あたまを使う/教育を考える/サイエンス 2018.11.18

ソニーが “子ども投資” を59年間も続ける深い理由

ソニーが “子ども投資” を59年間も続ける深い理由

真空管電圧計の製造からスタートして日本を代表するAVメーカーに成長。現在はAVやゲームのハードウェア製造にとどまらず、音楽、映画、金融など多種多様な事業を展開するソニー。その、世界に誇る巨大企業は科学教育発展のための助成財団を運営しています。その助成財団「ソニー教育財団」が設立された経緯、その主な活動内容について公益財団法人ソニー教育財団理事長・高野瀬一晃さんにお話を聞きました。

構成/岩川悟 取材・文/清家茂樹(ESS) 写真/玉井美世子(インタビューカットのみ)

ソニー創業時から教育振興の重要性を説いた創業者・井深大

現在のソニー教育財団という名称になったのは2011年からですが、その大本となる教育助成活動がはじまったのは1946年の創業から13年後の1959年のこと。じつは、ソニーの創業者である井深大は、創業時の『設立趣意書』のなかですでに教育振興の重要性を説いているのです。当時、まずはじめたのは「ソニー小学校理科教育振興資金」というものでした。

とはいえ、教育の助成をするにも会社の資金に余裕がないとできるものではありません。ソニーの経営が軌道に乗ることとなった大きなきっかけは、トランジスタラジオ、それからテープレコーダーのヒットでした。当初のテープレコーダーは軍が使っていたような大型のものです。それを小型化し、コンシューマー向けのものを開発した。最初の主なお客は裁判所でした。裁判記録をつくるため、速記に代わってテープレコーダーが採用されたのです。

ただ、裁判所といってもそんなにたくさんあるわけではありませんよね。では、次の大きなお客はというと、これが学校だった。1950年から1960年ごろにかけては、NHKが学校向けの教育放送をスタートし、学校では映像や音の活用が加速化するなど「視聴覚教育」が盛んになった時期です。

わたしが中高生の頃にもLL教室などにテープレコーダーはありましたが、当時はもっと幅広い使われ方をしたようですね。こうして、学校がテープレコーダーを導入してくれたおかげで、ソニーは大きな利益を得ることができました。そして、その利益をどうしたか。井深大は「学校から頂いた利益は学校に還元しよう」と考えたのです。

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画像提供:ソニー教育財団

こうしてはじまったのが「ソニー小学校理科教育振興資金」でした。現在も「ソニーの教育助成論文」として続いています。これは、小中学校の理科の先生から理科教育論文を募り、優秀な論文を執筆した学校に助成金やソニー製品を贈呈するというもの。

論文の内容は、たとえば「てこの原理をこういうオリジナルの手法で教えている」というような授業内容についてのもの、あるいは「いま授業で抱えているこういう問題を解決するために今後はこんなことを試してみたい」といったPDCAサイクルのような、先生方が日常的におこなっているアイデアや工夫についてのものです。

子どもたちではなく学校、先生に助成金を贈るということには、明白な理由があります。テープレコーダーが大きな利益をもたらしてくれたとはいえ、資金は限られていました。そういう状況において、どうすればより多くの子どもたちの教育を支援できるでしょうか。

答えは、「先生を支援すること」です。50人の子どもではなく、50人の子どもを教えている50人の先生たちに資金を使う。そうすれば、2500人の子どもたちの教育に資金が有効活用できます。こうして、学校の先生たちを支援するというかたちとなったのです。

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子どもの「科学する心」の芽生えを大人にも共有してほしい

当初、小中学校を対象にはじまったこの活動も、現在では幼稚園、保育所、認定こども園にまでその対象を広げています。

幼稚園等から募集するのは「『科学する心』を育む保育実践」をテーマとした論文です。「科学する心」とは、わたしたちは7つの項目で定義づけていますが、ここではかいつまんで説明しましょう。

幼い子どもにとって身近な生きもののひとつに、ダンゴムシがいます。はじめてダンゴムシに触れ、どんどん集める子どももいれば、なかには半分に折って殺してしまうような子どももいるでしょう。

でも、そういうことを子どもがしなくなるためには、大人が「殺しちゃ駄目」と言うのではなく、子ども自身が実感として「命の大切さ」を感じる必要がある。植物学とか動物学といったものだけではなく、道徳に近いようなものも含めて理科をとらえる心――それを、わたしたちは「科学する心」だと定義づけています。

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そして、子どもの「科学する心」が芽生える瞬間をぜひ大人も共有してほしいのです。そのためにはじめたのが、「科学する心」を見つけようフォトコンテストです。これは、子どもが探求し感動した姿をとらえた写真を募集するというもので、2018年でもう12年目になりました。

じつは、カメラを通して見ると、普段は気づかなかった子どもの表情に気づくこともあるものです。自然など周囲のものに触れて、子どもは「これってなんだろう?」「不思議だなあ」といった豊かな表情を見せてくれます。

それは、まさに知的好奇心の表れです。幼児の頃には、たとえば九九のようないわゆる勉強をすることよりも、興味を持ったものにぐっとのめり込む、遊び込むことが、のちのちの学習能力を高めることになると思うのです。

知能指数などでは測れない集中力や興味関心の強さといった非認知能力が、引いては認知能力を高めていくのではないでしょうか。そのためにも、子どもが周囲のものに興味を持つ瞬間、「科学する心」の芽生えの瞬間を、ぜひ親御さんもしっかりと見つめてあげてください。

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■ ソニー教育財団理事長・高野瀬一晃さん インタビュー一覧
第1回:ソニーが“子ども投資”を59年間も続ける深い理由
第2回:世界のソニーが手がける「プログラミング教育サポート」
第3回:卒業生400人、みんな理系じゃないから面白い。ソニーの凄すぎる自然教室の全貌
第4回:日本人教員がビックリするのも納得。豪州が取り組むSTEAM(スチーム)教育の凄さ

【プロフィール】
高野瀬一晃(たかのせ・かずあき)
1954年1月18日生まれ、東京都出身。早稲田大学教育学部卒業。1990年、ソニー株式会社入社。資材調達のエキスパートとして1993年からドイツ、ハンガリー、フランス、スウェーデンなどヨーロッパ各国に赴任。2005年に本社へ復帰し、DI事業本部、テレビ事業本部の資材部門部門長、調達本部本部長、調達担当役員(SVP)などを歴任し、2015年に定年退職。その後、公益財団法人ソニー教育財団理事長を務める。

【ライタープロフィール】
清家茂樹(せいけ・しげき)
1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立し、編集プロダクション・株式会社ESSを設立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。