ほとんどの子どもが「イヤイヤ期」を経て、成長していきます。それこそ、はじめての子どもの場合だと、その対処に悩まされるのではないでしょうか。そこで、幼稚園教諭の経験もある、玉川大学教育学部教授の大豆生田啓友先生に「イヤイヤ期」にある子を持つ親が知っておきたいことを教えてもらいました。子どものことを一生懸命に考え、「イヤイヤ」を収めようとすることも大切ですが、大豆生田先生は「頑張りすぎず、『ほどほどのお母さん』になることも大事」といいます。
構成/岩川悟 取材・文/清家茂樹 写真/石塚雅人(インタビューカットのみ)
「イヤイヤ期」は、子どもの発達途上に出てくる自然な姿
「イヤイヤ期」とは、だいたい1歳半から3歳くらいまでの子どもに見られる、なにをするにも「嫌!」という拒否反応を示す時期のことです。しかし、イヤイヤ期については個人差が大きく、なかには「うちの子にはイヤイヤ期なんてなかった」という人もいれば、「もう5歳になるのにまだイヤイヤ期で……」と悩む人もいます。
そもそも、イヤイヤ期とはどんな時期なのかを整理しておきます。イヤイヤ期とは、子どもの自我が目覚めはじめ、「自分でやってみたい」「自分でできるんだ」という気持ちが出てきている時期です。でも、なにせ幼い子どもですから、お手伝いをしようと食器を運んでいても落としてしまうなど、「やりたい」「できる」という気持ちとは裏腹にうまくできないことばかり。しかも、そういうモヤモヤした気持ちをうまく言葉で説明することもできない。そうして自分をコントロールできなくなり、あらゆることに「嫌!」という反応を示してしまうのです。
でもこれは、子どもの発達途上に出てくる自然な姿です。この時期にはまだ脳の前頭前野が未発達ともいわれます。その前頭前野が司るのは、感情のコントロール。そこが発達途上にあるのですから、うまく自分をコントロールできなくて当然なのです。ですから、イヤイヤ期に悩んでいる人も、「自分の育て方が悪いのかな……」なんて深刻に考える必要はありません。いずれはイヤイヤ期を脱しますから、気長に待つことが大切です。
子どもの「抱っこして」「あれ買って」に対する対処法
この時期の子どもは、親からすればわがままにしか映らない行動をとります。たとえばそれは、もう抱っこを卒業するような年齢になっても「抱っこ、抱っこ」とせがんでくる、あるいは「あれ買って、これ買って」というふうにものをねだるといったことです。
抱っこの場合、「抱っこをしすぎると抱き癖がつくからよくない」ということもいわれます。でも、いまの考えでは、それは誤りです。その子は、たとえば両親が下の弟や妹ばかりをかまって、「自分のほうを向いてくれない」といったことを感じているのかもしれませんよね? その気持ちを子どもなりに「抱っこ、抱っこ」と表現しているわけですから、しっかり受け止めてあげたほうがいいのです。
子どもが必要としている場合、親の無理のない範囲で受け止めてあげることが大切です。そうやって親に気持ちを受け止めてもらえた子どもは、結果として、いずれ自分自身の道をしっかり歩みだすということになるはずです。なぜなら、自分の欲求が承認され、次第に自分の気持ちをコントロールできるようになるほか、安心感や自信を得ることができるからです。
一方、「あれ買って、これ買って」とものをねだるケースの場合は、少し話がちがってきます。それはもう、親の考え方次第というところでしょう。「これは大人でも面白そうだな」「子どもの学びにもつながりそうだ」など、そこにある事象を考え、買い与えるべきだと親が感じるなら買い与えるというのも、親の考え方次第です。
買い与えるものとそうではないものの線引きは必要ですし、そのルールは子どもにもちゃんとわかるように説明してあげるべきです。もちろん、望めばなんでも買い与える必要はありません。子どもにとっては、いつも自分の思うとおりにいかないことを経験し、我慢することも必要な経験です。いずれにせよ、「どんな子育てをするか」というビジョンを親がしっかり持っていることが大切です。それが、ものを買い与える場面だけでなく、あらゆる子育ての場面で生きていくるからです。
親が子どもを思う気持ちは必ず子どもに通じる
わたし自身、幼児教育を専門としているため、「どうすれば子どもの『イヤイヤ』をうまく収められますか」といった質問をよくされます。でも残念ながら、そう簡単に収める方法は存在しません。しかし、親が一生懸命に考えていろいろな方法を試すことは大切。たとえば、子どもの「イヤイヤ」がはじまったら、しっかり抱っこしてその気持ちを受け止めてあげる。あるいは、静かな落ち着いた場所に移動するといったこともひとつの方法です。
そうはいっても、「イヤイヤ」は簡単には収まりませんよね? でも、大事なことはそのように子どもの気持ちに寄り添ったという、その事実なのです。その繰り返しのなかで、子どもは「自分が困ったときには、お父さんやお母さんは一生懸命に手を尽くしてくれる」と感じていくことができる。そのことが、その後の親子関係を良好なものにするために大いな力を発揮するでしょう。親の思いは、きっと子どもに通じるのです。
そして、お母さんたちにはぜひ、「ほどほどのお母さん」となることを心がけてほしいですね。「ほどほどのお母さん」とは、イギリスの精神科医であるドナルド・ウィニコットが提唱した「good enough mother」の訳です。いまのお母さんたちは、本当によく頑張っています。
だからでもあるのですが、「イヤイヤ期の子どもにはこう対処すべき」「これからの社会を子どもが生きるには非認知能力が必要だ」「あれも必要、これも必要」「もっといい家庭教育の方法があるのではないか」「この子のすべてがわたしの肩にかかっている」というふうに考え悩んでしまうのですよね。ついつい「完璧なお母さん」を目指しているわけです。でも、それでは苦しくなって当然です。
また、「機嫌がいいことが多かったお母さんに育てられた子どものほうが、機嫌よく幸せに育つ」というフィンランドの研究もあります。このことに関しては、研究結果など関係なく誰もが想像できることでしょう。でも、あまりに完璧なお母さんを目指して苦しんでいると、いつも機嫌がいいというわけにはいきません。ですから、あまり子育てに対して前のめりにならず、「わたしは十分に頑張っている」「これくらいでいいか」といった気持ちを持ちながら、「ほどほどのお母さん」でいるくらいでいいのです。いまでも、十分によく頑張っていると思いますよ。
■ 玉川大学教育学部教授・大豆生田啓友先生 インタビュー一覧
第1回:非認知能力は育っているか? 子どもが「目をキラキラさせる世界」があれば安心です
第2回:かわいい子には“いたずら”をさせよ!? 「自由に遊んでいいよ」で子どもは学ぶ
第3回:親が先回りしたら「自己決定力」は育たない。幼くても決断力を伸ばせる声かけのコツ
第4回:イヤイヤ期に「悩まない、苦しまない」。子育ては“ほどほど”がちょうどいい
『非認知能力を育てるあそびのレシピ 0歳〜5歳児のあと伸びする力を高める』
大豆生田啓友・大豆生田千夏 著/講談社(2019)
【プロフィール】
大豆生田啓友(おおまめうだ・ひろとも)
玉川大学教育学部教授。青山学院大学大学院文学研究科教育学専攻修了後、青山学院幼稚園教諭等を経て、現職。専門は乳幼児教育学・保育学で、現在、日本保育学会副会長。メディア出演も数多い。著書は、『子育てを元気にする絵本』(エイデル研究所)、『非認知能力を育てる あそびのレシピ 0~5歳児のあと伸びする力を高める』(講談社)、『日本が誇る!ていねいな保育 0・1・2歳児のクラスの現場から』(小学館)、『マンガでわかる! 保育っていいね』(ひかりのくに)、『子どもの姿ベースの指導計画』(フレーベル館)、『あそびから生まれる動的環境デザイン』(学研みらい)、『21世紀型保育の探求-倉橋惣三を旅する』(フレーベル館)、『子育てを元気にすることば』(エイデル研究所)他、多数。
【ライタープロフィール】
清家茂樹(せいけ・しげき)
1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立し、編集プロダクション・株式会社ESSを設立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。