子どもの成長過程においては、まったく悪いことじゃない。大人になる「芽生え」というのはそういう部分にあるんです。それがちゃんと衝動として描かれている。いま、そういう若者たちはなかなかいません。反抗心をどこかで抑えられたのか、社会が抹殺したのか……あるいはゆとり教育がそうさせたのか、僕は人文学者じゃないからわからないけど、若者の反抗心が足りないことが、いまの世の中が「力弱い」感じにつながってるんじゃないかなって。

そして、ただいろいろな世界や社会が存在するということだけでなく、人がまだ到達していないどこかがあるという予感、誰も知らない何かがあるという「ワクワク感」もぜひ映画を通して感じてほしいこと。いまは情報があり過ぎてすぐになんでも調べられちゃうからか、そういう探究心が薄れている気がしますね。自分の足で探検しない。その探究心が、大人になるために必要な知識欲などにつながるんですよ。

子どもに見てほしい映画2

映画ではないですが、子どものころの僕は『水曜スペシャル』(1976年〜1986年/テレビ朝日)の『川口浩探検隊』に憧れましたね。俳優・川口浩が猛獣や未確認動物を求めて世界各地の秘境を探検する姿がめちゃくちゃ格好良かった。やっぱり、未知のものを見つけに行ったり、未知のものと出会うというものが、子どもは一番ワクワクしますよね。そういう意味では『スタンド・バイ・ミー』(※3)もオススメです。少年たちが死体を探しに行くという脚本もすごいのだけど(笑)、未知のものや場所に対する探究心だけでなく、子どもだって「怖いもの見たさ」というものを潜在的に持っていますから

「怖いもの見たさ」ということなら、やっぱりホラーも子どもが大人になるためには必要でしょう。いまは、たとえ子ども向けにつくられたものであっても、ホラー映画を地上波のテレビでは放送できないんですよ。苦情がくるらしくて……。でも、ホラーも大人になるための扉を開けてくれる重要な映画ジャンルです。僕には小学5年の娘がいるのですが、この前彼女は、『貞子vs伽椰子』(※4)を、布団にくるまって怖がりながらも喜んで見ていました。そうやって、ちょっとずつ異形の世界というものも知っていってほしいですね。

また、ホラーではないですが、『火垂るの墓』(※5)も子どもにとっては恐怖を感じる作品です。高畑勲監督が亡くなって急遽テレビで放送されたこともニュースになりましたよね。小学生でも高学年になると、過去に戦争があったことなどいろいろと知識が増えている。娘は『火垂るの墓』を見て衝撃を受けていましたよ。親を失った中学生の主人公は、妹を連れて親戚の家に身を寄せる。でも、衝突が絶えず親戚の家を飛び出し、飢えをしのぐために野菜を盗んだり火事場泥棒をすることになる。その点では、戦争の恐怖とともに、大人や社会への反抗心も描いている作品のように感じます。

映画はただの娯楽かもしれない。けれど、ただの娯楽で片付けるにはもったいない「学び」の要素がたくさんあるものです。作品を多く見てもらって、子どもたちにとって有意義なものを得てほしいですね。

◆注釈
(※1)『グーニーズ』
製作年:1985年/監督:リチャード・ドナー
舞台は海賊伝説が残る海辺の田舎町。13歳の主人公・マイキーの家は多額の借金の返済を迫られていた。屋根裏部屋で発見したのは大海賊「片目のウィリー」の宝の在りかを記した地図。それを頼りに、マイキーら「グーニーズ」の少年たちは岬にある古ぼけたレストランに忍び込む。

(※2)『ぼくらの七日間戦争』
製作年:1988年/監督:菅原比呂志
厳しい校則に反発した青葉中学1年の男子生徒8人が失踪。彼らは廃工場に立てこもっていた。そのうち女子生徒3人も加わり、11人での自炊生活がはじまった。生徒たちの居場所を知った教師はおとなしく出てくるよう説得を試みるが、生徒たちはあらゆる手を使って教師を追い返そうとする。

(※3)『スタンド・バイ・ミー』
製作年:1986年/監督:ロブ・ライナー
1950年代末、オレゴン州の田舎町で育った4人の少年たちは、3日前から行方不明になっている少年が30キロ先の森の奥に列車の轢死体となって放置されているといううわさを耳にする。「死体を見つければヒーローになれる」と、彼らは線路伝いに死体探しの旅に出かけた。

(※4)『貞子vs伽椰子』
製作年:2016年/監督:白石晃士
見れば必ず死ぬという「呪いの動画」を見てしまった女子大生・有里、入ったら必ず死ぬという「呪いの家」に足を踏み入れてしまった女子高生・鈴香。呪われた彼女たちを救うため、霊媒師の経蔵と助手の珠緒は、それぞれの元凶である貞子と伽椰子を戦わせるという秘策に打って出る。

(※5)『火垂るの墓』
製作年:1988年/監督:高畑勲
太平洋戦争末期、神戸大空襲で母を亡くし家も失ってしまった14歳の清太と4歳の妹・節子。海軍大尉の父は出征中。ふたりは親戚の家に身を寄せるが、叔母とのいさかいが続き、清太は節子を連れて親戚宅を出ることを決意する。ふたりの新しい「家」は、貯水池のほとりの防空壕だった。

■ 映画監督・白石和彌さん インタビュー一覧
第1回:【夢のつかみ方】(前編)~「やってやる!」という気概〜
第2回:【夢のつかみ方】(後編)~人生を変えた「反骨心」〜
第3回:【ものを「創る」ということ】〜失敗を見守ることができる親でありたい〜
第4回:【子どもに見てほしい映画】〜映画は大人への扉を開いていくメディア〜

【プロフィール】
白石和彌(しらいし・かずや)
1974年12月17日生まれ、北海道出身。1995年、中村幻児監督主宰の『映像塾』に参加。以後、若松孝二監督に師事し、助監督としてさまざまな映画作品で腕を磨き、2010年、『ロストパラダイス・イン・トーキョー』で長編監督デビュー。2013年、社会派サスペンス・エンターテインメント映画『凶悪』で新藤兼人賞金賞など、数多くの映画賞に輝く。最新監督作『孤狼の血』が2018年5月12日に公開された。
●『孤狼の血』公式サイト http://www.korou.jp/

【ライタープロフィール】
清家茂樹(せいけ・しげき)
1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立し、編集プロダクション・株式会社ESSを設立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。野球好きが高じてニコニコ生放送『愛甲猛の激ヤバトーク 野良犬の穴』にも出演中。