むかしから「褒めて伸ばす」という言葉はありますが、とくに最近は子育てや家庭教育において重要なスタンスだとされています。その一方で、「子どもをどう褒めたらいいかわからない」という人も少なくないようです。
アドバイスをしてくれたのは、2019年3月まで筑波大学附属小学校の副校長を務めていた田中博史先生。卓越した算数指導や教員の指導に定評があり、カリスマ教師とも呼ばれます。37年間の教員生活のなかで田中先生が培った、「褒めて伸ばす」ためのテクニックです。
構成/岩川悟 取材・文/清家茂樹 写真/玉井美世子(インタビューカットのみ)
「その場で」褒めず「少し間を置いて」褒める
教育現場では「褒めて伸ばす」という言葉がよく聞かれます。でも、ただやたらと褒めればいいというものではありません。なんでもかんでも褒めてしまうと子どもには社交辞令のように聞こえて慣れてしまい、「褒めて伸ばす」ことの効果が薄れてしまうからです。褒めることと叱ること、そのバランスが重要なのです。
わたしが若い教員によくいうのは、「はじめて子どもに出会って3日間のうちに必ず1回は叱りなさい」ということです。ただ、これには「事実で叱る」という条件があります。理不尽な理由で叱ったり、人間性を否定するような叱り方をしたりすると、子どもをただ傷つけることになりますから注意が必要。そうではなくて、本当に叱らなければならないようなことを見つけたときに、「あなたはいい子だけど、こういう部分は直したほうがいいね」と諭すように叱るのです。
すると、子どもは指摘されたところを変えようとするでしょう。それは小さな変化かもしれません。そういう変化を見落とさないようにしっかり見てあげて、「少し間を置いて」褒めてあげるのです。そういうふうに、子どもが「せっかく頑張ったのに、見ていてくれないんだ……」と思うくらいのタイミングで褒めれば、「褒めて伸ばす」ことの効果はとても高まります。
「その場で」褒めることがいいともいわれますよね? でも、「少し間を置いて」褒めることによって、「その場で」褒められる場合よりも子どもは「先生は僕のことをちゃんと見てくれている」と強く感じ、教員に信頼感を持つようになるのです。そうなれば、「褒めて伸ばす」ことの効果が高まるのも当然のことです。これはもちろん家庭でも使える方法ですから、叱ったあとこそ注意深く子どもの変化を観察して、変化が表れたらなら「少し間を置いて」褒めてあげてください。
理想像につながる「ささいなこと」を褒める
保護者のみなさんからよくされる質問に「子どものなにをどう褒めたらいいのかわからない」というものがあります。では、「褒めて伸ばす」効果を高めるための褒める内容、そして褒め方についてのわたしの考えをもう少しお伝えしましょう。まずは褒める内容です。
どんな親も「子どもにはこういうふうに育ってほしい」という理想像を持っているはずです。ただ、それはあくまでも理想ですから、子どもにいくらその姿を探しても簡単に見つかるものではありません。だとしたら、その理想像につながるような「ささいなこと」を見つけて褒めてあげればいいのです。
「思いやりのある人間になってほしい」という理想像を親が持っているとします。とはいっても、子どもが人命救助につながるような活躍をして警察から表彰されるというような大きな出来事はそう起こるはずもありません。でも、ささいなことなら日常的に起こるものです。たとえば、家族で出かけるというときに、その子の弟が靴を履きやすいようにと玄関に散らばっている他の靴をよけてあげた。注意しておかないと見落としてしまいそうな一瞬でささいなことです。でも、それは間違いなく「思いやりのある人間」につながる行為のはずです。
そういった事実を「貯金」しておいて、「少し間を置いて」褒めてあげるのです。たとえば、そのまま家族で公園に出かけたとしましょう。さてこれから遊ぼうというタイミングで、「あなたになら弟を安心して任せられるわ。さっきも弟のために靴をよけてくれたもんね」といったふうに褒めてあげる。そうすれば、子どもは「きちんと見ていてくれた」と親を信頼し、「やっぱりああいうことをすることはいいことなんだ」と、親の理想像に近づいていってくれるはずです。
子どもが受ける真実味を増す間接的な褒め方
また、「間接的に伝わる褒め方」も効果的です。これは、「よく頑張ったね」などと本人に直接いうのではなく、誰かとの会話を聞かせるといった方法です。たとえば、子どもがリビングでテレビを見ていたら、夫婦はダイニングでコーヒーでも飲みながら「そういえば、あの子、自分から進んでお手伝いをしてくれたの」というふうに子どもを褒める会話をするのです。子どもは敏感にその会話を聞き、内心では「やった!」と、とってもよろこびます。
わたしは同じようなことを学校でもよくやっていました。ひとりの児童がクラスの提出物を職員室に持ってきてくれたなら、その児童が職員室を出ようとするときに、他の教員に向かって「あの子はクラス全体のためにほんとによくやってくれるんですよ」なんていう。すると、面白いことにその子は職員室の扉を心なしかゆっくり閉める。しっかり聞いているんですね(笑)。
もしかしたら、この方法はちょっとずる賢いと感じる人もいるかもしれません。でも、面と向かっていわれていないからこそ、最初にお伝えした社交辞令とは対照的に、子どもからすればとても真実味があります。「褒めて伸ばす」ということを考えるのならとても有効な手ですから、少しくらいずる賢くなってもいいのではないでしょうか。
『子どもに教えるときにほんとうに大切なこと』
田中博史 著/キノブックス(2019)
■筑波大学附属小学校前副校長・田中博史先生 インタビュー一覧
第1回:子どもを「褒めて伸ばす」には、ときに親がずる賢くなることも必要!?
第2回:“考える力”を伸ばす、子どもの「どうして?」と親の「どうして?」
第3回:子どもを大きく成長させる、人間関係における失敗。親が知るべき「子どもとの距離感」
第4回:子どもの学習意欲と学習効果を“劇的に”高める4つのポイント
【プロフィール】
田中博史(たなか・ひろし)
1958年生まれ、山口県出身。山口大学教育学部卒業後、山口県内の公立小学校3校の教諭を経て、1991年から筑波大学附属小学校教諭。2012年には放送大学大学院にて人間発達科学の学術修士号取得。2017年から同校副校長を務め、2019年3月に退職。これまでに全国算数授業研究会会長、筑波大学学校数学教育学会理事、学習指導要領実施状況調査委員などを歴任。専門は算数教育、授業研究、学級経営、教師教育。現在は筑波大学人間学群非常勤講師の他、「授業・人(じゅぎょう・ひと)塾」という教師塾の代表を勤め、国内外での「飛び込み授業」や教員向け、保護者向けのイベント等を精力的に行っている。著書に『子どもと接するときにほんとうに大切なこと』(キノブックス)、『子どもが変わる接し方』(東洋館出版社)、『対話でつくる算数授業 ボケとツッコミがアクティブ空間をつくり出す』(文溪堂)、『子どもが変わる授業』(東洋館出版社)、『田中博史の楽しくて力がつく算数授業55の知恵 おいしい算数教授レシピ2』(文溪堂)などがある。
【ライタープロフィール】
清家茂樹(せいけ・しげき)
1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立し、編集プロダクション・株式会社ESSを設立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。