「子どもの学力を伸ばしてあげたい」と多くの親は願っています。そのために親ができることとは、どんなことでしょうか。お話を聞いたのは、日本屈指の名門校である開成中学・高校の校長、柳沢幸雄先生。それこそ「勉強ができる子ども」たちと日常的に接している柳沢先生ですが、その答えは、直接的な勉強にかかわるものではなく、少し意外なものでした。
構成/岩川悟 取材・文/清家茂樹 写真/石塚雅人(インタビューカットのみ)
子どもの話をしっかり聞けば、勉強に必要な集中力が育つ
親であれば、子どもには勉強ができるようになってほしいと願うのはあたりまえのことです。そして、勉強ができるようになるために必要なものというと、そのひとつは「集中力」になるでしょう。集中力をもって勉強に取り組むことができれば、もちろん学力は上がっていきます。
そして、子どもの集中力を伸ばしてあげたいと考えるのなら、親であるみなさんは「子どもの話をしっかり聞く」ことを心がけてください。基本的な言葉を覚えて一気に語彙を増やしている最中の子どもは、親になにかと話しかけたがります。
ただ、共働きの家庭が増えているいまはお父さんもお母さんも忙しいものですから、子どもの話したいという気持ちをついないがしろにしがちです。たしかに、どうしても家事や仕事から手を離せないということもあるでしょう。それでも、「あとでちゃんと聞くからね、そのときお話してね」といって、その約束をしっかり守ってあげてほしい。
親に話すことが、子どもにとってはその瞬間に集中したいことなのですから、その気持ちにつき合ってしっかり話を聞いてあげる。そうすれば、話すことを通じて子どもは集中力を獲得していきます。
また、少し打算的かもしれませんが、「いまつき合っておけば、あとが楽」と考えてみてはどうでしょうか。人間は幼いときほど急激な成長を遂げます。いってみれば、大人とは密度がちがう時間を過ごしているわけです。その急成長するときに子どもの「やりたい」にしっかりつき合ってあげておけば、のちのちになって子どもの集中力がないと悩むこともないはずです。
直接的な勉強ではない「ちょい足し」学習が効く!
ただ、いくら子どもの学力を伸ばしたいからといって、学校でやるような勉強を家庭でさせる必要はありません。ましてや、「勉強しなさい」なんていうことはご法度です。命令されてよろこんで勉強するような子どもはいませんからね。そうではなく、親には親ができることをしましょう。その親ができることとは、子どもの興味関心に目を向けて、その延長線上に勉強の要素につながるようなものがある経験をさせてあげることです。いわゆる、「ちょい足し」のイメージです。
幼い男の子なら、電車好きの子どもも多いでしょう。だとしたら、ただ散歩中に電車を眺めるだけではなく、路線図を持って一緒に電車に乗ってあげるのです。すると、一つひとつの駅に到着するたび、子どもは駅名標に書かれている漢字とひらがなを目にすることになり、自然にそれらを覚えていくでしょう。当の子どもにとっては勉強している意識はまったくないでしょうけれど、内容としては勉強といってもいいものです。これが、ちょい足しのいいところです。
これは、読書にもいえること。親としては「こういう本を読んでほしい」という願望を持っています。でも、子どもの気持ちを無視して最初から親の願望に沿ったものを与えてしまっては、子どもは間違いなく読書嫌いになります。まずはその願望を抑えて、子どもが好きなものを与えてあげるのです。『ドラえもん』が好きなら『ドラえもん』の絵本でも漫画でもいい。大好きだからこそ子どもはのめり込み、自然に文字にも親しんでいくはずです。
そのうち、子どもが好きなものから親が読んでほしいものへの延長線上にちょっとだけ進んだ本を選んで与えてみるのです。そうすれば、子どもは、親が期待する分野へも自分の興味関心を徐々に広げていきます。
東大生は「勉強しなさい」と親にいわれたことがない
ここまでにお伝えした、「子どもの話をしっかり聞く」「『勉強しなさい』というのはNG」ということの重要性は、ある調査の結果にも表れています。それは、『プレジデントファミリー 2019秋号』(プレジデント社)において、わたしが監修した東大生184人が対象のアンケート調査です。
そのアンケートの結果、東大生の大半に共通していたのは、「小さい頃に親がよく話を聞いてくれた」ということと、「『勉強しなさい』といわれたことがない」ということでした。このことは考えてみれば当然のことです。親がしっかり話を聞いてくれれば、集中力や言語能力が育ちます。また、勉強に関して命令されたり叱られたりすることがないために勉強に対して嫌な思い出がないのですから、自分で必要だと感じたら自然と勉強をするようになるというわけです。
それから、当校を目指す子どもに限ったことではありませんが、子どもの好奇心をしっかり伸ばしてあげることを考えてください。好奇心こそ、自ら積極的に学ぶためにもっとも必要なものです。ところが、親の言動によっては子どもの好奇心を簡単に摘んでしまうことになります。
子どもが目を輝かせて「Aというものをしてみたい」といってきたとき、「そんなことをやったってしょうがないでしょ」と親が否定したとします。すると、子どもは、「だったら、Bというものをしたい」といってくる。そのとき、親が再び子どもの希望を断ち切ってしまうと……、子どもは3回目の希望を伝えてくることをしなくなり、好奇心を失ったただの指示待ち族になってしまうでしょう。それでは、自ら積極的に学ぶことなどできるはずもありません。
本来、子どもはみんな好奇心の塊です。その強い好奇心をしっかり維持して伸ばしてあげる。子どもの好奇心、「やりたい」という気持ちに親ができる限り寄り添ってあげることが、最終的には子どもの学力を伸ばすことにもつながるのではないでしょうか。
※本記事は2019年11月16日に公開しました。肩書などは当時のものです。
『子どもに勉強は教えるな-東大合格者数日本一 開成の校長先生が教える教育論』
柳沢幸雄 著/中央公論新社(2019)
■ 開成中学・高校校長・柳沢幸雄先生 インタビュー一覧
第1回:学びの基礎となるのは言語能力――「3歳までの子育て」が大切なわけ
第2回:生きる力をつくる「10歳までの幅広い経験」。子どもに勉強は教えるな!?
第3回:親が自分の人生を肯定的に生きることが、子どもを自立させる第一歩
第4回:子どもの話をしっかり聞くと「あとが楽」。勉強に必要な集中力の育て方
【プロフィール】
柳沢幸雄(やなぎさわ・ゆきお)
1947年4月14日生まれ。開成中学・高校校長。開成中学・高校を経て東京大学工学部化学工学科卒。システムエンジニアとして民間企業に3年間勤めたのち、東京大学大学院工学系研究科化学工学専攻博士課程修了。米ハーバード大学公衆衛生大学院准教授、同併任教授、東京大学大学院新領域創成科学研究科教授などを経て、2011年に開成中学・高校の校長に就任、現在に至る。研究者としてはシックハウス症候群・化学物質過敏症研究の第一人者でもある。『空気の授業』(ジャパンマシニスト社)、『男の子を伸ばす母親が10歳までにしていること』(朝日新聞出版)、『見守る勇気 「世界一優秀な18歳」をサビつかせない育て方』(洋泉社)、『母親が知らないとヤバイ「男の子」の育て方』(秀和システム)、『18歳の君へ贈る言葉』(講談社)、『なぜ、中間一貫校で子どもは伸びるのか』(祥伝社)、『自信は「この瞬間」に生まれる』(ダイヤモンド社)、『エリートの条件』(KADOKAWA/中経出版)、『ほめ力』(主婦と生活社)など著書多数。
【ライタープロフィール】
清家茂樹(せいけ・しげき)
1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立し、編集プロダクション・株式会社ESSを設立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。