「我慢してね」
誰もが一度は言われた経験があるフレーズではないでしょうか。日本は、“我慢は美徳” という観念が昔から根強いですし、最近定着した “KY” も、相手の気持ちや場の雰囲気を読んで行動するという意味では自己抑制を象徴した言葉ですよね。
一方で、グローバル化が進む世界では、我慢だけではなくきちんと自己主張もできる人が求められるようになりました。これから日本でも重要になってくる “我慢と自己主張のバランス” の視点から、他国の現状と比較しながら考えてみましょう。
日本と世界のいい子像の違い
まず、各国の「いい子」像を見てみましょう。興味深いことに、国によって「いい子」のイメージが違うのです。
■日本のいい子:自己抑制が利く子
“日本のいい子” と聞いて思い浮かべるのはどんな子でしょう? 「親や先生の言うことをよく聞いて、お行儀の良い子」、つまり自己抑制(我慢)が利く子。とくに親世代は、「みんなと仲よくしましょう」「人に迷惑をかけちゃいけませんよ」と教えられたのではないでしょうか。子どもの頃にほめられたのは、「嫌いなものを食べられたとき」や「遊んでいたおもちゃをねだられて弟や妹、またはお友だちに譲ったとき」など、我慢して行動できたときが多いのでは? 逆に、言うことを聞かず自己主張すると “わがまま” ととらえられがちです。日本では、協調性と礼儀正しさが求められる傾向があります。
■アメリカのいい子:自己表現ができる、自立した子
全米最優秀女子高生を育て上げたお母さまであるボーグ重子さんによると、アメリカの “good kid” は、人を思いやれたり、自分のやりたいことがわかっていたり、気持ちが表現できたり、おもしろい子。言われたことを言われた通りにやるのはあまり評価の対象にはならないのだそう。アメリカの子育てのキーワードは “自立” です。子どもをいかに “経済的にも精神的にも自立した人” に育て上げるかが目標なので、受け身ではなく能動的に動けることがよしとされるのです。
■イギリスのいい子:自己主張ができて自己抑制も利く子
教育学者の佐藤淑子氏は、イギリスは日本とアメリカの価値観を両方持っていると話しています。しつけに厳しい家庭が多く、大人と子どもの領域の区別もはっきりと線引きされるのだそう。お店やバスもきちんと列をつくって待てる自制心が身についている国民性。このような環境で子どもは自己抑制を覚えるのです。
一方で、論理性に基づく自己主張が大事にされます。小学校低学年のテストに ”Reasoning(推理・推論)” と言う科目が採用されている学校もあり、親子間コミュニケーションを大事にするなかで、自己表現や自己主張が育まれていきます。つまり、“きちんとルールを守ることができ、筋道立てて自分の意見を言える子” が理想のいい子なのです。
佐藤氏は、これら三国の違いを次のように表現しています。
「自己主張すべき場面でも抑制すべき場面でも自己主張するアメリカ」
「自己主張すべき場面では主張し、抑制すべき場面では抑制するイギリス 」
「自己主張すべき場面でも抑制すべき場面でも抑制する日本」
(引用元:佐藤淑子著(2001), 『イギリスのいい子日本のいい子 自己主張とがまんの教育学』, 中公新書.)
わかりやすいですね。文化や慣習、考え方の違いもあるので、もちろん求められる “子ども像” は違って当たり前ですが、イギリスの例を知ると、自己主張と自己抑制は両立しうるものであることがわかります。
「我慢」と「自己主張」のバランスをとることの難しさと大切さ
我慢(自己抑制)と自己主張はどちらも非認知能力です。つまり、どちらも人格を形成するうえで必要かつ大事な能力なのです。車に例えるなら、アクセルとブレーキ。要はバランスの問題です。まだ小さなうちは自己主張のほうが強く、そのバランスをとることは難しいですが、研究の結果、「4~5歳の期間に自己抑制能力が発達し、その後そのときの能力が持続する傾向がある」と、幼児期が能力発達に重要な時期であることがわかっています。
児童心理学の専門家・森下正康氏によると、難しいのは 「自己主張」と「わがまま」の境界線。言い換えると、前者は「自分の理想」、後者は「理想が叶わない苛立ちからの甘え」です。親としてはこの点に留意して、子どもの自己主張を押さえつけて不必要な我慢をさせないようにしなければいけません。
我慢と自己主張のバランスをとるために親が気をつけたいこと
イギリスと日本の「自己主張」のベースには、じつは違いがあります。イギリスで言われる自己主張は “理性” に基づくもの。一方、日本では “感情” に基づくものとしてとらえられるケースが多いようです。そのため、日本では「自己主張=わがまま」の構図が印象づけられてしまっているのですね。
しかし、今回ご紹介するのは、イギリス型自己主張の仕方です。日本人が苦手な「正しい自己主張」ができる子にするために、前出の佐藤淑子氏とボーク重子さんのアドバイスに基づいて、家庭で気をつけたいことを3つまとめてみました。
1. 親が子どもの話や意見に関心を持つ
お友だちに対して、自分の気持ちを言えなかったり、NOと言えなかったりする子は、親に本音が言えない場合が多いようです。まずは親が子どもの言うことをちゃんと聞いて、受け止めて、そこからコミュニケーションをとることを習慣づけてみましょう。もし、子どもの言っていることが間違えていたら、「おもしろいね! でも……」など会話のキャッチボールをすることが、正しい自己主張のトレーニングになります。最も大切なのは、まずしっかり意見できた勇気を認めてあげること。これが正しい自己主張トレーニングの第一歩となります。
2. 「どう思う?」を口癖に
欧米の学校や家庭では、子どもが意見を言うと必ず先生や親から「どうして?」「どう思う?」と理由を聞かれたり論理性を求められたりするそうです。感情だけではなく、その正当性を自分で考えて、きちんと伝える必要があるのです。親や友人とのディスカッションの中で、「論理的に反論する」(自己主張)だけでなく、「我慢して相手の話を聞く・相手の気持ちや意見を察する」(自己抑制)という能力も身についていきます。ボーク重子さんによると、「YES・NOで答えられない問いを投げかけるのがコツ」だそう。家庭で、親が積極的に子どもに意見を求めることは、人として自分が認められているという自信にもつながり、正しく上手な自己主張のためのいいトレーニングになるでしょう。
3. 親が感情的に子どもを叱るのはNG
親が感情的に叱ってしまったり、言っていることに筋が通っていなかったりすると、子どもは混乱し、我慢と主張のポイントがわからなくなってしまいます。家庭内でしっかりとルールを決めて、論理的な環境づくりをすると、子どもにとって安定した環境が整います。ルールづくりも子どもと一緒にすると、「なぜそれがダメなのか」「どうしてこれをしなければいけないのか」など、行動の理由を理解できるいい機会になるでしょう。
自己主張と自己抑制のバランスをとるためには、親子の信頼関係をベースにした心の安定が必要です。安心感を得ることで、子どもも相手を受け入れる余裕ができ、我慢と自己主張をうまくコントロールできるようになっていくでしょう。
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国の文化・風習・思考は教育と密接に関係しています。国が違えば子育てが変わってくるのは当然です。しかし、そのベース自体が徐々にグローバル化し始め、2020年教育改革に見られるように、日本の教育の考え方も徐々に変わりつつあります。日本人としての感性や美徳を大切に秘めつつ、グローバルな人間性も身につけられたら鬼に金棒。子どもたちの未来の活躍が楽しみになりますね。
(参考)
佐藤淑子著(2001),『イギリスのいい子 日本のいい子 自己主張とがまんの教育学』, 中公新書.
ボーク重子著(2018),『世界最高の子育てー「全米最優秀女子高生」を育てた教育法』, ダイヤモンド社.
ダイヤモンド・オンライン|自己主張できる子を育てたければ内容ではなく「勇気」を認めよ
NHK|「がまん」って大事なの?
和歌山大学教育学部 教育実践総合センター紀要|幼児の自己制御機能の発達研究
松永あけみ(2008), 「幼児期における自己制御機能(自己主張・自己抑制)の発達―親および教師による評定の縦断データの分析を通してー」, 群馬大学教育学部紀要 人文・社会科学編 第57巻 169-181頁 2008.