上の子供がまだ小さかった頃、日本に住む私たちのところへ、イギリスの義父母から一冊の本が届けられました。ジャン・ピエンコウスキーの Haunted House (日本語版:『おばけやしき』)という、飛び出す絵本です。
その年にイギリスで出版された絵本の中から特に優れた作品に与えられるケイト:グリーナウェイ賞を1979年に受賞して以来、長い間愛されてきました。
「日本語の絵本には興味を示すのだけれど、英語のものにはだんだん興味がなくなってきたみたいで……」と相談した後のことでしたから、心配してくれたのかもしれません。
子供が一人でも遊べるポップアップ絵本の魅力
義母は長いことイギリスの学校で、様々な理由で読書が苦手な子供たちの支援をしていました。そもそも英語が第一言語でない子供や、なんらかの識字障害を抱えている子供もいたようですが、そうした経験から、いろいろ考えて選んでくれたようです。
「本ってね、本当に読めない子は、小学校に上がった時点で、どちらから開くとか、一ページずつめくるとか、そういうこと自体わかっていなかったりするのよ」
まさか、と思いましたが、確かに縦書きの日本語の本と横書きの英語の本では、開き方が違います。移民の多いイギリスで、小学校に上がってくる子供たちの中に、一定人数、英語の本そのものを見たことがない子供がいてもおかしくはないのでした。
「だからね、一人で開いて遊んでも楽しそうな絵本を選んだわ」
子供に本を与える時に、私はついついお話の中身だけに気をとられていましたが、義母の視点には目からウロコが落ちる思いでした。現に上の子が英語の本を嫌がっていた時期も、この本だけは何度も手にとって、ボロボロになるまで眺めていたものです。
まずは本の形をしたものに慣れさせることから
まずは本の形をしたものに慣れさせること。そういえば、義母はよく子供と一緒に料理の本を眺めては、目次から食べたいお菓子を選ばせていました。
「目次や索引をどうやって使うかについて知っているだけで、ずっと敷居が低くなるでしょう?」
読み聞かせに適した素敵な本もたくさんありますが、むしろ本を「使って」様々な体験ができるインタラクティブな絵本の方が、子供が本に苦手意識を持ち始めた時には良いようです。
さらに「読み聞かせ」においても、単純に親が読んで子供が聞くだけでなく、親子の対話を誘発するような仕掛けがされた絵本が数多くあります。今回は、受動的にただ読むだけでなく、能動的に楽しめるインタラクティブな絵本をご紹介しましょう。
どこで何がしたい? 「親子の対話」を引き出す絵本
Haunted House に続いて義母から送られた本書、You Choose もその一冊です。
見開きに様々な絵があります。「どんな家?」と書かれたページには、様々な家が。「何が食べたい?」のページには、いろいろな料理が。文章は驚くほど短く、カラフルなイラストがぎっしりつまっています。
単に読み聞かせるのでなく、むしろ、子供が指をさしながら「これがいいよ、だって……だから」と、話をすることが主眼の絵本です。
日本語版は出ていませんが、使われている英語は単純なものですから、家庭で子供と一緒に指さしながら、日本語で話してみても楽しいかもしれません。
ナンセンスな組み合わせが面白い! 上下に分かれた絵本
こちら、Ketchup on your Corn Flakes も英語の絵本です。先ほどと同じイラストレーターが挿絵を担当しています。
絵本は実は上半分と下半分に分かれていて、「○○に△△はいかが?」というパターンを踏んでいきます。「コーンフレークスに牛乳はいかが?」でしたら普通の文ですよね。ところが、「コーンフレークスにケチャップはいかが?」「レモネードに歯磨き粉はいかが?」というようなナンセンスな文と挿絵が出来上がってしまうのが、この絵本の面白いところです。
4歳ぐらいの頃、上の子がお腹を抱えて笑い転げていたことを覚えています。これもまた、一人でパラパラめくっては笑っているのを何度か見ることになりました。
使われている英語は非常に簡単なものですし、絵がほとんどですから、日本語で読んでも面白いかもしれません。
子供にも役目がある! 参加型の読み聞かせ絵本
下の2冊は「読み聞かせ」に特化した本です。けれども、ただの読み聞かせではありません。子供が反応して返事をすることが組み込まれているのです。
本書『ハトにうんてんさせないで』(Don’t Let the Pigeon Drive the Bus!)は2003年に、アメリカで出版された優れた絵本に与えられるコールデコット賞の次点となり、コールデコットオナー賞を受賞しています。
最初のページをめくると、バスの運転手さんが、ちょっと車を離れるから見ててね、と読み手に頼みます。そして言うのです。ハトに運転をさせないでね、と。
次のページからハトが出てきて、読み手に「お願いだから運転させて」と頼みます。あの手この手でおねだりをしてくるハトに、「ダメ!」「絶対ダメ!」と言うのが子供の役目。
ささやかな仕掛けですが、これは盛り上がります。普段「ゲームはだめですよ」「甘いものはダメですよ」などと色々なことを禁止されている子供にとっては、あの手この手で(それこそ小さな子供のようなロジックで)バスを運転したがるハトに「ダメ!」と言うこと自体が、とても楽しいようなのです。
将来、絵のない本を読む下準備として最適な絵本
『えがないえほん』(The Book With No Pictures)は、日本でも20万部を突破した、大人気絵本です。
個人的には、子供がより真面目な、「文字ばかりの本」をいつか手に取るときのために、これ以上に素晴らしい下準備はないと思っています。何度か下の子供の小学校にボランティアで読み聞かせにもいきました。
有名なアンデルセンの物語と同じ題名ですが、内容は全く違います。『ハトにうんてんさせないで』同様、子供がダメ出しをするのが楽しい、読み聞かせ用の一冊です。
文字通り、絵の全くない絵本で、絵がない本なんて真面目でつまらなそうに見えるでしょう?という問いかけから始まります。でもね、本っていうのは、書いてあることは全部読まなくちゃいけないものなんだ……。
実はこれは、大人が普段だったら出さないような馬鹿げた音を出したり、馬鹿げたことを言ったりするのを子供が大喜びで聞く、という趣旨の絵本なのです。
途中に何度か「ねえ、もう読むのをやめていい?」と尋ねなければならない箇所があります。「だめー!」と大声で答える子供たちの嬉しそうなこと。
この本をある年のクリスマスにプレゼントされて以来、しばらく息子に「どれを読んであげようか」と聞くたびに、本書をリクエストされて、苦笑したものでした。
著者が実際に子供の前で読み聞かせをしている動画もあります。子供たちの食いつきの良さにきっと目を見張るはずです。
実は読み聞かせるのはなかなか疲れる本なのですが、この経験が「絵のない本」への子供の抵抗感を減らしてくれるのであれば、万々歳です。
インタラクティブな絵本は、普段本好きでない子も虜にしてくれる
本の面白さや楽しさを多角的に子供に紹介する、こうしたインタラクティブな絵本は、普段だったらそれほど本に興味を示さない子供たちの心をも鷲掴みにしてくれます。
子供たちがこうした本を愛するのはほんの数年間のことですが、ゲームや動画といった競合メディアが多い現在の子供たちの間で、インタラクティブな本が非常に愛されていることに、ホッとすると同時に嬉しくもなるのです。
(参考)
Jan Pienkowski, Haunted House, (Walker Books, 2005)
ジャン・ピエンコフスキー 著, でんでんむし 訳(2005),『おばけやしき』, 大日本絵画.
Pippa Goodhart, Nick Sharratt, You Choose, (Puffin, 2018)
Nick Sharratt, Ketchup on Your Cornflakes?, (Scholastic., 2006)
Mo Willems, Don’t Let the Pigeon Drive the Bus!, (Disney Book Group, 2003)
モー・ウィレムズ 著, 中川 ひろたか 訳(2005),『ハトにうんてんさせないで。』, ソニーマガジンズ.
B. J. Novak, The Book With No Pictures, (Puffin, 2016)
B・J・ノヴァク 著, 大友剛 訳(2017),『えがないえほん』, 早川書房.