からだを動かす/教育を考える 2019.11.26

「早く立ってほしい」と願ってはいけない! 「四つんばい」「高ばい」が子どもの運動能力を高める

「早く立ってほしい」と願ってはいけない! 「四つんばい」「高ばい」が子どもの運動能力を高める

「スポーツが得意になってほしい」と、子どもを野球やサッカーなどのスポーツチームに所属させている人も多いでしょう。ところが、ある特定の種目に必要とされる体の動きは限られたものです。それ以前の「基本的な動き」こそ、子どもの運動能力を上げるためには重要だと語るのは、東京学芸大学教育学部准教授である高橋宏文先生。なかでも、ある「5つの動き」、それから「四つんばい」「高ばい」が大切なのだそうです。

構成/岩川悟 取材・文/清家茂樹 写真/石塚雅人(インタビューカットのみ)

日常の「基本的な動き」の積み重ねが運動能力を高める

もし、スポーツが得意な子どもに育てたいと思うのなら、わたしが「基本的な動き」と呼んでいる運動を大切にすることを意識してください。この基本的な動きとは、たとえば寝ている姿勢から起き上がる、立っている姿勢から座る、寝転ぶなど、日常生活のなかでわたしたちが無意識に行なっている運動のことです。

そして、スポーツをするときにも、こうした基本的な動きがベースになります。プロ野球選手やサッカー選手が披露する華麗なプレーも、すべては基本的な動きが高度になり、それらを組み合わせているに過ぎません。

この基本的な動きは、小さい頃からの遊びや日常生活のなかで育ちます。どんどん遊んでたくさん体を動かす子どもほど、さまざまな動きが徐々に身につき、最終的に体育やスポーツが得意になっていくのです。

「運動」というと、どうしてもスポーツでするものという印象がありますよね? でも、遊びや日常生活のなかでも、できる運動はたくさんあるもの。エレベーターを使わずに階段を上り下りすることも立派な運動です。そうした小さな運動の積み重ねが、運動能力に大きなちがいを生んでいくのです。

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「基本的な動き」のなかでも、より重要な5つの動き

その「基本的な動き」のなかでも、より重要なものが、「走る」「跳ぶ」「投げる」「回る」「ぶら下がる(握る)」という5つの動きです。「走る」ことがスポーツで重要だということは、すぐにイメージできるでしょう。短距離走などではなくても、数多くの種目に、走るという動作は必要とされます。また、ただ直線的に走るのではなく、後ろ向きに走ったり、横に走ったり、カーブを描くように走ることも種目次第で求められます。

次が「跳ぶ」という動き。幅跳びや高跳びだけではなく、バレーボールやバスケットボールなどでも跳躍力が重視されます。いま、注目度が高まっているバドミントンでも、ジャンプしてスマッシュするといった技術には跳躍の要素が入ってきます。

「投げる」なら、野球がすぐイメージできると思いますが、ほかの球技にもそれぞれちがった投げ方での投げる動作が必要です。また、「回る」と聞くと、どういうものをイメージするでしょうか。フィギュアスケートのような回転もあれば、前転や後転などのマット運動、さらには野球の投手が行なう牽制のように、立っている状態から振り返ることも回るに含まれます。

最後が「ぶら下がる」。ぶら下がる行為がある種目というと、鉄棒など体操の種目があります。それから、東京五輪で採用されたスポーツクライミングもそのひとつ。種目はあまり多くないように思えますが、これを「握る」にすると、多くの種目に含まれる動作になります。

じつは、このぶら下がる、握るという動作を小さいときからやっていると運動能力が上がるという話もあります。いま、病気で療養中の水泳の池江璃花子選手の家には、天井にうんていが設置されていて、小さい頃から日常的にぶら下がって遊んでいたのだそうです。もちろん、その他の要素も大いに影響を与えているのでしょうけれど、結果的に池江選手は世界的なスイマーになったわけですから、ぶら下がる動作の重要性を実証しているともいえるのではないでしょうか。

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ないがしろにされがちな「高ばい」が持つ重要性

先に挙げた5つの動きには入れていませんが、小さい子どもの運動には、「四つんばい」「高ばい」を大切にすることも考えてみてください。高ばいは、膝をつかずに手足で体を支える姿勢です。この四つんばい・高ばいが、のちの運動能力を高めるためにすごく重要だという研究もあるのです。

人間は、何十万年、何百万年という進化の過程で、四つんばい・高ばいの状態を経て立ち上がることができました。その過程を、人間は赤ん坊の頃の約1年で経験するわけです。この誰の生育過程にも含まれる四つんばい・高ばいには、間違いなく大きな意味があります。

ところが、実際の子育ての現場ではどうでしょうか。親には、まわりの子どもよりも少しでも早く成長してほしいという願いがあるのでしょう。「早く立ってほしい」「歩いてほしい」という思いが先立って、四つんばいや高ばいの過程を短く短くしようという傾向があるように思います。そのため、本来、その子どもが持っているはずの運動能力を育てる期間にもなる四つんばいや高ばいの過程が短くなり、運動能力が十分に育たないということになってしまうのです。

もし、子どもがその時期を過ぎているというみなさんも心配はいりません。大人になってからでも高ばいが運動能力を高めることは、わたしが学生たちを相手に実証しています。

わたしの専門はバレーボールです。学生たちに、高ばいの姿勢で前向きだけではなく後ろ向きに移動する、より速く移動するなどいろいろな動作をさせてみると、バレーボールが上手な運動能力が高い学生はスムーズにできます。でも、運動能力が低くてバレーボールも上手ではない学生は、なかなかうまくできません。ところが、高ばいのトレーニングを一定期間続けたあとでバレーボールが苦手な学生にバレーボールをさせてみると、明らかにうまくなっているのです。それだけ、体の操作がうまくできるようになったということです。

さて、先に述べた5つの動きや高ばいが含まれていて子ども向きのものというと、いわゆるアスレチックがいいかもしれませんね。日常的にこれらの動きができることに越したことはありませんが、休みの日に子どもをアスレチックに連れて行くことを考えてみてもいいでしょう。

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子どもの身体能力が育つ魔法のレッスン帖
高橋宏文 著/メディア・パル(2018)
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■ 東京学芸大学教育学部准教授・高橋宏文先生インタビュー一覧
第1回:脳が活性化し、チャレンジ精神旺盛になり、自制心が育つ!? 運動がもたらすスゴイ効果
第2回:「早く立ってほしい」と願ってはいけない! 「四つんばい」「高ばい」が子どもの運動能力を高める
第3回:「運動センス」の正体とは? コーディネーション・トレーニングが磨く“内観力”
第4回:自らの体を自在に動かす“7つの能力”と「運動センス」を高める意外な方法

【プロフィール】
高橋宏文(たかはし・ひろぶみ)
1970年5月9日生まれ、神奈川県出身。東京学芸大学教育学部健康・スポーツ科学講座准教授。1994年、順天堂大学大学院修士課程(体育学)修了。大学院時代は同大学女子バレーボール部コーチを務め、コーチとしての基礎を学ぶ。修士課程修了後、同大学助手として2年間勤務。同時に男子バレーボール部コーチに就任し、以後3年半にわたり大学トップリーグでのコーチを務める。1998年10月より東京学芸大学に講師として勤務し、同大学男子バレーボール部の監督に就任。各種研究により効果が実証された指導理論を用い、広く見聞することと併せて独自の指導体系をつくり上げている。著書に『基礎からのバレーボール』)(ナツメ社)がある。

【ライタープロフィール】
清家茂樹(せいけ・しげき)
1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立し、編集プロダクション・株式会社ESSを設立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。