子どもが肉体的にも精神的にも大きく成長する思春期。親としては、その成長によろこびを感じると同時に、成長に伴って生まれる問題に悩まされる時期でもあります。思春期の子どもはどんな問題を抱えやすいのでしょうか。その典型例と親の対処法について、精神科医で、青山渋谷メディカルクリニック名誉院長の鍋田恭孝先生に教えてもらいました。
構成/岩川悟 取材・文/清家茂樹 写真/石塚雅人(インタビューカットのみ)
少子化によって増加傾向にある「不安先取り型」の親
子どもが思春期になると、それまでにはなかったさまざまな問題が起きるようになります。ただ、そういった問題が起きるかどうかは、基本的な性格ができあがる10歳頃までの子育てにかかっているとわたしは考えています(第1回インタビュー参照)。今回は、思春期に典型的に見られる問題を抱えた子どもについて、その原因や、思春期に至るまでの子育てにおける注意点をお伝えしていきます。
まず、よく見られるケースとして挙げておきたいのは、「自分の主張がない、自分で選べない子ども」です。こういう子どもの大半は、その親が「不安を先取りする」傾向にあります。簡単にいうと、自分が不安であるために、子どもに対して手をかけすぎる親がその原因なのです。
どんな親であっても、はじめての子育ては不安なものです。ところが、いまはその傾向がいっそう強まっています。というのも、少子化によって子どもが減っているからです。わたしは6人きょうだいですが、かつてはひとつの家庭にもたくさんの子どもがいました。すると、親は子ども一人ひとりの子育てにいちいち不安になって手をかけるということがなかなかできません。それがいい方向に働き、子どもの主体性や自立心を育てるということになっていたのです。
ところが、いまはそうではありません。ひとりっ子やきょうだいがいてもふたりという家庭が増えており、子どもひとりにたっぷり手をかけることができます。しかも、もともと日本人はきめ細やかな気遣いができるという気質があります。それが、子どもが少ないことと相まって悪い方向に働き、やたらと子どもを心配し、子どもが問題にぶつかる前に問題の芽を排除するような親が増えているのです。
なにかを決めるにも子どもは時間がかかってあたりまえ
子どもがなにかを選ぶというときも、そういう「不安先取り型」の親は、「こっちのほうがいいんじゃない?」「こっちにしなさい」と子どもの気持ちを無視して先回りしてしまいます。
しかも、親がすべてを用意してくれる状態というのは、子どもからすればじつは非常に居心地がいいものです。そのため、自らなにかを主張することなく、親に先回りしてもらうということを受け入れて育ってしまいます。
ただ、一般的には思春期になると自己主張も強くなるものです。つまり、自己主張をまったくしないまま育ってきた子どもも、そのまわりの友だちは自己主張が強くなる。そういうなかで自己主張をできないというのはとても苦しい状態なのです。そうして、心を病むようなことになるというわけです。
では、そんな子どもにしないためにはどうするべきでしょうか。それはとても簡単なことで、子どもに任せられることは任せればいいのです。具体的には、子どものペースに合わせることを意識してみてください。なにかを決めるにも、子どもは時間がかかってあたりまえ。外食をするときなら、子どもはいろいろなメニューに目移りするでしょう。それでも、「あなた、ラーメンが好きでしょ?」「ラーメンにしなさい」なんて親が決めつけず、じっくり待ってあげる。
とくにせっかちなタイプの親の目には、なかなか決められない子どもというのは「駄目な子」に映るものです。ですが、趣味嗜好というのは徐々に育っていくものなのですから、「いま、我が子はまさに成長しているんだ」と前向きにとらえて、子どものペースに合わせてほしいと思います。
子育ての不安はひとりで抱え込まない
それから、思春期に見られる問題を抱えている子どもとしては「不安や緊張が強い子ども」も挙げられます。そして、そういう子どもになってしまうことの原因もまた不安先取り型の親にあることが多いのです。
なにをするにもそばで親が不安そうに「大丈夫?」と聞いてくる状況を想像してみてください。「不安の共鳴現象」という言葉があるくらいですから、親が不安になっていれば、最初はなにも感じていなかった子どもも不安になってしまいます。しかも、親は子どもにとってもっとも身近な存在です。親の不安を伝えられるということがずっと続くのですから、子どもも不安が強くなって当然ですよね。
であるなら、自分が過剰に不安に駆られていないかということをきちんとチェックしておく必要があるでしょう。子育てに関してなにか不安なことがあるのなら、夫婦が互いに相談するのです。あるいは、公的機関を使ってもいい。いまは子育て支援センターなど、子育てに関する相談に乗ってくれる施設が充実しています。そこで専門家に対して自分の不安を話すだけでもまったくちがってくるはずです。
あるいは、そういう施設で我が子と同年代の子どもやその親と接して話すことで、「なんだ、なにも心配する必要なんてなかった」と思うこともあるでしょう。いずれにせよ、不安をひとりで抱え込まないことを心がけてみてください。
『10歳までの子を持つ親が知っておきたいこと』
鍋田恭孝 著/講談社(2015)
■ 青山渋谷メディカルクリニック名誉院長・鍋田恭孝先生インタビュー一覧
第1回:思春期の問題は学童期からはじまっている? 10歳までの親子関係が大事な理由
第2回:「不安先取り型」の親が生む、思春期の子どもの問題
第3回:学校で褒められる「いい子」に要注意! いい子に見えるのは“心の問題”のサインかも
第4回:子どもを見えなくさせる「期待と不安」というフィルター。親子は一心同体?
【プロフィール】
鍋田恭孝(なべた・やすたか)
愛知県出身。医学者、精神科医。青山渋谷メディカルクリニック名誉院長。慶應義塾大学医学部卒業後、同精神神経科助手、講師を務めたあと、宇都宮大学保健管理センター助教授、防衛大学精神科講師、大正大学人間学部教授などを経て、2012年度まで立教大学現代心理学部教授。各大学病院では、思春期専門外来、うつ病専門外来、精神療法専門外来を担当し、研究・臨床にあたる。とくに、うつ病・対人恐怖症・引きこもり・身体醜形障害の治療に携わる。現在、不登校・対人恐怖症・引きこもりなどの若者のために成長促進的な治療を推進する青山心理グローイングスペースを運営し、名誉院長を務める青山渋谷メディカルクリニックにてうつ病・神経症などの臨床に従事している。著書に『摂食障害の最新治療 どのように理解しどのように治療すべきか』(金剛出版)、『身体醜形障害 なぜ美醜にとらわれてしまうのか』(講談社)、『思春期臨床の考え方・すすめ方 新たなる視点・新たなるアプローチ』(金剛出版)、『変わりゆく思春期の心理と病理 物語れない・生き方がわからない若者たち』(日本評論社)、『対人恐怖・醜形恐怖 「他者を恐れ・自らを嫌悪する病い」の心理と病理』(金剛出版)などがある。
【ライタープロフィール】
清家茂樹(せいけ・しげき)
1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立し、編集プロダクション・株式会社ESSを設立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。