「ソーシャルスキル」という言葉を知っているでしょうか。直訳すると「社会的な技能」となりますから、なんとなく意味も想像できるかもしれません。いま、子どもたちのソーシャルスキルが不足している、あるいは未熟なままであると危惧しているのが、法政大学文学部心理学科教授の渡辺弥生先生。きちんと社会生活を営むために欠かせないというソーシャルスキル。具体的にはどんなものなのでしょうか。
構成/岩川悟 取材・文/清家茂樹 写真/石塚雅人(インタビューカットのみ)
「バイバイ」のハンドサインもソーシャルスキル
ソーシャルスキルというと、なにか特別な技能を想像するかもしれませんね。でも、これはみなさんすべてが日常的に使っているしぐさや行動なのです。たとえば、手の振り方次第で相手に「こっちに来て」とも「バイバイ」とも伝えられますよね? このように、社会生活をうまく営むために「こういう場合はこういう振る舞いをする」というフォーム(モジュール:人間の行動のうえで、まとまった社会的機能を有する単位)のようなものです。
「うまく営む」というと、「要領良く生きていく」ためのスキルだと勘違いする人もいるでしょう。でも、そういうものではなくて、ある社会に暮らすために誰にも求められているものなのです。電車に乗るときのマナーをイメージしてもらえるとわかりやすいかもしれません。電車でのマナーは、社会生活をスムーズに営むためのものであって、要領良く生きるためのものではないですよね。
それらは、かつては親やおじいちゃん、おばあちゃん、近所の大人たちが子どもたちに教えてきたものです。でも、地域との接点が薄れ、核家族化が進んだいまはそれが難しくなってきています。極端にいえば、家庭教育を担うのは親だけという状況。その親が教えることができなければ、子どもはソーシャルスキルを学ぶことができないのです。
遊びが多くのソーシャルスキルをもたらす
また、子どもがソーシャルスキルを身につけることが難しくなってきている原因としては、子どもたちが自由に遊べる時間が激減しているということも挙げられます。いまの時代の親は本当に教育熱心です。子どものためを思って塾はもちろんさまざまなお稽古事に子どもを通わせますから、子どもが自由に友だちと遊べる時間はどんどん減っています。
でも、本来、子どもは遊びからさまざまなソーシャルスキルを学ぶのです。たとえば、近所の子どもたちと遊ぶうち、年上のお兄さんやお姉さんに優しくされれば、「思いやる力」を学べます。そうして学んだスキルを、今度は年下の子どもたちを相手に発揮することもあるでしょう。
また、山の急勾配を登るような遊びなら、何度転げ落ちても粘り強く挑戦を続けるうちに、子どもは「あきらめない力」を身につけます。逆に、遊びのなかで「あきらめる力」を身につけることもあります。たとえば、本当はもっと遊んでいたいのに、日が暮れてしまって遊ぶことを「あきらめた」という経験はみなさんにもあるでしょう? これも立派なソーシャルスキルです。
「あきらめる力」は「粘り強さ」の対極にあるものではありません。ときと場合によっては、どこかで妥協することも必要なのです。そうできなければ、次のステップに進んで頑張るということもできないでしょうからね。そういった「決断」が「あきらめる」ということなのです。
ソーシャルスキルの不足が招く悪影響
ソーシャルスキルは、いってみれば「生きるための総合力」です。それらが不足してしまうと、当然、子どもたちにはさまざまな影響が表れます。その筆頭は、「人とうまくかかわれなくなる」ということ。
人間は社会生活を営む動物ですから、「ひとりで生きていける」なんて思っている人であっても、実際にはどこかで人とかかわって生きています。それなのに、人とうまくかかわることができなければ、まわりから「迷惑な人だ」と思われるなどして、幸せな人生を歩むことが困難になります。
それから、「うまくかかわれなくなる対象」には「自分」も含まれます。「ソーシャル」というからには他者とのかかわりをイメージすると思いますが、先に挙げた「あきらめない力」や「あきらめる力」がそうであるように、ソーシャルスキルが欠乏すると、自分ともうまくかかわれなくなるのです。
「不安ありき」の家庭教育では子どもも不安になる
では、子どもにソーシャルスキルを身につけさせるために親はどうすればいいのでしょうか。わたしは、変に難しく考える必要はないと思っています。なによりも楽しく子育て、家庭教育をすることを心がけてほしいのです。
先に、ソーシャルスキルが不足すると人とうまくかかわれなくなるとお伝えしました。すると、「うちの子がそうなったらどうしよう」と思った人もいることでしょう。いまの親を見ていると、多くの人が「不安ありき」の家庭教育をしているように思えてくるのです。自分の子どもが「不登校にならないか」「いじめに巻き込まれないか」といくつも不安があって、そうならないための家庭教育になっているのではないでしょうか。
それはすごく残念なこと。子どもは無限の可能性を秘めています。だとしたら、起きてもいない問題をイメージして不安を取り除くような発想ではなく、子どものいいところをどんどん伸ばしてあげるためになにをすべきなのかという発想で、もっとポジティブに家庭教育をしてほしいですね。
親が毎日のように不安な顔をしていたら、子どもだって不安になります。でも、お父さんとお母さんが人生を楽しんで、いつもニコニコして「人生って面白いよ!」と伝えてくれたら、子どもはワクワクした気持ちで毎日を過ごせるにちがいありません。「情動感染」という言葉がありますが、気持ちは即時に影響し合うところがあるのです。
そうすれば、幼稚園でも小学校でも友だちがどんどんできて、先生ともいい関係を築けるし、自己肯定感が高まり、結果として自然に必要なソーシャルスキルを学んでいくように思うのです。
『感情の正体 ――発達心理学で気持ちをマネジメントする』
渡辺弥生 著/筑摩書房(2019)
■ 法政大学文学部心理学科教授・渡辺弥生先生 インタビュー一覧
第1回:「あきらめない力」も「あきらめる力」も大切! 子どもの決断力を伸ばす家庭教育法
第2回:我が子の自己肯定感を育むなら“親の基本”の徹底を。「見返りを求める」は絶対NG!
第3回:劣等感を自尊心に! 寝る前に親子で実践、「レジリエンス」の簡単トレーニング法
第4回:「10歳の壁」ではなくて「10歳の飛躍」! 親が我が子の10歳をもっと面白がるべき理由
【プロフィール】
渡辺弥生(わたなべ・やよい)
大阪府出身。法政大学文学部心理学科教授。筑波大学卒業、同大学大学院博士課程心理学研究科で学んだあと、筑波大学文部技官、静岡大学助教授、ハーバード大学在外研究員、カリフォルニア大学客員研究員等を経て現職。同大学大学院特定課題ライフスキル教育研究所所長も務める。専門は発達心理学、発達臨床心理学、学校心理学。『まんがでわかる発達心理学』(講談社)、『小学生のためのソーシャルスキル・トレーニング スマホ時代に必要な人間関係の技術』(明治図書出版)、『イラスト版 子どもの感情力をアップする本 自己肯定感を高める気持ちマネジメント50』(合同出版)、『子どもの「10歳の壁」とは何か? 乗り越えるための発達心理学』(光文社)、『考える力、感じる力、行動する力を伸ばす 子どもの感情表現ワークブック』(明石書店)、『図で理解する発達 新しい発達心理学への招待』(福村出版)など著書多数。
【ライタープロフィール】
清家茂樹(せいけ・しげき)
1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立し、編集プロダクション・株式会社ESSを設立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。