我が子には幸せな人生を歩んでほしい――親の誰もがそう思っています。では、我が子が幸せな人生を歩むために、親にはなにができるのでしょうか。発達心理学を専門とする京都大学大学院准教授の森口佑介先生は、「『目標を達成する力』を伸ばしてあげること」だといいます。それには、なにより「子どもの自主性」を大切にすることが重要なのだそう。
構成/岩川悟 取材・文/清家茂樹 写真/石塚雅人(インタビューカット)
非認知能力のなかでも重要な「目標を達成する力」
「非認知能力」という言葉もかなり一般的になりましたから、それがどういうものか、多くのみなさんがご存じでしょう。非認知能力とは、文字どおり、「認知能力ではない能力」のこと。この場合の認知能力とは、いわゆるIQで表せるような知能を指します。一方、非認知能力は認知能力以外の能力ですから、ものすごく範囲が広い。よくいわれるように、忍耐力や創造性、へこたれない力など、それこそ枚挙にいとまがありません。これらの能力が、よりよい人生を歩んでいくためには大切なものだ――というわけで、非認知能力の注目度が増しているのです。
そして、よりよい人生を歩んでいくためという観点から見ると、世界的には「他者とうまくつき合う力」「感情をコントロールする力」「目標を達成する力」の3つの力が大切だとされています。なかでもわたしが本当に重要なものとして考えているのが、「目標を達成する力」です。
その理由としては、なによりその重要性を裏づける研究が世界中にたくさんあるということ。ちょっとあいまいな表現になるかもしれませんが、「目標を達成する力」を調べるテストのようなものがあり、その成績がいい子どもほど学力が高いだとか、クラスのなかでうまくやっていける、将来的に社会的地位の高い職業に就きやすいといった研究結果が数多く存在するのです。つまり、「目標を達成する力」は、それだけ確実に人生においてプラスに働く力だといえるエビデンスがあるということです。
目標達成に必要な「切り替える力」と「自己抑制する力」
では、その「目標を達成する力」とは具体的にどんなものかというと、大きくふたつにわけられます。ひとつは、「切り替える力」。たとえば、幼稚園で遊んでいる子どもに「お弁当の時間ですよ!」と声をかけたときに、すぐに遊びをやめて切り替えられる力のことです。幼い子どもは、遊びが楽しくてなかなか頭や行動を切り替えることができませんよね? その場合は、まだ「切り替える力」が未発達だということです。
もちろん、切り替えが必要なのは、していることをやめるといった場面だけではありません。なにか達成したい目標があったとき、つねにスムーズに目標達成に向かって進めるわけではないですよね。目標の達成には失敗がつきものです。精神的にまいってしまうような嫌な目に遭うこともあるでしょう。そのときに気持ちを切り替えて前に進んでいけるか――。それこそ、目標を達成するためには大切な力です。
また、もうひとつの「目標を達成する力」が、「自己抑制の力」です。有名な「マシュマロ・テスト」を知っていますか? 子どもの「自己抑制の力」を調べるために、1960年代後半から欧米を中心に盛んに行われた有名なテストです。その内容は、マシュマロやクッキーなどのお菓子を用意し、テスト対象の子どもたちに「いますぐに食べてもいいけど、15分食べずに待てたら2倍のお菓子をあげるよ」と伝え、子どもが我慢できるかどうかを見るというものでした。
未来を見越して、きちんと自己抑制できるか否か――。この力が目標を達成するためには大切です。このことは、大人のみなさんでしたら、たとえばダイエットをしている場面を思い浮かべれば分かりやすいでしょう。ダイエットを成功させるには、運動することはもちろんですが、食事制限も大切になる。大好きなビールやラーメン、ケーキを我慢できるのかどうかが、ダイエットという目標を達成できるかどうかをわけるのです。
そんな力を測っていたのがマシュマロ・テストであったわけですが、実はこれには注意が必要です。マシュマロ・テストが子どもの将来に重要だという話が少し前に広まったものの、現在ではこの可能性は低いと考えられているのです。というのも、これが「目標を達成する力」を測るテストのひとつであることは間違いないとはいえ、マシュマロ・テストだけではその力を測り切れないためです。
それでも、この「自己抑制する力」が「目標を達成する力」につながることは確か。ぜひ子どもには身に付けさせたいものです。
非認知能力を伸ばすには「子どもの自主性」を伸ばす
さて、我が子の幸せを願うみなさんなら、もちろん子どもにはしっかりと自分の目標を達成して充実した人生を送ってほしいと思っているでしょう。そのためには、心理学では「実行機能」とも呼ばれるふたつの「目標を達成する力」をしっかりと高めてあげる必要があります。
では、どうすれば子どもの実行機能を高められるのでしょうか? 鍵を握るのは、親であるみなさんです。というのも、実行機能を含む非認知能力全般にいえることですが、子どもの非認知能力が伸びるかどうかは、遺伝のほか、教育や家庭環境の影響が非常に大きいからです。
ただ、非認知能力を伸ばすためには、「これをすればいい」ということははっきりとはいえません。でも、さまざまな研究によって、「これをしてはいけない」ということは明確にわかっています。
まず、あたりまえのことですが、虐待や体罰は絶対にしてはいけないこと。というのも、非認知能力の成長をもっとも強く阻害するのが、ストレスだからです。子どもが非認知能力を伸ばしていくには、安心して過ごせる家庭環境、深い親子関係が欠かせません。もちろん、しつけの範囲で叱らなければならないときもあるでしょう。でも、体罰はもちろん、虐待といわれかねない、子どもの心を壊してしまうような言動は絶対にNGです。
そう考えると、しっかりした親子関係を築くことが第一となるでしょう。世界的に見ると、日本の親子関係はちょっと特殊な面があります。欧米の家庭の場合、厳しいしつけと温かさが両立しているケースが多いのですが、日本の家庭の場合は、体罰を肯定するような親もいまだに多いかと思えば、逆に甘やかし過ぎている親も目立ちます。なぜか両極端なのです。
体罰をするなど厳し過ぎるかかわり方がよくないのは、すでにお伝えしたとおりです。一方、子どもを甘やかし過ぎている親の問題は、「手出し口出し」をしてしまうこと。じつは、実行機能を含む非認知能力を伸ばすキモとなるのが、「子どもの自主性」なのです。それなのに、子どもがどうしたいかを確認することなく、「こうしたほうがいいんじゃない?」などと、自分の考えを押しつけている親が多いように思います。子どもがやることを一歩後ろから見届ける――そんな姿勢で子育てに臨んでください。
『自分をコントロールする力 非認知スキルの心理学』
森口佑介 著/講談社(2019)
『非認知能力を育むリーフレット』
(大阪府教育委員会)森口佑介先生作成協力
■ 京都大学大学院准教授・森口佑介先生 インタビュー記事一覧
第1回:エビデンス多数あり。「目標を達成する力」のある子どもは幸せになる!
第2回:困難に立ち向かえる自信のある子の育て方。何より大切なのは親子間の「アタッチメント」
第3回:“真の我慢”によって「子どもの自主性」を伸ばす。これぞ子育ての最終目標!
【プロフィール】
森口佑介(もりぐち・ゆうすけ)
1979年生まれ、福岡県出身。京都大学大学院文学研究科准教授。科学技術振興機構さきがけ研究員を兼任する。京都大学文学部卒業、京都大学大学院文学研究科修了。博士(文学)。専門は発達心理学、発達認知神経科学。人文学に着想を得た問題を科学的に検討している。主な著書に『自己制御の発達と支援』(金子書房)、『おさなごころを科学する 進化する幼児観』(新曜社)、『わたしを律するわたし 子どもの抑制機能の発達』(京都大学学術出版会)がある。
【ライタープロフィール】
清家茂樹(せいけ・しげき)
1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立し、編集プロダクション・株式会社ESSを設立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。