「自律神経失調症」という言葉は、ほとんどの人が耳にしたことがあるはずです。睡眠の専門家である文教大学教育学部教授・成田奈緒子先生によれば、じつは、この自律神経失調症の症状を訴える子どもが急増中なのだそう。その原因は睡眠不足にあります。そして、子どもを睡眠不足に陥らせないためには、「親の『ブレない』態度が重要」だといいます。
構成/岩川悟 取材・文/清家茂樹 写真/石塚雅人(インタビューカットのみ)
小学生の5%が睡眠不足による自律神経失調症
みなさんの子どものなかに、朝に弱く、起きても「お腹が痛い」「頭が痛い」「気持ち悪い」といったことを訴える子はいませんか? これらは「起立性調節障害」という疾患、いわゆる「自律神経失調症」の症状です。いま、この自律神経失調症と診断される子どもの割合は非常に多く、小学生で5%、中学生では10%に上ります。
わたしは、2018年に東京・世田谷区の小中学校に協力してもらって、睡眠などに関するアンケートを行いました。すると、やはりこれら自律神経失調症の症状を訴える子どもが非常に多かった。そして、そのデータに子どもたちの就寝時刻と起床時刻をかけ合わせると、とても興味深い事実が見えてきたのです。
学校の始業時刻は決まっていますから、どの子も起床時刻はだいたい同じです。ところが、就寝時刻は本当にバラバラで、小学生でも午前0時以降に寝ている子もたくさんいました。そして、はっきりわかったのは、先に述べた自律神経失調症の症状を訴える子どもは、小学生なら23時以降、中学生なら午前0時以降に寝ている子どもに圧倒的に多かったのです。つまり、自律神経失調症の症状の有無は、就寝時刻と完全にリンクしていたわけです。
睡眠不足は体の不調のみならず心の不調ももたらす
また、就寝時刻が遅い子どもにとって問題となるのは、体の不調が増えるということだけではありません。この調査では、体の症状とともに心の症状についてもアンケートをしました。
その内容は、「イライラすることが多い」「自分なんていないほうがいいと思う」「自分のことが好き」「やる気が出ない」「家庭が楽しい」といったもの。すると、自律神経失調症の症状が増えることとまったく同じように、小学生は23時以降、中学生は午前0時以降に寝ている子どもは、それらのアンケートに対して多くがネガティブな回答をしていました。
つまり、就寝時刻が遅い子どもは、イライラすることが多いし、自分なんていないほうがいいと思うし、自分が嫌いだし、やる気が出ないし、家庭は楽しくないと思っているわけです。こんなことを子どもたちが思っているなんて本当にかわいそうだし、大人として絶望的な気持ちになりますよね。
この要因は、きちんとした睡眠が取れていないがために、育つべき脳が育っていないことだと考えられます(第1回インタビュー参照)。わたしが「体の脳」と呼ぶ部分が育っていなければ、生きていくために最低限必要なさまざまな機能がうまく働きませんから、体に不調をきたすことになります。また、人間が人間らしく生きるために必要な「感情のコントロール、思考、判断」などの高度な機能を司る「心の脳」が育っていなければ、心の不調をきたすことになるわけです。
その心の脳が育ちはじめるのは、10歳頃から。そこがしっかり育っていれば、はっきりした根拠などなくとも、これまでの育てられ方や親からかけられた言葉を軸にして、「自分は大丈夫だ!」「きっとうまくいく!」というふうに考えられるものです。あるいは、自分に足りない部分を見つけたのなら、「もっと頑張ろう!」と思える。そのように前向きに人生を歩める人間になるには、やはりきちんと睡眠を取って、心の脳を育てる必要があるのです。
小さい頃から正しい睡眠習慣を身につけさせる重要性
ただ、睡眠によって心の脳が育ちはじめるのは10歳頃からですが、みなさんには子どもがなるべく小さい頃からきちんとした睡眠習慣を身につけてあげることを心がけてほしいと思います。というのも、人間の脳は発達する順が決まっており、基本的に5歳くらいまでに育つ体の脳が育っていなければ、そのあとに育つはずの心の脳も育たないからです(第1回インタビュー参照)。
また、小学生でも高学年頃になると反抗期がはじまることも理由のひとつです。中学年頃までなら親が主導して正しい睡眠習慣をつけさせることもできますが、高学年や中学生になると難しくなるものです。もし、子どもがすでに高学年や中学生だというなら、「早く寝なさい!」というふうにただ叱るのではなく、なぜそうしなければならないのかという理由をしっかり伝えてあげるようにしてください。そうすれば、反抗期に差しかかっていると同時に理解力も高まっている子どもは納得してくれるでしょう。
そして、中学年の頃にとくに注意してほしいのは、スマホやゲーム機の扱いです。中学年くらいになると、「友だちも持っているから」と、多くの子どもがスマホやゲーム機を手にすることになりますが、これらが子どもから睡眠時間を奪う大きな元凶のひとつです。スマホやゲーム機の扱いに関しては、「絶対に親がコントロールするもの」という認識を持ってください。それも、「夜8時になったら使っちゃ駄目だからね」という口約束では駄目です。決まった時間になったらネットにつながらないようにするなど、きちんとした制限をかけて、子どもの睡眠環境を整えられるようにしましょう。
そういうふうな子どもの行動に関することのほか、親の態度にも注意が必要です。それは、親自身が「ブレない」ようにすること。子どもが中学年になると、勉強の内容がそれまでより複雑になり、なかには授業についていけない子も出てきます。すると、子どもがゲームをしていたら「夜ふかしは駄目!」という一方で、「宿題をやるまで寝かせないからね!」なんてことをいいはじめる親もいるのです。それでは、子どもからすれば親に対して不信感を持ってしまい、ますますいうことを聞かなくなるでしょう。
親として、子どもの勉強の出来を気にするのは当然です。でも、その勉強ができるようになるためにも、しっかりと脳を育ててあげる必要があることを忘れないでください。脳を育てるには、なによりも正しい睡眠を取ることが大切なのです。
『子どもが幸せになる「正しい睡眠」』
成田奈緒子 上岡勇二 著/産業編集センター(2019)
■ 文教大学教育学部教授・成田奈緒子先生インタビュー一覧
第1回:子どもの脳をきちんと育てる「正しい睡眠」
第2回:親の緊張で子どもは寝つけない? 寝かしつけに必要な「親のリラックス」
第3回:「幼児の睡眠問題」を“たった1週間”で解消する方法
第4回:なにより睡眠が基本! 親の「ブレない」態度が、子どもの脳を育てる
【プロフィール】
成田奈緒子(なりた・なおこ)
宮城県出身。文教大学教育学部特別支援教育専修教授。日本小児科医学会認定小児科専門医。発達脳科学者。子育て科学アクシス代表。1987年に神戸大学医学部卒業後、米国セントルイスワシントン大学医学部リサーチアソシエート、獨協医科大学越谷病院小児科助手、筑波大学基礎医学系講師を歴任し、小児科の臨床と基礎研究に従事する。2005年から文教大学教育学部特別支援教育専修准教授。2009年から同教授となり、茨城県発達障害者支援センターと茨城県土浦児童相談所の嘱託医等を兼任。牛久愛和病院小児科での専門外来も開設しており、小児期のさまざまな精神心理疾患の外来診療にも携わっている。2014年からは、医学・心理・教育・福祉を包括した専門家集団による新たな親支援事業「子育て科学アクシス」を開設し代表に就任。また、文部科学省や東京都教育委員会などで育児、教育への提言・社会活動を行っている。『子どもの脳を発達させるペアレンティング・トレーニング 育てにくい子ほどよく伸びる』(合同出版)、『脳科学からみた男の子の「ちゃんと自立できる脳」の育て方』(PHP研究所)、『睡眠時間を削らず塾にも行かず現役で国立医学部に合格した私の勉強法』(芽ばえ社)、『脳科学からみた8歳までの子どもの脳にやっていいこと悪いこと』(PHP研究所)、『7歳までに決まる! かしこい脳をつくる成長レシピ』(PHP研究所)、『「睡眠第一!」ですべてうまくいく』(双葉社)など著書多数。
【ライタープロフィール】
清家茂樹(せいけ・しげき)
1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立し、編集プロダクション・株式会社ESSを設立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。