プロの棋士になるまでに、小学5年生でプロ棋士の養成機関である奨励会に入会してから13年の歳月を要した西尾明六段。西尾さんと同じ時期に入会した子どもたちで、四段に到達したのは、わずかに4人と言います。厳しい実力世界のなかで夢をつかむために大切なことはどんなものでしょうか。後編では、西尾さん自身の経験から、子どもたちが夢を実現するために必要なことについてアドバイスをもらいました。
取材・文/洗川俊一
大学中退して将棋に専念したのは、自己分析による結論
――西尾さんは大学を辞めてからプロになるまでに3年かかったそうですが、途中であきらめませんでしたね。
西尾さん:
確かに厳しい時間でしたが、わたし自身「プロになれる」と思っていましたからね。楽観的にとらえていたわけではなく、これはあくまでも自己分析からの結論。プロの棋士に限らず、夢をつかむためにはこの自己分析がとても大事だと認識しています。自分がどういう状況にあるかを客観的に判断すれば、いまの自分に足りないことが見えてきます。それを補うためにはなにをするべきなのか、その結果、自分はどこまで夢に近づけるのか。
わたしの場合、大学を辞めて将棋に専念したら十分にプロになれる可能性があると考えていましたから、夢をあきらめることはありませんでしたね。もし自己分析して、「プロになるのは絶対無理だ」と思ったら、きっと大学に残っていたことでしょう。それこそ、藤井聡太くんも自己分析がよくできているなと感心しますよね。彼はインタビューで、「将棋が強くなることを目指して」とよく言っていますが、その裏にあるのは、目の前の一戦に一喜一憂することなく自分の将棋を磨けば勝率はもっと上がるということ。その考えは、夢をつかむためにはとても大事なものです。
――結果に左右され、夢への思いが挫折しかけることはあると思います。そういうときはどうしたらいいのでしょうか?
西尾さん:
結果ではなく、内容そのものを見ることではないでしょうか。実力が上がっていれば、そのときは勝てなくても、将来的には必ず勝てるようになります。子どもであれば、成績が出ないことが重荷にならないようにするのが肝心。親は、結果より自分のなかにぶれない軸を持ってちゃんと取り組んでいるかどうかを見てあげることです。「勝てなかったじゃないか! なにをやっているんだ!」というのはいちばんよくないでしょうね。ある程度、自分がやりたいように自由にやらせればいいと思います。大事なのは、あくまでも軸がぶれないこと。プロを目指すのであれば、「自分はプロを目指している」という意識をつねに持って取り組むことが重要です。
プロ棋士になるには練習量と強くなれる環境づくり
――西尾さんのご両親も、結果ではなく取り組み方に厳しかったのでしょうか?
西尾さん:
母はとくにそうでしたね。母には、「もっと一生懸命にやったら」と言われることがよくありました。実際、そこでぶつかることもよくありました。自分から辞めたいと言ったことはありませんが、中学校3年生くらいのときに、母から「辞めたら?」と言われたこともあります。将棋から心が離れていることが親にはわかるのでしょう(苦笑)。母の場合、なにかに一生懸命取り組んでいればそれ以上意見を言う人ではありませんでした。成績が良くないことを指摘する人でもありませんでしたしね。ただ、自分が熱中すべきものから心が離れているかどうかに関しては、かなり厳しく言われました。
――将棋が強くなるためにしてきたことを教えてください。
西尾さん:
自己分析ができて、やるべきことがわかったら練習量あるのみ。わたしは、自分のなかで十分に練習できているという感覚があるときは、自信を持って将棋を指すことができます。自信があれば、強気で戦うこともできる。逆に「練習量が足りていないな」という感覚があるときは、将棋自体が消極的になるしミスも増えます。自分の将棋に自信を持てないときは、だいたい勝てないものなんです。わたしの場合、その自信を支えるものは練習量と相手をしっかり研究する事前準備でした。
――プロ棋士になれる人となれない人の差はどこにあるのでしょう。
西尾さん:
第一に、プロの棋士になるという意思がぶれない人であるかということ。子どものころからプロを目指していると、どうしても心が揺れる時期はあります。そこで「自分はなにをしたいのか」と考えてみることです。わたしは、プロ棋士を目指す人間から「将棋をやめたい」と相談されたら、一時的に心が離れているのか完全に離れてしまっているのか、そこを見極めるようにしています。完全に離れているなら辞めてもいいと思いますし、そうしたほうがいいのかもしれません。
次に大切なことは、自己分析を忘れないこと。そして、目標を立ててしっかり練習に取り組むことではないでしょうか。いまの自分のことを客観的に見ることができれば、目の前の結果に左右されることはなくなります。
そして最後に大切なことは、将棋が強くなれる環境を築くこと。たとえばそれは、自分よりも少し強い先輩たちに教えてもらえるような環境をつくることです。飛びぬけて強ければ先輩たちから勝手に声をかけてきますが、基本的には先輩たちが強いわけです。そうなると、自分から声をかけて対戦してもらえるようにお願いするしかありません。そこにはきっと人としてのコミュニケーション能力も必要になるでしょうね。プロの棋士になるには、そうした環境をつくれるかどうかもすごく大きなポイントになると考えています。
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小学生のときに抱いた夢を、13年という歳月をかけて達成した西尾さんからのアドバイスは、実体験に基づいた説得力あるものでした。夢をつかむためには「こうなりたい」という思いを強く持ち続けること、そして、自己分析して練習に励むこと。そうすれば、夢に近づくことができると優しく話してくださいました。そんな子どもたちを応援する親には、結果ではなく、夢に対する取り組み方に目を配ることが大切なのかもしれません。
■ プロ棋士・西尾明さん インタビュー一覧
第1回:【夢のつかみ方】(前編)~進路に迷ったら、自分はなにをしたいのかを優先する~
第2回:【夢のつかみ方】(後編)~大切なのは、自己分析と練習量~
第3回:将棋を学ぶことで得られるメリット(前編)~将棋で身につく、考える習慣と集中力~
第4回:将棋を学ぶことで得られるメリット(後編)~将棋は友だちを増やすコミュニケーションツール~
【プロフィール】
西尾明(にしお・あきら)
1979年9月30日、神奈川県出身。1990年9月に6級で奨励会に入会、2003年4月に四段となりプロ棋士に。2011年4月に六段に昇段。横歩取り戦法や角換わり戦法など激しい戦いを好む居飛車党。日本将棋連盟の子供スクールにて講師の経験も持つ。おもな著書に、『よくわかる角換わり』(マイナビ将棋BOOKS)、『矢倉△5三銀右戦法』、『矢倉の基本』(マイナビ出版)、などがある。浅野高校卒業、東京工業大学中退。趣味はギター。
【ライタープロフィール】
洗川俊一(あらいかわ・しゅんいち)
1963年生まれ。長崎県五島市出身。株式会社リクルート~株式会社パトス~株式会社ヴィスリー~有限会社ハグラー。2012年からフリーに。現在の仕事は、主に書籍の編集・ライティング。