プロの「まね」をすることなんて簡単か?
サッカー・ラクビー・野球・水泳・スケートなどのスポーツ選手、歌手、アイドル、ダンサーなど、活躍するプロたちを見て憧れを持つ人や子どもは多いでしょう。なかには、「自分もやってみたい。『まね』さえすれば自分にもすぐにできるだろう」と考える人もいるかもしれません。たとえば、歌などは聞いて「まね」して歌えば、誰でもそれらしく歌えそうな気がするものです。カラオケで歌ってみることも気軽にできますしね。
じつは、学校の先生のなかにも、「まね」はすぐにできると思い込んでいる人がいます(※スポーツ選手や歌手などの「まね」ができると思っているということではありません)。どういうわけか、ほかの先生の授業を1回見ただけで、練習することなく「自分もすぐに『まね』して授業ができるはずだ」と思い込んでしまう先生が意外に多いようなのです。
かくいう私も、かつてはそのひとりでした。私が所属している教育のサークル(先生たちが集まり、お互いに模擬授業などをして勉強するサークル)で、ある先生が録音していた授業を一度聞いただけで、ほかの先生方の前でやってみたことがあります。すぐに「まね」できると思ったからです。結果、まったく違うと言われてしまいました。言葉づかい、教える順序、間の取り方、抑揚、スピードなど、すべてが全然違うとのことでした。
先ほどの歌の例に戻りましょう。カラオケでプロの歌を「まね」してみると、音程の取り方や抑揚のつけ方が意外に難しいと感じることがあると思います。このことは、自分が歌った歌を録音して聞いてみるとよくわかります。抑揚をつけたつもりが全然抑揚がなく、実際にはまったく「まね」できていなかったことに気づくのです。もちろん、素人で歌が上手な人もいないわけではありませんが……。
ここまで読んで、「練習していないのだから、プロの『まね』が正確にできないのは当たり前だ!」と思った方もいるでしょう。ですが、先ほどから書いているように、「自分にもすぐできるかも」と思い込んでしまう人がいることは確か。「『まね』というものは本当はとても難しく、すぐにはできないのだ」というのは、意外と忘れがちなことなのかもしれません。
これと同じことが、子どもの学習についても言えます。漢字にしろ計算にしろ、できるようになるためには練習が必要です。たとえ最初は「まね」から始めたとしても、「まね」さえすればいいのではなく、諦めずに練習を続けることが大切なのです。今回は、こうしたことを保護者が子どもにわからせるにはどうしたらいいのか、考えてみることにします。
プロはどこかで「練習を継続」している
冒頭に挙げたプロたちは、私たちの見えないところで練習を積んでいます。プロの華やかな活躍シーンというのは、絶えざる練習に裏打ちされたものであることがほとんどです。
一例をご紹介しましょう。私は以前、劇団四季に13年間在籍して活躍された俳優の重野幸夫さんに、直接話を聞いたことがあります。重野さんが、劇団四季では定番のミュージカル『コーラスライン』に出演されたときのこと。劇中で45秒間だけ踊るダンスがあるのですが、この踊りだけを毎日、毎日、特訓したそうです。本番で演じる時間はわずか45秒なのに、1か月も2か月も、ずっとこの踊りを練習したのだとか。これができるようになってから、初めて歌などほかの練習をしたとおっしゃっていました。
プロであっても、「ひとつだけのこと」を長い時間かけて練習しているということが分かります。
子どもに「練習を継続すること」の大切さを教えるには?
何事も、練習することなくいきなりできるようにはなりませんし、できるようになるには練習を継続しなくてはなりません。これは、プロになる・ならないに関係なく、毎日の学習をしていくうえでも必須のこと。
大人でも忘れがちかもしれないこの事実を、子どもに理解させるのはなおのこと難しいものです。私もこれまでに、毎日の家庭学習をコツコツ継続できない子どもや、運動や勉強などができるようにならないからといってすぐに練習を諦めてしまう子どもを、たくさん見てきました。
では、保護者は家庭でどのようにすれば、子どもに「練習を継続すること」の大切さを教えることができるでしょうか。
方法1.「やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやる」
「やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ」という有名な言葉があります。旧日本海軍連合艦隊司令長官を務めた山本五十六氏が述べた、人を統率する立場にある者が持つべき心得を説いたものです。
これにならって、子どもに何かを練習させるとき、保護者は下記のようにしてみましょう。
- 保護者が「やってみせる」
- やり方を「言って聞かせる」
- 子どもにまねを「させてみる」
- 指示したことを子どもが一度でもできたら、大げさに喜んで「ほめてやる」
肝心なのは、4の「ほめてやる」です。子どもが一度でも「成功体験」できたなら、「練習したからできたんだよ」と励ましましょう。この声かけが、練習を続ける意欲につながります。
ただ、何度練習しても成功できないこともありますよね。子どもがそんな状況に陥ってしまったときは、先に書いたように、「プロは本番のわずかな時間のために、何時間も何か月も練習しているんだ」と話して聞かせてみてください。
また、「努力の壺」の話を聞かせるのもいいでしょう。これは、「見えない壺の中に、練習すればするだけ努力した力がたまる。壺が満杯になって努力があふれ出したときが、『できる』ようになるときなのだ」という訓話です。壺が努力でいっぱいになるまでは、何度練習してもうまくできないこともある。でも、突然うまくできるようになる時期が来る(「ブレークスルー」ともいいますね)。このことを子どもに教えておくといいと思います。
いまご紹介した方法は、どのような練習にでも活用することができます。筆算の練習、習字でお手本そっくりに文字を書く練習、ボールを遠くまで投げる練習、自転車を転ばずに漕ぐ練習、1,000mを〇分以内で走る練習……。ぜひご家庭で実践してみてください。
方法2. 勉強時間は「少しずつ増やす」
ここからは、さらに具体的な例をいくつか挙げていきます。
「1日たった30分の家庭学習でさえ、続ける努力ができない」。そんな子どものことでお困りでしたら、時間を毎日少しずつ増やすことを意識してみてください。
漢字や計算などのワーク、習字、リコーダー、鍵盤ハーモニカ、なわとびなど、学習あるいは練習を30分続けるというのは、子どもにとってはけっこう大変なことです。大人は「たかが30分なのに」と思うかもしれませんが、子どもには意外と長い時間なのです。ですから、今日は10分だけ、明日は15分……など、時間を少しずつ伸ばしていくとよいでしょう。
ちなみに家庭学習の目安は、1日トータルで「学年×10分」と言われることが多いようです。6年生であれば「6×10」で60分=1時間。こうしてみると、たとえば1年生が30分も家庭学習をできたら、3年生並みにできたということになります。
また、初めのうちは机に向かわせるだけでいいとも言われています。勉強でなくても、「学年×10分」の間、机で好きなことをさせておけばいいでしょう。これで机に向かう習慣がつきます。この習慣がつけば、自然と毎日の学習に取り組みやすくなるはずです。ここでも、まずは短い時間から始めるということを忘れずに。
方法3. 勉強の「レベルを下げる、量を減らす」
「毎日のドリル学習や宿題を、子どもがやけに億劫がる」のでしたら、やらせる内容を簡単にしたり、量を減らしたりしましょう。
まず、子どもがどうして毎日の勉強をそんなに嫌がるのか、理由を確かめます。私がかつて教えていたある塾で、宿題をまったくやってこない、持ってこない子がいました。「ちゃんとやって持ってこないとだめだろ!」と叱って改善するならいいのですが、問題のその子には、いくら言っても効き目がありませんでした。
私はその子を見て、もしかしたら「問題がまったくわからないから解けない=宿題をやれない」のかもしれないと考えました。そこで、子どもたちに一律で宿題を出すのではなく、子どもの理解度に合わせて学習内容を改めてかみ砕いて教えたり、宿題のレベルを簡単なものにしたりしたのです。そうすると、全てではありませんが、少しは宿題をやってこられるようになりました。
また、ドリル学習や宿題の量の多さがネックになっていそうな場合は、基本問題だけをやらせて応用問題は与えないとか、「今日は1枚、明日は2枚」といった具合に少ない量だけやらせるのがおすすめ。量はだんだん増やしていけばいいのです。
家庭での自主学習であれば、保護者が子どもの様子をみてコントロールしてあげましょう。宿題であれば、塾や学校の先生に相談してみてください。宿題の内容や量を変えてもらえるかもしれません。もし、「公平さがなくなるからできない」と言われてしまっても、「このままではいつまでも宿題ができない。少しでも宿題に取り組ませたい」と伝えれば、わかってくれると思います。
方法4. 「1歩ずつ着実に」答えに近づけさせる
「答えが一発で出せず、諦めがち」な子どもには、1歩ずつ着実に答えに近づく方法を教えましょう。
たとえば、割り算の筆算を勉強していると、商(割り算の答え)を1回ですぐに立てることができず、なかなか正解にたどり着けないことが嫌になって、途中で計算を諦めてしまう子がいます。じつはこれは、割り算の筆算の学習のなかで多くの子どもが躓くところ。立てた商が大きすぎたり小さかったりしてしまうのです。
そんな子には、「すぐに商が立てられなくてもいい。時間がかかっても、正しい商を出せることが大切だ」と教えてあげましょう。このとき有効なのが、筆算に「×」をつけることを教えるというものです。この方法だと、時間はかかりますが、必ず正解にたどりつきます。(私が先輩教師から教わった方法です。私も実際に子どもにやらせ、効果を実感しました)
以下がそのノートの例です。
子どもには、「たくさん×を書けば書くほどできるようになる。×が多ければ多いほど一瞬で正解の商を出せるようになる」と話しておきましょう。そうすると、時間はかかっても×が増えることを喜びます。
また、1回で商が立てられない子の中には、立てた商が違っていたとき、消しゴムで消してその上に別の商を重ねて書く子がいます。これの何が問題かというと、間違った商をしっかり消しきれないまま新たな商を書いてしまい、新しく書いた数字がいくつなのか読めなくなってしまうケースが多いということ。
こうなると、いっそうわけが分からなくなり、計算が嫌になってしまうのです。この点においても、筆算に「×」をつける方法では消しゴムを使わないので、数字がわからなくなるということはありません。混乱することなく、必ず正解にたどりつくことができますよ。
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「練習を継続」することは、何かのプロを目指す場合に限らず、普段の学習においても同じように大切です。これを子どもに伝えるにはどうすればいいか、書いてきました。物事をコツコツ続けるのが苦手な子どもが、継続して勉強したり練習したりできるようになれば幸いです。
(参考)
池袋ミュージカル学院|講師紹介
Wikipedia|山本五十六
下野市教育情報ネットワーク「けやきネット」|努力の壺