あたまを使う/サイエンス 2018.5.13

そろばんを通して “自己肯定感” を育んでほしい——『トモエ算盤株式会社』藤本トモエさんインタビュー

編集部
そろばんを通して “自己肯定感” を育んでほしい——『トモエ算盤株式会社』藤本トモエさんインタビュー

立身出世のための学問の基礎のひとつとして、江戸時代の寺子屋で広く学ばれていた「そろばん」。それから時は移り変わり、昭和・平成へ。1980年代をピークに減少傾向にあったそろばん人口は、基礎学力の重要性の再認識に伴い、2000年以降ふたたび上昇しているのだといいます。

インターネットや科学技術の発達により、巷ではさまざまなデジタル教材が開発されています。こういった時代の趨勢のなかでも、なぜ「そろばん」は、算数教材のフロントランナーであり続けているのでしょうか。

そこで今回は、大正9年創業、そろばんのトップメーカーである「トモエ算盤株式会社」代表取締役社長の藤本トモエさんにお話をうかがいました。

「数」という “抽象の世界” が目に見える

——“読み・書き・そろばん” という言葉もある通り、「そろばん」は、算数学習の際に使われる道具として昔から変わらずに存在し続けています。算数を学んでいくうえで、「そろばん」のどういうところが優れているのでしょうか?

藤本さん:
まず申し上げたいのは、子どもが初めて出会う抽象的な概念は「数」だということです。まだ本当に幼い子どもたちは、「犬は犬」「猫は猫」「飴玉は飴玉」といった “リアルな” 世界で生きています。そこから、たとえば、犬1匹でも1、猫1匹でも1、飴玉1個でも1というような、どれも同じ「1」という数字で表せることを徐々に理解していくのですが、じつはこれ、 “抽象の” 世界なんですね。そして、この抽象的な概念を前にして、戸惑ってしまう子どもも少なからずいます。

でも、そろばんは、そこに珠があって、数を目で認識することができるわけです。たとえ抽象的な概念が不得意な子でも、見れば数えられますし、指を動かせば答えが出てきます。そういうところに安心感がありますよね。

また、そろばんでは時間と正確さを測ります。だから、過去の自分と比較して、その上達を実感しやすいんです。以前は3分間で10問解いていたのが、今は同じ時間で12問解けるようになった。あるいは、以前は8割しか正解できていなかったのが、今は9割も正解できるようになった。そうやって上達を客観的に実感できるので、子どもたちのなかで「自分はできる!」という自信や自己肯定感が醸成されていくのです。

もちろん、得意不得意は子どもによって違いますから、学習のスピードもさまざまです。同じ学習内容であっても、1週間でマスターできる子もいれば、1ヶ月かけないとマスターできない子もいます。

でも確実に言えるのは、たとえどれだけ時間がかかったとしても、きちんと練習すれば次に進めるということ。そろばんを学習していく過程って、スモールステップなんです。たとえよちよち歩きでもかまいません。練習を積み重ねていけば、少しずつ階段をのぼっていくように、だんだんとできるようになっていく。それがそろばんの特徴でもあり、良さですね。

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そろばんで得た “自己肯定感” がもたらすもの

——先ほど、「自信」や「自己肯定感」のお話がありました。やはり子どもたちにとっては、“前よりも点数が高くなった” “前よりも速くなった” といった事実が、確実に喜びになっていくのですね。

藤本さん:
以前、こんな生徒さんがいました。女の子で、幼稚園生の頃から私どものスクールに熱心に通ってくれていたのですが、そのまま小学校1年生に上がり、1学期の終わりに成績表が出たんですね。お母さまに「どうでしたか?」とたずねると、「 『トモエ算盤に通っているから大丈夫!』と、うちの子は思っています」とおっしゃるわけです。“トモエ算盤に特別に通っているのだから私は大丈夫”、そんな自信を心の中に持っていたんですね。なんとその子は、10月の体育祭のときに、1年生代表で選手宣誓を務めるに至りました。

本当に大丈夫かどうか、本当にできるかどうかは、この際はあまり問題ではありません。大切なのは、「自分はできる」という自信を持っているということ。教育過程の早い段階で、そろばんを通して算数の基礎をある程度インプットしておくと、まるで魔法にかかったかのように「自信」が持てる。すると、勉強に限らずさまざまな場面で、積極的に物事に取り組めるようになるのです。

練習は不可能を可能にする。壁にぶつかってもすぐに諦めてはいけない

——そろばんを習わせるにあたって、親が気をつけるべきポイントを教えていただけますか?

藤本さん:
最近は、できることは積極的にやりたいけれども、できないことはやりたくない、そんな子どもが多いと感じています。だから、習い始めたはいいものの、壁にぶつかってしまうとすぐに辞めてしまう。あるいは、子どもが嫌がっているからという理由で、親がすぐに辞めさせてしまうパターンも見受けられますね。ちょっともったいないと思います。

何事もそうですが、上達のためには継続が必要不可欠ですし、壁にぶつかったとしても、そこを乗り越えていかないと次のステージには進めません。できないことに直面したとしても、継続的な練習を繰り返せば克服することができる。そういう「たゆまぬ努力は実を結ぶ」という経験を、子どもたちにさせてあげるべきです。そのためには、親のサポートが必要になってきます。

——具体的なサポートの仕方とは?

藤本さん:
「Practice makes perfect.」、練習は不可能を可能にします。練習を毎日持続的にさせることがとても大切。だから、ぜひ親御さまが、子どもが毎日練習をするように仕向けてほしいのです。

ピアノ、バイオリン、将棋、どんな習い事だって、必ず家での練習が求められます。週1回程度のレッスンだけでは、なかなか上達できないというのが現実ですからね。夜ご飯を食べたら練習する。朝ご飯を食べたら練習する。夜寝る前に練習する。そういうふうに時間を決めて、そろばんの練習を習慣づけてあげましょう。

こうして毎日取り組んだ結果、あるひとつの壁を乗り越えられた。そのとき、子どもには「ああ、自分はできるようになったんだ!」という大きな自信になって返ってきます。そうするとそろばんが楽しくなってきますから、もっと意欲的に毎日練習したくなる。こういう良い循環が巡っていきますよ。

【プロフィール】
藤本トモエ(ふじもと・ともえ)
慶應義塾大学法学部卒業。国際基督教大学にて英語科教員免許取得。2001年、ハーバード大学のProject ZeroにてMultiple Intelligences Theoryを学ぶ。高等学校の教師、英会話学校の講師を経て、2004年よりトモエMIアカデミーを主宰。トモエ算盤株式会社 代表取締役社長には1985年に就任、現在に至る。
2004年に全米数学者会議でそろばんワークショップを開催し、同年、筑波大学附属小学校や都内小学校にて、英語そろばんイマージョン授業を全国で初めて実践指導。2005年3月、株式会社アットマーク・ラーニング社外取締役就任。2005年4月より慶応義塾普通部の特別選択授業にて英語そろばんイマージョンクラスを受け持つ。また、池田紅玉氏と共著で『英語で聞くそろばんドリル』(南雲堂フェニックス)を出版。社団法人東京文具工業連盟、社団法人全日本文具協会各理事。その他、チュニジアやモロッコをはじめ、海外でのそろばん普及活動も積極的に展開。

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そろばんは、計算を速くするためだけの道具ではありません。そろばんを通して育まれる自信や自己肯定感、そして壁を乗り越えていく経験は、必ずやさまざまな分野・場面で生きてくることでしょう。

習い事としてのそろばんに興味を持たれた方は、ぜひお近くのそろばん教室をのぞいてみてはいかがですか?

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