私「これは太陽?」
A君「お日さまだよ」
私「あぁ、お日さまなんだ、なんでお日さまなの?」
A君「目や口があるからだよ」
私「なるほど、目や口があるからお日さまなんだね」
A君「そうだよ、でも太陽って呼んでもいいよ」
これは先日、未就学児のA君が描いた絵についての、A君と私との対話です。短い中に、子どもとの対話のヒントが得られると思います。
ここで私はA君の言葉を訂正せずに復唱し、「お日さま」と名づけた根拠を尋ねました。それによってA君が「太陽」を擬人化することで呼び方を変えているのだと知り、同時にA君も私の「太陽」という名づけ方を受容してくれました。
こうした短い対話の中でも、作品を媒介に子どもの発言の論理的な思考の芽生えを理解し、刺激しながら、お互いを受容し、理解し合うという信頼関係が結ばれていきます。
印象深かったのは、私たち2人の対話をA君のお兄さん(小学1年生)が優しく見守っていたことです。お互いを認め合うコミュニケーションの場の空気感は、周囲にも伝播してゆくものなのですね。
子どもの7つの力を育てる「対話型鑑賞」を、家庭で実践してみよう
前回記事『人間の知の基本フレームは、小学生のときに形成される!? 新たな美術鑑賞法「対話型鑑賞」が育む7つの力』では、アメリカ発の新しい美術鑑賞教育法「対話型鑑賞」によって、子どもの7つの力が育つのだとお話ししました。
では、7つの力である「観察力」「推論する力」「他者を受容して理解する力」「再考する力」「表現力」「自ら学ぶ力」「コミュニケーション能力」を育てるには、具体的に何をすればいいのでしょう?
近年、「対話型鑑賞」ワークショップを実施する美術館もなかにはありますが、地理的・時間的な問題から、誰もが参加できるものではありませんね。しかし、心配はいりません。
対話型鑑賞は、家庭で、親御さんと一緒に取り組むこともできるのです。今回から、親子が対話しながら芸術鑑賞をするうえでの実際の進め方や、子どもへの声かけのコツについてお話ししていきましょう。
素材選びのポイント:子どもの能力に限界を設けない
対話型鑑賞を始めるにはまず、素材が必要です。では、子どもと作品を鑑賞するにあたって、どのような素材を選んだら良いのでしょうか? 素材を選ぶうえで、親御さんに必ず覚えておいていただきたい、大切なことがあります。
それは、子どもの反応をあらかじめ想定した素材選びは禁物だということ。作品に対する印象や反応は、子どもの性格や年齢によっても大きく異なります。複雑な内容の作品や抽象的な作品は子どもには難しすぎる、謎めいた作品は恐怖心をそそるのでは、などと大人が勝手に決めつけるのはやめましょう。
子どもに分かりやすいもの、正解がはっきりしているものを選ぶといった大人の一方的な発想が、子どもの自由な発想や感性、ひいては自立した思考を削ぎ落してしまうのです。先入観を捨て、子どもの想定外の反応に驚き、一緒に鑑賞を楽しむ姿勢を持ちましょう。
素材自体は、アメリカの美術館の無料オンラインサービスで所蔵作品の高精度画像をダウンロードしたり、気軽に入手できるアート雑誌や画集を1冊購入するだけで、いくらでも手に入ります。本記事の後半で詳しく説明しますが、まずはその前にどのような作品を選ぶとどのような鑑賞ができるのか、お伝えしましょう。
【作品例1】複雑な作品
最初はアーティスト、Jose Manuel Aznar Diaz による複雑な作品から。複雑な内容の作品だからといって、不安に思うことはありません。子どもは大人の心配をよそに、自由に鑑賞を楽しむはずです。
この作品を見て、あなたならまずどこに注目しますか?
子どもは、作品を見るとき、作品の全体像よりも、まず様々な個々の部分に注目します。
- 描かれた人々はどのような人々なのか
- 何をしているのか
- なぜそう思ったのか
これらを聴いてあげると良いでしょう。そして描かれている人から人へ視点が移動していく様を、子どもと一緒に辿っていきましょう。
作品の解釈には、鑑賞者それぞれが育った環境や経験、好みや思考の特性が反映されます。つまり、子どもは作品の中に自己を投影するのです。
子どもの思考形成の過程を見逃さずに、様々な立場への視点の移動、そして作品の一部分と全体との関係性に目が向けられると良いですね。
【作品例2】謎めいた作品
お次は、アーティスト Barbara Kroll による謎めいた作品です。これを見て、あなたとあなたのお子さんはどう感じるでしょうか。
初めて見たときは、怖いと思われる方もいるかも知れません。しかし、じっくり見ていくうちに、優しい印象に変化していくはずです。
作品1と同じように、まずは個々の部分に区切って見ていき、その後全体像を見直していくと良いでしょう。私が実際に本作品を使って対話型鑑賞を行ったときの子ども達の発言も、
- 最初は怖かったけれど、子どもの夢の世界だと思う
- 動物たちが子どもを優しく見守っているように感じる
と次第に変わっていきました。子どもを取り囲む動物の優しい眼差しには、我が子を愛する親御さんの姿が投影されているのかもしれません。
優れた作品は、深い人間理解が込められているために、根源的な怖さを秘めているものです。子どもは、そのような作品の本質を敏感に感じ取る力を持っています。
【作品例3】抽象的な作品例
最後は、アーティスト Monique Virelaude による抽象的な作品を例に挙げましょう。
子どもたちは、抽象的な作品を、様々な具体物に見立てていきます。これまでの鑑賞会でも、「テーブル」「コップとトースター」「ベッド」「氷」「雪国」など、子どもによる様々な見え方が示されました。子どもの中でどのように見えていても、決して否定せず、とことん聴いて、受け止めてあげましょう。
実は本作品は、これまで私が実施した数多くの鑑賞会の中で、子どもたちに最も人気のある作品のひとつです。たとえどのようなモノに見えていても、子どもたちは「あたたかみがある作品だ」という印象を持ち、「きっと優しい人が描いたのだろう」と作者像にまで思いを馳せていきます。
子どもたちは作品の「あたたかみ」や「優しさ」を、描かれた具体的なモノからではなく、場面構成や形状、色、タッチなどから自然に感じ取っているのです。大人はこうした子どもの感性を摘み取ることなく、大切に育む手助けをしていくことが大切です。
親子の対話型鑑賞を成功に導く魔法の言葉 & NGワード
親御さんの発言は、子どもにとって圧倒的な力を持っています。親御さんの発言次第で、子どもの感じ方や考え方が決定づけられてしまうこともあります。子ども自身が抱く印象や考えの発露を阻害しないよう、十分に気をつけながら対話を進めましょう。
特に「きれい、優しい、楽しい」のような印象を語る言葉、「ママ(パパ)はこう思う」という判断を下す言葉を、大人から言うことは控えましょう。そうではなく子どもに、本人が抱いた印象や子ども自身の判断を自発的に語らせることが大切です。
そのためには、子どもの発言を親御さんが復唱して理解を示し、そのうえで「どう感じたの?」「どう思ったの?」という質問を投げかけると良いですね。まず子どもの感想や考えを理解し、同意してあげることが、対話型鑑賞を成功に導くポイントです。
対話を終え、子どもが自分自身の考えを伝えきった後なら、子どもも自分とは異なる他者の意見を受け入れる心の準備が整います。親御さん自身の印象や判断を語るのは、そのときまで待ちましょう。
画像入手方法1. 美術館の無料オンラインサービス
では、対話型鑑賞に必要な素材はどこから手に入れれば良いのでしょう? アート作品の入手方法を5つに分けてご紹介しましょう。
まず1つめは、オンラインで入手する方法。実は、アメリカの一部の美術館は、いつでもどこでも誰でも、オンラインで「無料」で所蔵作品を閲覧・ダウンロードできるサービスを展開しているのです。家庭での鑑賞用であれば、自由に作品を楽しめます。
■メトロポリタン美術館「The Met Collection」
まずは、ニューヨークのメトロポリタン美術館。約40万点の所蔵作品の高精細画像が用意されています。日本でも人気のフェルメールやモネ、ゴッホなどの有名な作品から、葛飾北斎や尾形光琳をはじめとする日本美術作品まで、多くの優れた作品をワンクリックで入手できます。
■シカゴ美術館「Discover Arts & Artists」
シカゴ美術館にも同様のサービスがあり、約4万点の豊富な所蔵作品がダウンロードできます。ゴッホの代表作のひとつ「ファンゴッホの寝室」、ジョルジュ・スーラの「グランド・ジャット島の日曜日の午後」、クロード・モネの「睡蓮」など、一度は見たことのある美術作品ばかり!
もちろん、他にもたくさんのアーティストによる作品が公開されているので、あえて知らない作品を選び、お子さんと一緒に一から鑑賞を楽しむのもいいですね。
どちらも閲覧できる全ての作品がダウンロードできるわけではありませんが、画像の下に[↓]のマークのあるものは、[↓]をクリックすることで入手可能です。ダウンロードできるものは、ぜひプリントアウトして使ってみてください。
わずらわしい会員登録は不要です。英語がわからなくても感覚的に操作できる作りになっており、簡単に検索もできます。お子さんとの対話型鑑賞に大いに役立つでしょう。
画像入手方法2. アート雑誌
月間雑誌から別冊のものまで、様々な雑誌があります。おすすめ3選をご紹介しましょう。
■月間『芸術新潮』(新潮社)
幅広い読者を持つ、月刊の芸術総合雑誌です。歴史的な芸術作品から、建築、古美術、現代アートまで、様々な美を独自の切り口で紹介しています。
■『別冊 太陽』(平凡社)
豊富な資料、美しいビジュアルと共に、毎号ひとつのテーマを深く掘り下げて紹介しています。
■月間『教育美術(Art in Education)』(教育美術振興会)
学校美術教育を中心とした専門誌です。全国の幼稚園や保育所、小学校、中学校など、造形・美術教育に携わる人々のニーズに合わせた情報提供が中心ですが、アート教育に興味のある親御さんが読んでも楽しめるかもしれません。
画像入手方法3. ムック本
画集よりも安価に入手でき、多数の作品が収録されたムック本。まるで美術館にいるような気分になれる、以下の2点をご紹介します。
■『【完全ガイドシリーズ231】美術展完全ガイド2019』(晋遊社)
2019年の美術展の見どころが網羅されています。親子で美術館に行く機会のある方は、どの美術展に行こうか決める際の参考にもなります。
■『BRUTUS特別編集合本・日本美術がわかる。西洋美術がわかる。』(マガジンハウス)
『日本美術総まとめ』特集と『西洋美術総まとめ』特集の合本で、日本美術と西洋美術の名品250点のカラー図版が掲載されています。
画像入手方法4. 画集
様々な出版社から画集が出版されています。好きな作家やテーマ別にそろえていくのもいいですね。
■『新潮美術文庫』全50巻(新潮社)
古典から現代美術まで、幅広いセレクションが揃っています。新書サイズで持ち運びやすく、1冊1,200円(税別)と、手ごろな価格で入手できます。気に入った作家の作品を選ぶといいでしょう。
■『新潮日本美術文庫』全45巻(新潮社)
一冊につき一人ずつ、日本美術界を代表する作家に焦点を当てています。『新潮美術文庫』同様、気軽に購入できます。入門書としておすすめの全集です。
■『Art Gallery テーマで見る世界の名画』全10巻(集英社)
中高の教科書に掲載されている作品も多数収録された、大判の全集です。「肖像画」「風景画」「静物画」「歴史画」「象徴と寓意」など、テーマ別に分かれています。上記の画集に比べるとお値段は張りますが、年表や時代背景などの解説も豊富で、見応えがあります。
画像入手方法5. 美術館のポストカードや図録
美術館のショップでは、様々な作品のポストカードや図録が販売されています。手のひらサイズのポストカードで鑑賞するのも楽しいですよ。気に入った作品があれば、図録を購入してもいいですね。美術館にお出かけの際は、お土産を探す感覚で、楽しみながら探してみてください。
次回は、親子で対話型鑑賞を進める上での「鑑賞の場の設定」、そしてさらに具体的な対話の実例をご紹介します。
※Jose Manuel Aznar Diaz、Barbara Kroll、Monique Virelaude による作品画像は、それぞれのアーティストのフェイスブックから許可を得て使用しています。個人の鑑賞以外の用途の使用はできませんので、ご注意ください。