子どもときちんと向き合い、子どもをしっかり見る――。子育てにおいてとても重要なことだといわれます。ところが、自覚がないままに「子どもが見えなくなっている親もいる」と語るのは、精神科医で青山渋谷メディカルクリニック名誉院長の鍋田恭孝先生。子どもが見えなくなる要因とはどんなことで、どうすればきちんと子どもを見ることができるようになるのでしょうか。
構成/岩川悟 取材・文/清家茂樹 写真/石塚雅人(インタビューカットのみ)
子どもを見えなくさせる「期待と不安」というフィルター
「子どもをきちんと見られなくなる」要因としては、まずは親が持っている「期待と不安」が挙げられます。親が過剰に不安になっている場合、その不安というフィルターを通して子どもを見てしまっているのです。
たとえば、幼い子どもが拙い指遣いで靴ひもを結ぼうと頑張っているとしましょう。不安な親は、「うまくできるかどうか子どもも不安になっている」「困っているんだ」と勝手に思い込みます。すると、「大丈夫? できる? 手伝おうか?」というふうに、すぐに手を出してしまう。でも、本当は、子どもは楽しんでいるかもしれません。一生懸命考えて試行錯誤しながらはじめての挑戦をするということは、子どもにとって本当にワクワクして楽しいことなのですから。
また、子どもに対する親の強すぎる期待は、期待していないことについては許さない、認めないという態度に表れます。こうして、不安の場合と同様に、期待というフィルターを通してゆがんだかたちで子どもを見て、「親が見たいことだけを見る」ことになるのです。子どもの本当の姿を見るためには、親の勝手な期待や不安は抑える必要があります。
親が自分と子どもを「同一視」することの危険性
また、「子どもをきちんと見られなくなる」ことの最大の要因は、「同一視」にあります。これは、「投影」とも呼ばれますが、「子どもも自分と同じように考えているはずだ」という思い込みによって、親が子どもをひとりの人間として認めることができなくなるということです。
この同一視は同性の子どもに対して起こることが多く、とくに母親に顕著です。異性の子どもに対しては、そもそも性別がちがうのですから、子どもの考えることにわからないことがあって当然だととらえられます。でも、同性の子どもに対しては、「自分と同じように考えるはず」「自分と同じように感じるはず」という意識が働いてしまうのです。
では、なぜ父親にはこの同一視が起きにくいのかというと、子どもと接する時間の絶対量のちがいがその要因です。いまは共働き家庭も増えて父親も母親も同様に忙しいとはいえ、やはり父親の生活は仕事が中心で、家庭における子育てを担うのは母親が中心という家庭がほとんどでしょう。そのため、父親が息子に対して、まして娘に対して同一視するというケースは少ないのです。
また、女性の場合、そもそも同一視しやすいタイプの人が多いということもあります。たとえば、近所で井戸端会議をする女性のなかにも「ねえ、あなたもそう思うでしょ?」というふうに、他人にやたらと自分の意見に賛同するよう求めるような人はいませんか? そういう人に対して、「わたしはそう思わない」といったなら、きっと「あなたって変な人ね」と返答してくるでしょう。こういうタイプの女性は、もともとの気質として同一視しやすい傾向にあるのです。
「わたしは娘と一心同体」「娘のことはなんでもわかる」なんて思い込んでいる母親はとくに注意が必要です。子どもは自分とは別の独立した存在であり、子どもには子どもの世界があると認識しなければなりません。
1日に3時間、子どもと接する時間があれば十分
もし、みなさんのなかに「わたしってそういうタイプかも……」と思った人がいるなら、「一歩引いて子どもを見る」ことを意識してみてください。自分の期待や不安、思い込みはいったん置いて、フラットな目で子どもを見るようにするだけでも、ずいぶんちがってくるはずです。
そして、きちんと子どもと対話をするのです。「子どもは親が教え導いてやるべき存在だ」というふうに思っている人もいるかもしれませんが、それこそ思い込みです。子どもは子どもなりに考えられるのですから、なにをするにも決めるにもまずは子どもの考えを問うべきでしょう。そこで「わからない」という答えが返ってきたら、「じゃ、相談しようか」と、子どもの意志を尊重しながら対話をしてあげてほしいのです。
そのようにきちんと対話をするためにも、子どもといる時間を大切にしてほしい。共働き家庭が増えているいま、子どもと接する時間が十分に持てていないのではないかと不安になり、子どもに対して「申し訳ない」という気持ちを持っている親が増えています。でも、たとえひとり親の家庭であっても、子どもとしっかり接する時間を1日に3時間も持てれば、母親が専業主婦だという家庭と比較してもなんら変わらず子どもはしっかり育っていくという研究報告もあります。
3時間なら、忙しい人でもどうにかつくれそうですよね? 「申し訳ない」なんて気持ちを持って子どもに接すれば、子どもだって楽しい気持ちにはなれません。そうではなく、限られた3時間を「大切な宝物」だと考えて、楽しい時間にしてあげてください。
『10歳までの子を持つ親が知っておきたいこと』
鍋田恭孝 著/講談社(2015)
■ 青山渋谷メディカルクリニック名誉院長・鍋田恭孝先生インタビュー一覧
第1回:思春期の問題は学童期からはじまっている? 10歳までの親子関係が大事な理由
第2回:「不安先取り型」の親が生む、思春期の子どもの問題
第3回:学校で褒められる「いい子」に要注意! いい子に見えるのは“心の問題”のサインかも
第4回:子どもを見えなくさせる「期待と不安」というフィルター。親子は一心同体?
【プロフィール】
鍋田恭孝(なべた・やすたか)
愛知県出身。医学者、精神科医。青山渋谷メディカルクリニック名誉院長。慶應義塾大学医学部卒業後、同精神神経科助手、講師を務めたあと、宇都宮大学保健管理センター助教授、防衛大学精神科講師、大正大学人間学部教授などを経て、2012年度まで立教大学現代心理学部教授。各大学病院では、思春期専門外来、うつ病専門外来、精神療法専門外来を担当し、研究・臨床にあたる。とくに、うつ病・対人恐怖症・引きこもり・身体醜形障害の治療に携わる。現在、不登校・対人恐怖症・引きこもりなどの若者のために成長促進的な治療を推進する青山心理グローイングスペースを運営し、名誉院長を務める青山渋谷メディカルクリニックにてうつ病・神経症などの臨床に従事している。著書に『摂食障害の最新治療 どのように理解しどのように治療すべきか』(金剛出版)、『身体醜形障害 なぜ美醜にとらわれてしまうのか』(講談社)、『思春期臨床の考え方・すすめ方 新たなる視点・新たなるアプローチ』(金剛出版)、『変わりゆく思春期の心理と病理 物語れない・生き方がわからない若者たち』(日本評論社)、『対人恐怖・醜形恐怖 「他者を恐れ・自らを嫌悪する病い」の心理と病理』(金剛出版)などがある。
【ライタープロフィール】
清家茂樹(せいけ・しげき)
1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立し、編集プロダクション・株式会社ESSを設立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。