藤井聡太棋士が幼児期に受けていたことでも話題となっている「モンテッソーリ教育」。その教育のメソッドはどんなものなのでしょうか。
40年以上にわたってモンテッソーリ教育を導入している世田谷区愛珠幼稚園園長の天野珠子先生に具体的なおはなしをお聞きしました。
取材・文/田中祥子 写真/大平晋也
成長の過程で現れるさまざまな「敏感期」。夢中になることは成長のためのステップ
――幼稚園に通う年齢の子どもたちの教育に大切なことは何でしょうか?
天野先生:
子どもには、その時期の発達に沿って “一人でやりたいこと” があります。それは、ある時期にある行為のみに現れるのです。その時期をモンテッソーリ教育では「敏感期」と呼んでいます。
例えば1歳半の子どもが階段を何回も何回も上ろうとすることがあり、危ないからと下ろしてもまた上る。これは「足腰の敏感期」で、自分の足の筋肉を発達させて動き回るために必要な行為なのです。
線の上を歩きたがるという敏感期もありますし、歩道の端やブロック塀を歩きたがることがありますね。これは、体のバランスをとりたい欲求に基づいています。モンテッソーリ教育ではこれを線上歩きという活動にして、遊びながら学べるようにしています。何かを手に持ったり頭の上にお手玉みたいなものをのせて楕円を描いた線上を歩くという活動です。危ないからやめなさいと言わず、安全なかたちで線の上を歩きたい欲求を満たしてあげるのです。
子どもによって遺伝的な個人差や、早熟形・晩熟形などの個人差はありますが、敏感期は順序通りに出てきます。何歳だからこの敏感期になるというのではなく、これが出た後はこれだということですね。モンテッソーリ教育の指導者はその順序を学んでいるので、次は必ずこの敏感期がくる、ということが分かるのです。
敏感期に適切な環境に出合うと子どもは集中現象を起こします。ほかの事は耳に入らないしお腹が空いたのも忘れるほど夢中になる状態です。集中現象が次々に満たされていくと、非常に心が満足します。その段階を「正常化」と呼んでいますが、今の教育の言葉で言うと「意欲をもって物事に取り組むと健全な心が育つ」ということですね。
――モンテッソーリ教育の幼稚園では、子どもたちは具体的にどんなことをしていますか?
天野先生:
子どもたちは登園すると、遊び着に着替えるなど身支度をして出席ノートにシールを貼ります。その後に、モンテッソーリ教育で「お仕事」と呼ばれる、好きな教具を自由に選んでじっくり取り組む時間があります。
大人の「仕事」とは働いてお金を稼ぐためにすることですが、モンテッソーリ教育での「お仕事」とは、子どもが生きるため、成長のためにすることです。子どもが生きるための知識やエネルギーを自分の中に取り入れていく「お仕事」をしている、という意味なのです。教具はクラスごとに1種類ずつ準備されていますので、子どもたちは自分の使いたい教材を持ってきて一人で自由に使うことができます。決してみんなで順番に使わせることはせず、一人で夢中になって使えるようにするのです。
もしも、子どもが発達期と合っていないものを持ってきたときは、「それもいいけれど、もう少し面白いものがあるよ」と教員が誘導することもあります。
子どもたちは発達に沿った教具に関わることによって自立していきます。一人ひとりの敏感期のための環境なのです。ですから、全員一斉に指導したり、子どもの発達を無視した指導はモンテッソーリ教育では行いません。
日常生活、五感、ことば、数字、文化。子どもの成長を促すモンテッソーリの「お仕事」
――具体的にどんな「お仕事」があるのでしょうか?
天野先生:
幼稚園で最初に行うのは「日常生活の練習」というものです。モンテッソーリ園では包丁やアイロンや針があるので、初めて訪れた方は「危ないのではないですか?」と驚かれることがあります。しかし、この時期の子どもには手先を細かく使いたい欲求があるので、(大人が危険だと思って)触らせない包丁やアイロン、針などであっても、子どもサイズにして扱い方を紹介すると、きちんと約束ごとを守って活動するのです。この時期を逃したり、無理にさせると身に付きませんし、次の成長につながりません。
その後、「感覚教育」「言語教育」「数教育」「文化の教育」が加わります。「感覚教育」は視覚・聴覚・嗅覚・触覚・味覚を整理して経験するための教具を使います。そして人間は環境を把握することの約7割を視覚によって行うことから、機能が完成するまでにもっとも時間がかかるのです。ですから視覚の教具が一番多いですね。
視覚は「ピンクタワー」という教材から始めます。10センチ四方から1センチ四方までさまざまな大きさの立方体をバラバラに置いて、大きいものから順に1個ずつ積んでいくものです。1~2歳くらいですと、ぐちゃぐちゃに積み上げますが、年齢が上がるにつれてきれいなタワーを作れるようになります。※このとき、教具の手触り(触覚)も補助に使います。
最初は間違えてしまっても、その後正しくできるようになることを「誤りの自己訂正」と言います。タワーの教具では、積み上げる順番を間違えると大きな立方体が余ってしまい、子どもは間違ったことに気づくことができるのです。間違っていることを教具自体が教えてくれるので、大人が指図しなくても正しく完成できるようになります。
「数教育」では大きな数を扱うものや、方程式の理論が分かるものまであります。モンテッソーリ教育を小規模で教える子どもの家などでは、小学1~2年生が放課後に習いに来るところもあるようです。ただし、教具は自立のための手段であって、英才教育や私立小学校受験のためのものではありません。自分のもっている力を充分に発揮して意欲をもって前向きに生活する子どもを育てることが目標です。
――そのほかに特徴的なことはありますか?
天野先生:
モンテッソーリ教育では縦割りでクラスをつくります。縦割り保育は、欧米諸国ではモンテッソーリだけでなく幼稚園から小学校まで一般的に取り入れられているものなので特殊なことではないのですが、日本ではあまり見ないクラス編成ですね。
縦割りクラスですと、年長さんがお兄さんお姉さん代わりになって年少さんに教えてあげます。ですから先生は楽ですよ(笑)。愛珠幼稚園でのことですが、健康診断で子どもたちが泣いて大変なので、年長さんと年少さんを組ませて受診させてみました。まず年長さんが検診を受けるのを見せると下の子は泣かないんですね。
子どもにとって30人に一人の先生よりも、自分だけのお兄さんお姉さんがいるほうが安心なのです。年長さんも下の子の手本になるために頑張ります。下の子との2人分の健康診断表を持って、着替えも手伝います。お互いのためにとても良いことなので、園ではもう20年も続けていますよ。そうやって教わった子どもは、自分が年長になった時に下の子に丁寧に関わり、教えることができるようになるのです。
【プロフィール】
天野珠子(あまの・たまこ)
東京都世田谷区にある学校法人天野学園「愛珠幼稚園」理事長・園長。短大の保育科で「乳幼児心理学」や「幼児教育心理学」の教鞭をとる傍ら、日本で初めてのモンテッソーリ教員養成機関「上智モンテッソーリ教員養成コース」の3期生としてモンテッソーリ教育を学び、その後、お母さまが経営していた「愛珠幼稚園」を引き継ぎ、モンテッソーリ教育を30年以上にわたって実践。
現在、NPO法人東京モンテッソーリ教育研究所理事長、日本モンテッソーリ協会(学会)副理事長。駒沢女子短期大学名誉教授。
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モンテッソーリ教育を理解すると、子どもが持っている才能や能力を伸ばす手助けになるかもしれません。家庭では特別な教具を揃えることは難しいですが、考え方を取り入れることはできそうです。次回は、親はどんなことに気をつければいいのかを先生にお聞きします。
■ 「モンテッソーリ教育」天野珠子先生 インタビュー一覧
第1回:子どもの自主性を尊重し、集中力と柔軟な対応力を育む「モンテッソーリ教育」
第2回:子どもたちが自ら育つ力を応援する「モンテッソーリ教育」のメソッド
第3回:自分でできるという自信が学習意欲につながる。「モンテッソーリ教育」成長のためのヒント
第4回:ボキャブラリーが豊富な子どもは思考の展開が速い~日常生活にモンテッソーリ的発想を~