人がきちんと社会生活を営むために欠かせない、ありとあらゆる力を指す「ソーシャルスキル」。ソーシャルスキルが欠乏すると「人とうまくかかわれなくなる」と語るのは、法政大学文学部心理学科教授の渡辺弥生先生。そうであるなら、子どもにきちんとソーシャルスキルを身につけさせたいと親は考えます。その方法を聞いたところ、渡辺先生の答えは「『なんとなく』でいいんです」という意外なものでした。
構成/岩川悟 取材・文/清家茂樹 写真/石塚雅人(インタビューカットのみ)
必要なソーシャルスキルは年齢によって変わらない
親が変に不安ばかりを抱えるのではなく、ポジティブな発想で家庭教育をすれば、子どもは自然にソーシャルスキルを身につけていきます。親がいつもニコニコして「人生って面白いよ!」と伝えてくれたなら、子どもは自然とワクワクした気持ちで毎日を過ごし、友だちや先生といい関係を築くことができるからです(インタビュー第1回参照)。ですが、ソーシャルスキルを子どもに教えるために意識しておいてほしいこともあります。
まず、子どもの年齢によるちがいをお伝えします。そもそもソーシャルスキルは人間が社会生活をきちんと営むために必要なものですから、例外こそあれ、基本的には年齢によって必要なスキルは変わりません。たとえば、「人の話はきちんと聞く」ということが大切だということは、大人も子どもも変わりませんよね。
でも、年齢によって理解力にはちがいがありますから、それに合わせて教え方も工夫する必要があります。3歳、4歳くらいの幼児なら、「お口はチャックね」というふうに、まずは静かにするということを教えるべきでしょう。年齢が上がって中学生くらいになれば、「相手の方に体を向けて、話の内容に注意しながら」といったように、内面的な部分も含めて教えるという具合です。
また、「上手に断る」スキルも年齢を問わずに必要とされるものでしょう。生きている限り、断らなければならない場面はたくさんありますからね。仕事をしている大人ならよくわかると思いますが、なんでも引き受けて結局できないと逆に迷惑をかけることになる。断るスキルも重要なソーシャルスキルのひとつです。
なにかを頼まれて断らなければならない場合、大人であれば、まずは「それはお困りでしょうけど……」など相手に共感する言葉をいって、理由と謝罪を添えて断り、できれば代案も出す。これが上手な断り方といえます。
でも、幼い子どもがこんな断り方をしたら逆に変ですし、友だちから浮いてしまうかもしれません(笑)。幼児であれば、「駄目〜!」でもいいんです。あとは「どうして駄目なのかを教えてあげてね」と理由を添えることを教えるくらいで十分でしょう。
親は子どもに見返りを求めてはいけない
しかし、そういった教え方にもガチガチにルールがあるわけではありません。「なんとなく」でいいのです。自分の子どもをしっかり見て、いまの子どもには「『なんとなく』こんなことを教えてあげたらいいかな」という感覚で教えてあげてほしいのです。
教育熱心な親たちには、「なんとなく」や「ぼちぼち」「まあいいか」「このくらいで」みたいな感覚が必要だとわたしは思っています。みなさん、教育に対して真面目過ぎるように感じるのです。
真面目であることは悪いことではありませんが、その真面目さが弊害を招くことだってあります。真面目な人は一生懸命に努力しますが、人間というのは努力すればするほど相手にも期待してしまうものです。
たとえば子どものお弁当に手が込んだキャラ弁をつくったら、やっぱり子どもには「かわいかった!」「美味しかった!」「全部食べたよ!」といってもらいたくなりますよね? でも、子どもからすれば、たとえ幼くてもその期待を感じますから、「『美味しかった』っていわないといけない」「全部食べないといけない」などと思って、伸び伸びと毎日を送れなくなるものです。
しかも、子どもがお弁当を残すなどして期待を裏切られると、親は「わたしのお弁当が駄目だったのかな……」なんて無駄に落ち込んだり、不機嫌になったり、ときには理不尽に子どもを怒ったりもする。でも、そもそも親は子どもに見返りを求めてはいけないのです。
親が身につけるべき「応答するスキル」
子どもに見返りを求めるということは、先に親がなにかをして子どもが応答するというかたちですよね? でも、本来、子どもが発するたくさんの欲求に対して親が応答してやることが大切です。この「応答するスキル」こそ、親に必要とされるもっとも重要なソーシャルスキルです。赤ちゃんの泣き声に対して「なーに?」と応答することは、そのスキルを発揮するべき代表的な場面です。子どもの泣き声を聞いて、なにをしてほしいのか、その要求を親は感じ取ってあげなければなりません。
これはソーシャルスキルのなかでいちばんコアなものである、コミュニケーションスキルにも通じるものです。コミュニケーションが上手な人というと話し上手な人をイメージするかもしれません。でも、そうではなくて、「相手にきちんと注意を向けられる」人なのです。子どもを育てる親にはこの力が絶対に必要です。
犬を見た幼い子どもが「あ、ワンワン!」といったとします。親は子どもの言葉に応答して犬に注目しながら、「ほんとだ、ワンワンだね」と答えるでしょう。簡単にいえば、これがコミュニケーションです。自分や、自分が関心を向けている「コト」や「モノ」に、相手も関心を持って応じてくれることが、人はもっともうれしいことなのです。
コミュニケーションを通じて、子どもは自分が提供した話をちゃんと親が聞いてくれたことの喜びや、親とのつながりを感じます。そして、「自分はここにいていいんだ」と自分の存在価値を感じ取ることになるわけです。これは人間にとって重要なソーシャルスキルである「自尊心」「自己肯定感」を育てることに他なりません。子どものソーシャルスキルを育ててあげたければ、まずは親がきちんと応答してあげること――。それが基本中の基本となります。
『感情の正体 ――発達心理学で気持ちをマネジメントする』
渡辺弥生 著/筑摩書房(2019)
■ 法政大学文学部心理学科教授・渡辺弥生先生 インタビュー一覧
第1回:「あきらめない力」も「あきらめる力」も大切! 子どもの決断力を伸ばす家庭教育法
第2回:我が子の自己肯定感を育むなら“親の基本”の徹底を。「見返りを求める」は絶対NG!
第3回:劣等感を自尊心に! 寝る前に親子で実践、「レジリエンス」の簡単トレーニング法
第4回:「10歳の壁」ではなくて「10歳の飛躍」! 親が我が子の10歳をもっと面白がるべき理由
【プロフィール】
渡辺弥生(わたなべ・やよい)
大阪府出身。法政大学文学部心理学科教授。筑波大学卒業、同大学大学院博士課程心理学研究科で学んだあと、筑波大学文部技官、静岡大学助教授、ハーバード大学在外研究員、カリフォルニア大学客員研究員等を経て現職。同大学大学院特定課題ライフスキル教育研究所所長も務める。専門は発達心理学、発達臨床心理学、学校心理学。『まんがでわかる発達心理学』(講談社)、『小学生のためのソーシャルスキル・トレーニング スマホ時代に必要な人間関係の技術』(明治図書出版)、『イラスト版 子どもの感情力をアップする本 自己肯定感を高める気持ちマネジメント50』(合同出版)、『子どもの「10歳の壁」とは何か? 乗り越えるための発達心理学』(光文社)、『考える力、感じる力、行動する力を伸ばす 子どもの感情表現ワークブック』(明石書店)、『図で理解する発達 新しい発達心理学への招待』(福村出版)など著書多数。
【ライタープロフィール】
清家茂樹(せいけ・しげき)
1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立し、編集プロダクション・株式会社ESSを設立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。