「Aちゃんは足が速いね」「B君は虫に詳しいね」など、子どものときから、人それぞれ、得意なものがあるはずです。それなのに、親は子どもに “万能” を求め、強みよりも弱みを気にしがち。「Aは算数が苦手なのよ」「Bは運動神経が悪くて困っちゃうわ」といった具合です。
弱みよりも強みに着目して才能を伸ばしてあげたほうが、子どもの自己肯定感は高まっていくのに――。今回は、子どもの “得意” を人生の強みにするための、「MI理論」についてご紹介します。
MI(Multiple Intelligence)理論とは?
いわゆる「頭のよさ」の判断基準としてよく使われてきたのがIQ(知能指数)です。しかし、IQで測定される知能は、読み書きや計算をするための「記憶力」や「思考力」など、一部の能力に限られます。そんなIQ至上主義に対して、「ひとつの指標だけで子どもたちを判断するのはよくないのではないか?」と意義を唱えたのが、心理学の世界的権威でハーバード大学教育大学院教授のハワード・ガードナー氏。
ガードナー氏が1983年に提唱したのは、「MI(Multiple Intelligence)理論」。「知能は単一ではなく、主に8つあり、人はそれらすべてを働かせて生活している。8つのうちどの能力が優れているかが、個性につながる」という考え方です。その「8つの知能」とはどんなものなのでしょうか。次に詳しく見ていきます。
MI理論が定める「8つの知能」
MI理論が定める「8つの知能」は以下です。
- 【言語・語学知能】:話をする、文章を書くなど、言葉を使って表現する能力
- 【論理・数学的知能】:計算や分析などに必要な論理的思考力
- 【視覚・空間的知能】:空間のなかで物事をイメージ・認識・表現できる能力
- 【博物的知能】:自然や環境に関心が高く、観察・発見・分類できる能力、自然と共存する力
- 【音楽・リズム知能】:音・リズム・メロディなどを認識し表現する能力、感受性
- 【身体・運動感覚知能】:身体を使った表現力
- 【対人的知能】:他人の感情や考えを理解できる力、コミュニケーション能力
- 【内省的知能】:よい面・悪い面も含めて、自分を正確に理解できる力
ガードナー氏は、子どもには特に秀でている知能が必ずあるはずなので、その知能を見つけて伸ばしてやることが大切だとしています。
しかし現在の日本の学校教育に、才能や個性を磨ける環境が多いとは言えないでしょう。言語・語学知能と論理・数学的知能の発達が優先されているのが現状です。この教育環境について、未来教育会議 実行委員会代表を務める熊平美香氏は以下のように危惧しています。
言語学的、数学的に優れていれば、学校の成績も良く、だれもがその子は、頭が良いと思うでしょう。逆に、この2つのインテリジェンスを強みとしない子どもたちの多くは、自己肯定感を喪失し、それ以外のインテリジェンスを持つことに気付くことすらなく、自分をどこか劣った人間であると認識してしまう場合もあるように思います。安心して、社会で暮らせる学力保障は大切ですが、だれもが、特定のインテリジェンスに基づく偏差値でランク付けされてしまう社会は、多くの人々を幸せにしません。
(引用元:熊平美香 公式サイト|マルチプルインテリジェンス)
しかし逆に、子どもの個性や才能、得意分野などを成長に合わせてサポートすることができたとしたら、どうなると思いますか? きっと子どもは楽しみながら自らの可能性を広げられるはずです。学校教育だけでは無理かもしれないけれど、毎日一緒に過ごしている親であれば、子どもの個性や才能を伸ばすことができるのではないでしょうか。
わが子の「得意」「才能」「強み」はどの分野にある?
私たちは状況に合わせていくつもの知能を組み合わせながら、日々の生活を送っています。各能力の程度差や偏りは誰にでもあり、それが「得意」「不得意」となるのです。そして、「得意」は「強み・個性」であると言えるでしょう。
「8つの知能」を意識して子どもを観察すると、その子の個性がよく見えてきます。お子さんの行動を、以下にご紹介する各知能における行動パターンと照らし合わせてみてください。YESの数が多かった知能が、お子さんの得意分野になります。また、得意分野はひとつとは限りません。
【言語・語学知能】
□本を読むのが好き
□話をするのが好き
□名前や年号、虫や植物のことなどを覚えるのが得意
□人の話をよく覚えている
□外の景色よりも、標識や看板などの文字に興味を示す
□英語などの外国語に興味がある
【論理・数学的知能】
□算数・数学が得意
□因果関係を気にする
□質問することが多い
□明確な目的をもって行動する
□問題を解決することが好き
□「もし……」と仮定で考えることが好き
【視覚・空間的知能】
□絵を描くのが好き、上手
□カメラやビデオ、絵や映像を見るのが好き
□空想するのが好き
□地図を見るのが好き、距離感覚がある
□夢の話をよくする、夢の内容をよく覚えている
□積み木やパズル、迷路が好き
【博物的知能】
□動物や虫などの生き物が好き
□花や木などの植物が好き
□図鑑をよく読む
□天気や地理に興味がある
□宇宙や地球に興味がある
□整理整頓やものを組み立てるのが好き
【音楽・リズム知能】
□音楽をよく聴く
□歌ったり、踊ったりするのが好き
□いつも鼻歌を歌っている
□楽器を演奏するのが好き、得意
□曲をすぐ覚えてしまう
□文章を書くと、自然と韻を踏んでいる。文にリズム感がある
【身体・運動感覚知能】
□じっとしていることが苦手、いつも動いている
□運動が好き、得意
□ボディランゲージが多い
□手先が器用
□ダンスが上手
□新しいことを覚えると、すぐやりたくなる
【対人的知能】
□友だちが多い、親友が3人以上いる
□人見知りせず、誰とでも話すことができる、人と話すのが好き
□思いやりがある
□グループ活動が得意
□知っていることを人に教えたがる
□個人競技より団体競技が好き
【内省的知能】
□マイペースで行動する、ひとりでいるのが好き
□自分が好きなことがはっきりしている(自分の世界がある)
□まわりをあまり気にしない
□興味があることには積極的、集中力がある
□失敗しても立ち直りが早い
□日記を書いている
お子さんの得意分野はわかりましたか? 得意なことがわかったところで、気になるのは、得意分野をどう伸ばしてあげられるかですよね。タイプごとの接し方について次項で説明しましょう。
【8つの知能タイプ別】子どもが得意な勉強法
子どもがもつ才能を伸ばすには、タイプごとの傾向や留意点を知って、それぞれに適した学び方を意識することが大切です。『自分の強みを見つけよう~「8つの知能」で未来を切り開く~』著者であり、東北芸術工科大学講師の有賀三夏氏、前出の熊平氏、教育心理学が専門の関西大学名誉教授松村暢隆氏のアドバイスを参考に、以下をまとめてみました。
【言語・語学知能】が高い子
言葉に興味があり、読んだり書いたりすることが得意。ですから、「文字を書く」「言葉を話す・聞く」ことを通して学びを深めていきます。暗記の際は、書くことで記憶が定着するでしょう。先生が話すことを聞いて理解するといった、いまの学校教育が合っているタイプです。ドリルを使った学習法などが向いていますよ。読解力があるため、どんどん読書をして知識をためていきましょう。
【論理・数学的知能】が高い子
ロジカルシンキングができて、問題を解決することが好きなこのタイプは、理科や算数が得意です。一方、苦手になりがちな暗記系の勉強は、物事の関係性を考えると覚えやすくなります。たとえば、歴史を覚えるときは、「年や時代ごとに、世界で起きたことをまとめて覚える(時間軸という共通項で関連性をつくる)」「歴史上の人物は、相関関係を意識して覚える」などがいいでしょう。
【視覚・空間的知能】が高い子
視覚的に物事をとらえるこのタイプは、絵や立体物などを通して、情報が頭にすんなりと入ってきます。「本は、絵や写真が多いものを選ぶ」「積み木やパズルなど立体的なおもちゃで遊ぶ」「勉強したいことを表や図などで視覚的に把握する」などがおすすめ。まさに「百聞は一見にしかず」です。ほかにも、植物や動物の観察ノートなどを自作するのもよいでしょう。
【博物的知能】が高い子
身のまわりのさまざまなこと、特に自然に関することに興味津々なこのタイプは、フィールドワークが向いています。動物園や植物園、博物館や科学館などに行って、たくさんのものに触れ、観察することで、向学心が高まるでしょう。また、親子で一緒に草花や動物を育てたり、天文観察したりといった「実物に触れる経験」がおすすめです。
【音楽・リズム知能】が高い子
音感に優れているタイプなので、暗記するときは、リズムや音楽をつけると覚えやすくなります。替え歌を利用するのもひとつの手です。また、参考書や教科書は音読しながら覚えるとよいでしょう。何かを暗記するときは、覚えたい箇所を読み上げて覚えます。読み上げた自分の声を聞くことで記憶が定着するそうですよ。
【身体・運動感覚知能】が高い子
このタイプは、座学よりも、手や身体を動かして学ぶのが一番。算数は、身近なもの(あめや鉛筆など)を用いて、数を数えたり計算したりしましょう。また、教科書やドリルで勉強するよりも、理科の実験などの「実体験」を通したほうが理解が進みます。身振り手振りを入れながらの暗記も効果的です。
【対人的知能】が高い子
コミュニケーションを好むタイプなので、「今日は何を勉強したの?」と聞いてみてください。「あのね、繰り下がりのひっ算はね……」と説明してくれたらしめたもの。人に教えることが自分の学びにつながるのです。また、個室での勉強よりも、リビングや図書館など、人がいるところで勉強するほうが集中できます。
【内省的知能】が高い子
好みがはっきりしていて、自分のスタイルをもっているので、何かに集中しているときは、できるだけ妨げないようにしましょう。また、家庭学習は、自分のペースが保てる自室でのひとり学習が向いています。長所短所を含めて自分のことをよく把握できるタイプなので、学習計画も自分で立てることが可能です。
“子どもの幸福度世界一” のオランダから始まった教育法「イエナプラン」の、個性の尊重を重視した教育も、MI理論をベースとしています。子どもの能力に優劣はありません。それぞれの能力バランス、つまり、ひとりひとりの個性を健やかに育むためのサポートをしてあげられるといいですね。
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「MI理論」が世界で反響を呼んだ2006年、ガードナー氏は日本で講演を行なっています。しかし残念ながら、当時の日本では、「MI理論」は広まりませんでした。それがどうでしょう! 時流は変わり、いまはグローバル化により多様性が求められる時代になりました。これからは、 “強みをもっている子” が力を得る時代になっていくはずです。お子さんの “強み” が見つかりますように。
(参考)
有賀美夏(2018),『自分の強みを見つけよう〜「8つの知能」で未来を切り開く〜』, ヤマハミュージックエンタテイメントホールディングス.
熊平美香 公式サイト|マルチプルインテリジェンス
日能研|読書ガイド|読み方ガイド〜MI「8つの知能」〜
日能研|“8つの知能(MI)”で自分の可能性を見つめ直す
FutureEdu TOKYO|未来の教育が目指すもの-Multiple Intelligences Theory(MI理論)に基づく教育の普及-
Wikipedia|Theory of multiple intelligences
プレジデントオンライン|学校任せだと子供の才能が潰れる根本理由