「教育虐待」という言葉を聞くことが増えました。「虐待」とありますが、子どもを叩いたり、蹴ったりするわけではありません。教育的な虐待です。
今回は、「教育虐待とは?」「教育虐待に陥りやすい親」などについて考えていきましょう。「もしかして私、教育虐待をしているかも?」と、不安に感じている人に向けた “教育虐待チェックシート” もありますよ。
教育虐待とは
教育虐待とは、教育を理由に子どもに無理難題を押しつける心理的虐待のこと。教育虐待は、子どもに度を超えた勉強をさせる行為だけではありません。子どもが望んでいないのにもかかわらず、親が習い事を強要することなども教育虐待にあたります。
教育虐待という言葉は、もともと、社会福祉法人カリヨン子どもセンター(さまざまな事情から家に帰ることができない少年少女を受け入れるシェルター)のスタッフ間で使われていた言葉で、「あの親は、教育という名のもとに虐待しているよね」といった文脈で使用されていました。「教育熱心な親の常識の範疇を超えた行為」が虐待にあたるということです。
また、校則を全廃し、さまざまなメディアで話題となった、東京都世田谷区立桜丘中学校の前校長・西郷孝彦氏は、トークイベント「桜丘中学校ミライへのバトン~選びたくなる、公立学校とは?~」で、教育虐待について以下のように語っています。
「教育虐待というのは、“見えない虐待” です。日本においては“教育熱心”という言葉で虐待の実態が見えなくなっているのです」
(引用元:西郷孝彦・尾木直樹・吉原毅(2019),『「過干渉」をやめたら子どもは伸びる』, 小学館.)
西郷氏は、明らかに行きすぎた教育であるのにもかかわらず、周囲からは「あの家庭は教育熱心だ」と称賛されるような日本の社会にも問題があると主張しています。
教育虐待をする親が増え続けている
『ルポ教育虐待 毒親と追いつめられる子どもたち』の著者である、教育ジャーナリストのおおたとしまさ氏は、「程度の違いこそあっても、以前より多くの親が教育虐待をしている」と話しています。
“昔の教育熱心な親” には、「東大をはじめとした高偏差値の難関大学に入学させる」という明確なゴールがありました。しかし、いまは先が見えないと言われる時代。英語やプログラミング、コミュニケーション能力など、子どもに必要とされるスキルが多すぎて、「何が正しい教育なのか?」親自身もわからなくなってきているのです。そして、自らの不安を解消するために、子どもにあれこれとやらせてしまう――。
では、どのような親の行動が教育虐待にあたるのでしょうか。教育虐待の例をいくつか挙げてみます。
- 子どもをスケジュール漬けにしている
- 子どもの勉強スケジュールを細かく管理する
- 友だちと遊ぶことを許さない
- 夜遅い時間まで勉強(習い事の練習)をさせる
- 志望校や職業など、子どもの将来を勝手に決める
- 成績が悪いなどの理由から子どもに暴力を振るう
- 机や壁を叩く、怒鳴るなどの行為で子どもを威嚇する
- 子どもの自尊心を傷つけるようなことを言う
最後に挙げた、「子どもの自尊心を傷つけるようなことを言う」について、もう少し掘り下げてみましょう。教育虐待にあたるのは、以下のような言葉です。
「なぜ15点も間違えたんだ!」
「努力が足りないから100点をとれないんじゃないか?」
「なぜこんな簡単な問題が解けないの!」
「〇〇中学に合格しなければ、うちの子ではありません」
「最低でも〇〇大学に行きなさい」
「一番になれ!」
「親の言うことが聞けないならば出ていけ!」
文字にするだけでも胸が痛くなる言葉です。ですが、親は子どもが憎くて言っているわけではありません。最初は、「この子のために」「将来幸せになるために」という思いだったはずです。しかし、その「この子のために」という気持ちがエスカレートすることで、「あなたのために言っているのに……なぜ親の言うことが聞けないの!」という教育虐待になってしまうのです。
教育虐待をされて育った子どもは……
では、教育虐待を受けて育った子どもたちは、どのように成長していくのでしょう。
前出の西郷氏は、「父親が勉強に口うるさいケースは、子どもの自己肯定感も成績も低下する傾向がある」と言っています。一緒に過ごす時間が多い母親ではなく、日常的な関わりが薄い父親からの教育虐待は、子どもの自尊心をガクッと低下させるのだそう。教育虐待は、子どもたちの心の成長に大きく関わっているのです。
おおたとしまさ氏は、教育虐待を受けた子どもの傾向について以下を挙げています。
- 自分自身で「やりたいこと」を見つけられない
- 大人になって引きこもりになってしまった
- 万引きなどの非行に走ってしまった
- 過食や拒食などの摂食障害になってしまった
- ぽっきりと心が折れて立ち上がれなくなった
- 自分の子どもにも教育虐待をしてしまった
「我が子の将来のために最高の教育を!」と頑張ってきたのに、頑張っているうちに子どもの顔が見えなくなり、結果的に教育虐待によって子どもを壊してしまう――とても残念なことです。
教育虐待に陥りやすい親の「7つの特徴」
どうやら、教育虐待をしてしまう親にはいくつかの特徴があるようです。『教育虐待・教育ネグレクト 日本の教育システムと親が抱える問題』の著者である、青山学院大学教育人間科学部教授・古荘純一氏は、教育虐待に走りやすい親の特徴を7つ挙げています。
特徴1:両親ともに高学歴で、社会的地位が高い
「成績がよくて当然、できなければ問題児」という考えが強い。また、「もし我が子がいい大学に入れなかったら……」という不安があるため、子どもに高成績を望み続ける。
特徴2:自分の学歴に劣等感をもっている
親自身が「学歴のせいで苦労してきた」ので、子どもには同じような苦労をさせたくないと強く思っている。子どもに過度な期待をしがち。自身の満たされない思いを子どもに投影している。
特徴3:キャリアを捨てて育児に専念している
やりがいのある仕事についていたが、さまざまな理由から仕事を辞めなければいけなくなってしまった親。いままで仕事にかけていたエネルギーが、子どもの教育に向かうことが多い。
特徴4:子どもの成績などの責任をすべて押しつけられている
「子どもの成績が悪いのは、いつも世話をしている母親が原因だ」などのプレッシャーがある家。親族や父親からの重圧が大きいので、仕方なく、我が子に教育虐待をしてしまう。
特徴5:母親は教育熱心だが、父親は教育に無関心
父親は教育について無関心だけど、その一方で母親は異常に教育熱心。しかし「なぜ勉強しなければいけないのか」という哲学がないことが多いため、視野が狭く、情報に踊らされてしまう。
特徴6:パートナーの教育虐待行為に反論できない
パートナーの教育が「明らかに教育虐待」だとわかっていても、直接反論することができない親。パートナーの考え方に洗脳されてしまっている場合もある。
特徴7:親自身が「きょうだい間の成績の差」に劣等感をもっている
「お兄ちゃんは算数が得意なのに」などと、きょうだいと比較されて育った親。劣等感をもったまま育っているので、つい子どもの教育に厳しくなってしまう。
我が子を教育虐待してしまうのは、親自身のコンプレックスが原因です。たとえば、教育虐待をする「東大に落ちて早慶に進学した親」は、はたから見たら高学歴ですが、当人は「東大に落ちた」というコンプレックスをもち続けています。だから、子どもがどんなに頑張って勉強をしていたとしても、「お父さん(お母さん)は、もっと頑張っていた。だから、お前もいま以上に頑張れ!」などと子どもに発破をかけるのです。
頑張っているのに「もっと頑張れ」と言われる――子どもにとって、教育虐待は終わりのない虐待と言えるでしょう。
教育虐待をチェックする「4つの問い」
「もしかしたら、私も教育虐待しているかも?」そう感じた方は、以下のチェック項目にYES・NOで答えてみてください。じっくり考えてから答えを出してくださいね。
□子どもの人生は子どもが選択するものだと認められていますか? (YES・NO)
□子どもの人生を自分の人生と重ね合わせていないですか? (YES・NO)
□子どものこと以外の自分の人生を持っていますか? (YES・NO)
おおたとしまさ氏は、上記の質問の答えについて以下のように分析しています。
- 迷いながらも「自分は大丈夫だ」と思えた人→問題なし
- NOに当てはまることがあるかも……と感じた人→これから改善していけばOK
- 一切の迷いなく「YES!」と答えた人→教育虐待をしているかも
いっさいの迷いなく「YES!」と答えた人は、「自分の教育は絶対に正しいんだ!」と思い込んでいます。それゆえ、子どもの気持ちに目を向けることができなくなってしまうのです。
おおたとしまさ氏は、「教育虐待をしている親の多くは無自覚」だと言っています。教育虐待をしていることに親自身が気づいていないというのが、教育虐待のやっかいなところなのです。
教育虐待をしないために気をつけること
では、教育虐待をしないために、親はどうすればよいのでしょうか?
教育虐待という言葉を世間一般に広めたとされる、元武蔵大学人文学部教授の武田信子氏によると、教育熱心な親は「子どもの幸せ」を望んでいるのに対し、教育虐待をする親は「親としての成功」を望んでいるのだそう。
子どもは親の所有物ではありません。子どもの人権は尊重しなければならないのです。「子どものため」と言いながら、実際は「親としての成功のため」になっていないかどうか、日々、自分自身の言動を確認しましょう。
専門家の意見を参考に「教育虐待をしないために親が気をつけること」をまとめました。
- 親は子育て以外の趣味や仕事をもつ
- 子どもをまわりと比較しない
- 子どもをひとりの人間として扱う
- 子どもの意志を尊重する
- 子どもの成果と親の評価は別である
- 結果ではなく「過程」をほめる
- 子どもにぼーっとする時間を与える
おおたとしまさ氏は、正しい家庭教育なんてものはないのだから、親はもっと迷うべきだと言っています。
答えが出なくても、迷い続けていいのです。教育について、ああでもないこうでもないと迷う親を見て、子どもはこう思うはずです。「お母さん、お父さんは私のことを考えてくれている、こんなに愛してくれている」と。
そして、迷いながらも、「この教育に、我が子は強い興味を示して目を輝かせているか」というアンテナを立て続けてください。子どもをしっかり見ていれば、教育虐待にはならないはずですよ。
教育虐待について書かれた本
最後に、教育虐待について書かれた書籍を紹介します。このなかの1冊だけでも読んでみてください。「親としての成功」ではなく、「子どもの幸せ」を願える親になれるでしょう。
◆『ルポ教育虐待』
教育虐待の事例を紹介しながら、親子の問題点に切り込んでいます。「毛根を食べるようになった息子」や「社会人になってから、うつ病を発症」など衝撃的な事例も。親自身の言動を見直すきっかけになるかもしれません。
◆『受験で子どもを伸ばす親、つぶす親』
著者は、精神科医でもあり、受験アドバイザーでもある和田秀樹氏。子どもの成績が悪いとき、学校や塾の勉強についていけないとき、親はどうするべき? 目から鱗のアドバイスばかりが詰まっています。
◆『教育虐待・教育ネグレクト』
豊富な事例とともに、教育虐待を受けた子どもの心理が丁寧に説明されています。「発達障害だと決めつける親」「野球練習ばかりさせる親」など、勉強以外の教育虐待についても書かれています。
***
教育虐待は子どもの心に深い傷を負わせてしまいます。子どもの人生は子ども自身が決める! もし子どもが「決めた道」で失敗したとしても、自分で立ち上がり、また目標を見つけて頑張ることができるように、親は見守り続けることが大切です。
親も子どもと一緒に “迷いながら” 成長していきましょう! そうすれば、教育虐待など絶対にしないはずですよ。
(参考)
おおたとしまさ(2019),『ルポ教育虐待 毒親と追いつめられる子どもたち』, ディスカヴァー・トゥエンティワン.
西郷孝彦・尾木直樹・吉原毅(2019),『「過干渉」をやめたら子どもは伸びる』, 小学館.
古荘純一・磯崎 祐介(2015),『教育虐待・教育ネグレクト 日本の教育システムと親が抱える問題』, 光文社.
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