子どもの発達状態について調べるうち、ピアジェの「発達段階」に行き着いた人は多いのではないでしょうか。ピアジェの発達段階論は、フロイトの「リビドー発達段階理論」、エリクソンの「心理社会的発達理論」と並ぶ、3大発達段階説のひとつ。大学の教職課程で学んだ人もいるでしょう。
スイスの心理学者ジャン・ピアジェ(Jean Piaget)は、子どもの思考は大人の思考と異なるとし、誕生~青年期の認知発達を「感覚運動期」「前操作期」など4つの段階に分類しました。ピアジェの発達理論では、各発達段階における子どもの特徴や、親にとって理解しにくい行動の意味が、わかりやすく解説されています。
ピアジェの発達段階は、「子どもの謎の行動にストレスを感じる」「子どもをサポートする方法がわからない」という悩みの解消に活用できる知識です。子どもの教育に関する知識を求めるみなさんに、ピアジェの発達段階を、おすすめの本や講座と合わせてご紹介します。
発達段階論を提唱したジャン・ピアジェとは
ピアジェの発達段階論は、生物学・哲学・心理学を渡り歩いたピアジェ独自の経験に根ざしています。まずはピアジェ自身について知っていきましょう。
ピアジェは、1896年にスイスのヌーシャテルで誕生。父親はヌーシャテル大学で文学教授をしていました。生物学に関心のあったピアジェは早くも10歳で、白スズメについての論文を公刊。これにより、ヌーシャテル市の博物館長の助手として、貝やカタツムリの新種を研究する機会を得ました。
17歳になると、フランスの哲学者アンリ・ベルクソンの著書『創造的進化』と出会います。「人間の進化」という大きな問題に興味をもち、哲学に傾倒。そして、軟体動物の研究により19歳で理学博士の学位を取得したあと、認識を生物学的に説明する学問「心理学」を学ぶため、チューリッヒで臨床心理学の手法を修得しました。
フランスに渡って心理学を学ぶかたわら、ピアジェは児童に知能検査を施しつつ児童心理学の論文を執筆。1912年、25歳でジュネーヴにあるジャン=ジャック・ルソー教育研究所の所長に就任し、教育学や児童心理学の研究を進めました。
結婚して3人の子どもに恵まれたピアジェは、子どもの知的発達を身近に観察。大学で心理学や社会学を教えつつ、1955年に「発生的認識論国際センター」を立ち上げ、亡くなる1980年までセンター長として研究を続けたのです。
「発達心理学の父」と呼ばれるピアジェは、認知発達研究の出発点となる業績を多く残しました。京都大学大学院准教授で発達心理学などを専門とする森口佑介氏は、ピアジェの影響の大きさを次のように説明しています。
ピアジェ以降の研究は、彼の説を支持するか否かの研究か、ピアジェが手を付けていない研究か、のいずれかに分類されるというくらい、ピアジェの認知発達に関する研究は幅広く、偉大な巨人だったと言えます。現代でも、ピアジェの研究を各論としては超えるものはあっても、総論として超えるような認知発達のグラントセオリーは存在しないと言っていいでしょう
(引用元:森口佑介(2014),『おさなごころを科学する』, 新曜社. 太字による強調は編集部が施した)
ピアジェ以前の心理学は、乳幼児を無能で受動的な存在だとみなしていました。ピアジェはそれに対して「発生的認識論(genetic epistemology)」を提唱し、子どもは科学者のように実験と観察を繰り返しながら自らの「知」を構成していくと主張したのです。さらにピアジェは、人間の考え方は段階的に発達するとして、誕生から青年期までの認知(思考)を4つの段階に分類した発達段階説を唱えました。
ピアジェの発達段階論
ピアジェの発達段階論は、発達を次のように説明しています。
発達は、思考と行為の質的に異なるシステムによって特徴づけられる一連の段階にそって進行する。これは、ある段階から次の段階への移行は、子どもがより何かができるということだけを意味するのではなく、物事を異なったやり方でするということである。
(引用元:マーガレット・ハリス 著, ガート・ウェスターマン 著, 小山正・松下淑 訳(2019),『発達心理学ガイドブック 子どもの発達理解のために』, 明石書店. 太字による強調は編集部が施した)
たとえば、赤ちゃんはまずハイハイをし、それから二本足で歩くようになりますよね。しかし、「歩く」という行為はハイハイの「進展」ではなく、ハイハイとはまったく異なる「質的に変化した行為」なのだそうです。
ピアジェは子どもを観察し、発達の基本的な仕組みを以下のように導き出しました。
- シェマ(認知構造)の獲得:情報処理の枠組みを得る
- 同化:新情報を既存のシェマで処理する
- 調節:新情報を既存のシェマで処理できないとき、認知のやり方を変える
- 均衡化:同化と調節によって認識精度を高める
均衡化を繰り返すうちにシェマが変化していくことこそ、発達なのです。たとえば、赤ちゃんの「吸う」という行為を例にすると、発達のプロセスが以下のように説明できます。
- おっぱいを吸ってみたら母乳が飲め、お腹が満たされた【シェマの獲得】
- 哺乳瓶も吸ってみたらミルクが飲め、お腹が満たされた【同化】
- タオルを吸ってみたが何も飲めず、お腹は満たされなかった【調節】
- お腹が空いたらおっぱいや哺乳瓶を吸い、タオルは吸わなくなる【均質化】
このように、「もう知っていること」と「新しく知ったこと」のあいだでバランスをとることにより、「発達」が進んでいきます。
それでは、ピアジェが提唱した4つの発達段階を詳しく説明していきましょう。ピアジェによると、子どもはみな、この順番で発達段階を踏むそうですよ。
ピアジェの発達段階1:感覚運動期
ピアジェの発達段階論では、0~2歳を「感覚運動期(sensorimotor stage)」と呼んでいます。感覚運動期にある人間は言葉を使えないため、吸う・触る・なめる・見る・叩くなどの手段を通じ、あらゆる感覚を用いて物事を把握しようとするもの。触った物をなんでも口に入れてしまうので、飲み込んだら危険な物が赤ちゃんの周囲にないか、注意が必要な頃です。
循環反応
感覚運動期における特徴のひとつに「循環反応(circular response)」が挙げられます。手に持ったスプーンを何度も落としてみるなど、赤ちゃんの繰り返し行動のことで、生後1か月頃から見られます。
対象の永続性
生後6か月頃になると、「対象の永続性(object permanence)」を獲得します。対象の永続性とは、手や布で覆うなどして物を見えなくしても、物がその場所に存在していると理解できること。対象の永続性が未獲得の赤ちゃんは、見えなくなった物は消滅したと認識しています。
一方、対象の永続性を獲得した赤ちゃんは、「いないいないばあ」をとても喜んでくれます。物が見えなくなってもそこにあると理解しているため、再び現れるのをわくわくしながら待てるようになるのです。
模倣行動
生後8か月頃には「模倣行動(imitative behavior)」が発達し、自分が見たり聞いたりする相手の手の動きや発声をまねできるようになります。そして1歳頃には、見ることができない自分の表情を、目の前の相手の表情に近づけることも可能に。1歳半以降は、相手の動作を記憶してあとから模倣する「遅延模倣」や、リモコンを電話に見立てて耳に当てるような「ふり行為」が出現するところまで思考が発達します。
ピアジェが「生涯で一番創造的な時期」と語っているように、最初の発達段階である感覚運動期は、ミルクを飲むのでせいいっぱいだった赤ちゃんが劇的な成長を遂げる時期です。みなさんも、「どうなる、どうなる?」などと声援を送りつつ、子どもが「実験」にいそしむ姿を応援してみてはいかがでしょう。
ピアジェの発達段階2:前操作期
ピアジェの発達段階の2番めは、2~7歳の「前操作期(pre-operational stage)」。保育園や幼稚園に通う子が多い時期ですね。「操作」とは、情報を正しく処理すること。この段階の人間は情報処理が未熟なため、「前操作」なのだそうです。では、前操作期の特徴を見ていきましょう。
自己中心性と中心化
「自己中心性(egocentrism)」とは、世界を自分の視点からしか見られず、相手の立場で想像できないこと。自分が楽しいことは相手にとっても楽しく、自分に見えないものは相手にも見えていないと思っています。
日本語では、わがままなことを「自己中心的」と表現しますが、ここでいう自己中心性はわがままではありません。たとえば、かくれんぼをするとき、自分の両目を手で覆って「かくれた!」と思い込んでいる子がいますよね。あれが自己中心性です。
また、目立つ部分にばかり意識が向く「中心化(centration)」という特徴も。子どもの目の前で、底面積が広く背の低いコップと、底面積が狭くて背の高いコップに、同じ量のジュースを注ぐとします。すると、背の高いコップのほうが水面が高くなるため、そちらの量が多いと思い込み、背の低いコップを渡された子は「ずるい!」と文句を言うのです。
実念論・アニミズム・人工論
前操作期の子どもは、「主観的世界」と「客観的世界」を明確に区別できていません。そのため、サンタクロースや鬼の存在を心から信じるなど、想像と現実を混同する「実念論(実在論、リアリズム)」という特徴があります。
また、あらゆるものは命を宿し、人間のように考えたり感じたりすると思い込む「アニミズム(汎心論)」という特徴も。イギリスの児童文学作家A・A・ミルンの代表作『クマのプーさん』シリーズでは、まさに前操作期にあるクリストファー・ロビン少年が、ぬいぐるみたちと楽しく遊んでいます。みなさんも子ども時代、人形をお友だちにして「ごっこ遊び」をしたのではないでしょうか。
また、前操作期の子どもは、「太陽は誰かが赤い折り紙を貼り付けたもの」のように、自然物も人間がつくったと思い込んでいます。これは「人工論」です。
象徴的思考期と直感的思考期
ピアジェは、前操作期をさらに2つに分けています。前半の2~4歳は「象徴的思考期(symbolic function substage)」。たとえば絵を描くとき、目の前にない物でも思い出して描けるようになります。
後半の4~7歳は「直観的思考期(intuitive thought substage)」。「家は地面から生えたのではなく人間が建てた」のように、空想ではなく理性によって考えられるようになります。
ピアジェの発達段階における「前操作期」では、豊かな想像力が特徴です。おとぎ話のような世界に住んでいる子どもの姿が浮かんできて、ほほ笑ましいですよね。
ピアジェの発達段階3:具体的操作期
ピアジェによる第3の発達段階は、7~11歳の「具体的操作期(concrete operational stage)」。小学生にあたる子どもたちは、論理的思考を獲得し始めます。実際に手を動かさなくても、情報の処理を頭のなかで行なえるようになるのです。
保存の概念
具体的操作期の特徴は、「保存の概念(conservation)」の理解です。底の面積が狭くて背の高いコップAから、底の面積が広くて背の低いコップBに水を入れ替えるのを見せると、子どもは以下のように思うでしょう。
- 前操作期の子「水の量が減った」
- 具体的操作期の子「水の量は同じ」
具体的操作期の子どもは、コップBに移した水を頭のなかでコップAに入れ戻すという操作ができるようになるので、どちらの水の量も同じだとわかるのです。
数の保存
具体的操作期の子といっしょに、10個のブロックを数えます。それからブロックの積み方を変えて「全部でいくつ?」と聞くと、数えることなく「10個」と答えるでしょう。見た目が変わっても数が変わるわけではないという「数の保存」の感覚も獲得しているのです。
このように、ピアジェの発達段階論における具体的操作期では、論理的な思考が獲得されます。
ピアジェの発達段階4:形式的操作期
ピアジェの発達段階論における最後のステージは、11歳頃に始まる「形式的操作期(formal operational stage)」です。
形式的演繹
形式的操作期の特徴は「形式的演繹」。ピアジェによると、形式的演繹とは「直接的観察から得られた事実からではなく、想定した判断で結論を導き出すこと」です。
たとえば、具体的操作期の子どもだと、水を別のコップに移しても量が変わらないことはわかります。しかし、以下のような場合はどうでしょう。
- コップの水に粘土の玉を入れる
- 水面が上がるので、その高さに印をつける
- 粘土玉をコップから取り出す。水面が下がる
さて、この粘土玉を平べったく潰し、再びコップに入れたら、水の高さはどうなるでしょうか? 具体的操作期では正しい予測ができませんが、形式的操作期ならば可能です。「水の量の保存」と「粘土の量の保存」を頭のなかでまとめ、論理的に推測し、「水の高さは粘土の量に比例して上がる」と理解できるでしょう。
抽象的・仮定的な推理
形式的操作期には、抽象的・仮定的な推理が可能になります。「ケンタ君はユミちゃんより背が高い。ユミちゃんはヒナちゃんより背が高い。一番背が高いのは誰?」というような問題に正しく答えられるそうです。
抽象的・仮定的な推理能力を獲得することで、科学や哲学に関する問題も考えられるようになります。ピアジェの発達段階論を参考にすると、「ブロックを使って説明してみようかな?」など、子どもとよりよくコミュニケーションをとるためのアイデアが浮かんでくるのではないでしょうか。
ピアジェの発達段階論を学べる本
ピアジェの発達段階論を学べる本を3冊ご紹介しましょう。
『おさなごころを科学する』
『おさなごころを科学する』は、ピアジェの発達段階論を子どもの教育に活かしたい人におすすめ。発達心理学の専門家・森口佑介氏が、乳幼児の考え方やものの見方を初心者向けにわかりやすくまとめた一冊です。ピアジェの発達段階でいうと、感覚運動期と前操作期について詳しく説明されています。
『ピアジェに学ぶ認知発達の科学』
『ピアジェに学ぶ認知発達の科学』は、ピアジェ自身による論文を翻訳したものです。難しい内容ではありますが、訳者の手厚い解説がサポートしてくれます。
『ピアジェに学ぶ認知発達の科学』は、「いまさらピアジェに学ぶ意味はあるのだろうか?」と疑問に思う人におすすめ。早稲田大学の教授で発達心理学を専門とする訳者・中垣啓氏により、ピアジェの理論を学ぶ今日的な意義が語られているからです。
中垣氏によると、日本では「ピアジェ版ピアジェ理論」ではなく、英米の心理学者がまとめた「英米版ピアジェ論」ばかりが学ばれているそう。ピアジェ自身の言葉に触れてみてはいかがでしょうか?
『発達心理学ガイドブック 子どもの発達理解のために』
最後に、ピアジェ理論の基礎をわかりやすく説明する『発達心理学ガイドブック 子どもの発達理解のために』をご紹介します。オックスフォード大学健康生活学部心理学科教授のマーガレット・ハリス氏と、ランカスター大学心理学部教授のガート・ウェスターマン氏による共著です。
ピアジェの生い立ちや専門用語が簡潔にまとまっており、知りたい情報をざっと調べたいときに便利。「三つ山課題」や「量の保存」など、ピアジェの有名な研究がイラストつきで解説されており、イメージしやすいよう工夫されているのが特徴です。ピアジェ理論に対する批判も紹介されています。
ピアジェの発達段階を感覚運動期から形式的操作期まで網羅しているので、上記の本と読み比べてみるとおもしろいかもしれません。
子どもの発達について学べる講座
ピアジェの発達段階に興味をおもちなら、子どもの発達について学べる講座を受けてみてはいかがでしょう?
チャイルドアートセラピー講座
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4つの発達段階を提唱したピアジェは、生物学者としてのユニークな視点で子どもたちを観察していました。ピアジェのように、「子どもは科学者であり活動的な学習者なのだ」と思い、あらためて子どもの言動を見つめると、興味深い子どもの世界が見えてくることでしょう。
文/上川万葉
(参考)
ジャン・ピアジェ 著, 中垣啓 訳(2007),『ピアジェに学ぶ認知発達の科学』, 北大路書房.
林洋一 監(2010),『史上最強図解 よくわかる発達心理学』, ナツメ社.
マーガレット・ハリス 著, ガート・ウェスターマン 著, 小山正・松下淑 訳(2019),『発達心理学ガイドブック 子どもの発達理解のために』, 明石書店.
波多野完治(1986),『ピアジェ入門』, 国土社.
外山紀子・外山美樹(2010),『やさしい発達と学習』, 有斐閣.
岡本祐子・深瀬裕子 編著(2013),『エピソードでつかむ生涯発達心理学』, ミネルヴァ書房.
森口佑介(2014),『おさなごころを科学する』, 新曜社.
大澤真也(2009),「ピアジェとヴィゴツキーの理論における認知発達の概念:言語習得研究への示唆」, 広島修大論集, 49巻, 2号, pp.1-11.
山本政人(2020),「ピアジェと精神分析」, 研究年報/学習院大学文学部, 66号, pp.183-201.
大藪泰(2005),「赤ちゃんの模倣行動の発達 -形態から意図の模倣へ-」, バイオメカニズム学会誌, 29巻, 1号, pp.3-8.
小島康次(2015),「ピアジェの発生的認識論のスピノザ的解体(1)生命的なものから論理的なものへ」, 日本心理学会第79回大会発表論文集, p.10.