いま、「先が見えない」といわれる時代です。だからこそ、「どんな時代になっても活躍できるように」と願い、親の多くが我が子にたくさんの習い事をさせています。ただ、「幸福学」の第一人者である慶應義塾大学大学院教授の前野隆司先生は、「習い事漬けの子どもは大切な時間を奪われている」と語ります。その真意と併せて、先が見えない時代に子どもが身につけるべきものを教えてもらいました。
構成/岩川悟 取材・文/清家茂樹 写真/石塚雅人(インタビューカットのみ)
習い事漬けになっている子どもが奪われている大きな学び
いま、日本の子育てにおいて大きな問題だと感じるのは、親が我が子をほかの子どもと比較することです。人が幸せになるためには、「やってみよう」とか「ありのままの自分でいいんだ」と思えなくてはなりません(インタビュー第1回参照)。ところが、いまの子どもたちは朝から晩まで習い事漬けといってもいい状況ですから、親としてはどうしても我が子とまわりの子どもの出来のちがいが気になる。そのため、「○○ちゃんはもう△△ができているのに……」と、我が子を他人と比較することが増えているのでしょう。
極論をいえば、わたしは幼い子どもに対する早期教育はまったく必要ないと思っています。わたしの仕事の関係で、息子は3歳のときに半年ほどアメリカで過ごしました。すると、すぐにネイティブスピーカーのような発音で英語を話せるようになった。せっかくだからと、帰国してから某有名英語塾に通わせたのですが、結果は散々……。まわりの子どもの「日本人発音英語」に影響され、あっという間にひどい発音になってしまったのです。
生き生きと遊んで過ごせる時期というのは、長い人生のあいだでも子どものときだけではないですか。わたしの世代はもちろんですが、いまの親世代のみなさんも多くが子どもの頃は野山を走り回って遊んでいたはずです。そのなかには多様な経験がある。たとえば、友だちと喧嘩することもそうでしょう。それは、子どもにとって大きな学びの場です。強い怒りを感じたり自分の気持ちを主張したり相手の気持ちを察したり相手に譲ったりして仲直りする。それは、間違いなく社会に出たあとも必要となる人間関係構築力の学びです。
そういう大事な時間を子どもから奪ったうえに、我が子とほかの子どもを比較するようなことがあれば、いいことはひとつもありません。もし習い事などの早期教育を子どもにやらせるとしても、本人がよほど強い興味を示しているものだけに絞るべきでしょう。
目的もなく東大に入っても意味がない時代
多くの子どもがやっている習い事をさせることなどより、オンリーワンの強みを伸ばしてあげることが、これからの時代には大切だとわたしは考えます。わたしの友だちの子どもに、魚のある骨を集めるのが趣味だという子がいます。「鯛の鯛」というその骨は、魚のかたちをしていて、「魚のなかの魚」とも呼ばれるものです。その子は、鮮魚店に行ったり釣りをしたりして鯛の鯛を集めるうち、どんどん知識が増えていった。すると、ついにテレビに出演して、あのさかなクンにほめられたのです。
さかなクンも、かつてはまさにそういう子どもだったでしょう。そしていまの活躍がある。とことんなにかを追求して周囲から突き抜ける、いわばいい意味でオタクになるほうが、いまは輝ける時代なのです。というのも、いい大学に入っていい会社に就職すれば人生は安泰だという構造がとっくに崩壊しているからです。そんな時代に活躍するには、やはり自分だけの強みを持っている必要がある。
そう考えると、大学に進学するにしても、いわゆる一流大学に行けばいいというものでもありません。わたし自身は、いまは大学に一流も二流もないと思っています。というのも、二流三流と呼ばれるような大学にも、ひとつのことをとことん追求している、いい意味で変な先生がたくさんいるからです。
なんの目的もなく東大に入っても意味はありません。それよりも、「これを学びたいんだ!」という強い気持ちがある学生なら、たとえ二流三流と呼ばれる大学に行ったとしても、その分野でトップになる可能性もあり、そのほうが社会に出たあとでよほど活躍できるのです。
個性と大混乱の時代であるいま、必要なものとは?
いまは個性の時代に変わりました。インターネットの普及もあって、それこそ世界中の個性的な人とつながることができて、そういうつながりのなかから大きな成果を挙げる人たちが生まれてきています。そんな時代にあって、ただひとつの大企業のピラミッドのなかで生き抜くすべなどではなく、自らの強みによって個性を伸ばすことこそが大切なのです。
そう考えると、親であるみなさんが、時代の変化をきちんと把握しておくことも重要です。個性の時代になったということもそうですし、なんの目的もなく一流大学を目指すことに意味がなくなったということもそう。また、学習指導要領もようやく変わりました。みなさんが子どもの頃とは、確実に時代は変わったのです。
そうして大きな変化が起きているいまは、個性の時代であると同時に大混乱の時代ともいえるでしょう。いまはトップ企業が短期間でガンガン入れ替わっています。いま、世界を引っ張っているGAFAも、10年後、20年後にはトップにはいないでしょう。そんな先行きが見えない時代になにが必要かというと、先の鯛の鯛が大好きな子どもではありませんが、時代がどう変わっても目を引くような個性的なスキルなのです。あるいは、時代の変化を敏感にくみ取って、「これからはこういうスキルが必要なんだ!」と自ら考えてチャレンジできる力でしょう。
そのためにも、子どもの「好き」を大切にしてあげてください。子ども自身が好きなことであれば、とことん追求して個性的なスキルを手にすることができる。あるいは、好きなことに自らチャレンジする経験が多いほど、変わる時代に合わせて新たなチャレンジをしていくこともできるはずです。
『「幸福学」が明らかにした 幸せな人生を送る子どもの育て方』
前野隆司 著/ディスカヴァー・トゥエンティワン(2018)
■ 慶應義塾大学大学院教授・前野隆司先生 インタビュー記事一覧
第1回:“他人との比較”で得た幸せは長続きしない。「幸福学」で分かった、親子で幸せになる方法
第2回:目的もなく東大に入っても意味はない。本当に輝けるのは、いい意味での「オタク」だ!
第3回:「子どもは宝物だ」という思考が危うい訳。子を思うなら親は“自らの幸せ”を追求すべき
第4回:子育てでイライラした時どうすれば? 幸福学の権威が教える「幸せ体質な親」の目指し方
【プロフィール】
前野隆司(まえの・たかし)
1962年1月19日生まれ、山口県出身。慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科(SDM)教授。1984年、東京工業大学工学部機械工学科卒業。1986年、東京工業大学理工学研究科機械工学専攻修士課程修了。同年、キヤノン株式会社に入社。カリフォルニア大学バークレー校客員研究員、慶應義塾大学理工学部教授、ハーバード大学客員教授等を経て、2008年より現職。2017年より慶應義塾大学ウェルビーイングリサーチセンター長兼任。研究領域は、幸福学をはじめ、ヒューマンロボットインタラクション、認知心理学、脳科学、心の哲学、倫理学、地域活性化、イノベーション教育学、創造学と幅広い。主宰するヒューマンラボ(ヒューマンシステムデザイン研究室)では、「人間に関わる研究ならなんでもする」というスタンスで、さまざまな研究・教育活動を行っている。『感動のメカニズム 心を動かすWork&Lifeのつくり方』(講談社)、『幸せのメカニズム 実践・幸福学入門』(講談社)、『古の武術に学ぶ無意識のちから 広大な潜在能力の世界にアクセスする“フロー”への入り口』(ワニブックス)、『幸せな職場の経営学 「働きたくてたまらないチーム」の作り方』(小学館)、『ニコイチ幸福学 研究者夫妻がきわめた最善のパートナーシップ学』(CCCメディアハウス)、『AIが人類を支配する日』(マキノ出版)など著書多数。
【ライタープロフィール】
清家茂樹(せいけ・しげき)
1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立し、編集プロダクション・株式会社ESSを設立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。