都市化が進むいま、以前より子どもたちの運動能力が低下しているといわれています。親として贅沢をいえるとしたら、子どもには勉強だけではなくて、できれば運動もできるようになってほしいものでしょう。そのために親が意識すべきことを、東京学芸大学教育学部准教授である高橋宏文先生が教えてくれました。まずは、子どもの運動能力低下の要因、それから、運動が子どもに与える効果についての話からはじめてもらいます。
構成/岩川悟 取材・文/清家茂樹 写真/石塚雅人(インタビューカットのみ)
子どもの運動能力低下の要因は3つの「間」の減少
子どもたちの運動能力が低下している要因としては、第一に環境の変化が挙げられるでしょう。この環境の変化については、3つの間(ま)がないとして、「3間(さんま)がない」というふうに表現されることもあります。
ひとつ目の間は「空間」です。かつては都市部にも至るところに子どもたちが遊べる空き地がありましたし、以前なら自由に遊べた公園も、いまでは禁止事項だらけ。日常的な遊びのなかで体を動かせる場所が減っているのですから、運動能力が低下してしまうのも当然のことです。
ふたつ目の間は、「時間」。いまは多くの子どもたちが学習塾やさまざまな習い事の教室に通っていて、以前と比べて遊ぶ時間が激減しています。そして、3つ目の間が「仲間」。多くの子どもが忙しいのですから、たとえ塾や習い事に通っていない子どもであっても、一緒に遊ぶ友だち、仲間がいないのです。
また、環境の変化に加えて、遊びの内容の変化も、子どもの運動能力低下の要因だと考えられます。子どもたちが遊べる場所が減っているのですから、せっかく友だち同士で公園に集まることができたとしても、それぞれが持ってきたポータブルのゲーム機で遊ぶことが中心になる。これでは、子どもたちの運動能力が下がってしまうのも仕方ありません。
そう考えると、子どもの運動能力は全国平均でも下がってはいますが、地域差が大きいのではないかと推測できます。遊ぶ空間が減っていて、子どもの勉強や習い事に熱心な親が多いのは、やはり都市部でしょう。もしかしたら、地方では、子どもの運動能力低下の幅はそれほど大きなものではないのかもしれません。
運動をすれば体だけではなく脳や心にも好影響を与える
子どもの運動能力の低下がはらむ問題は、ただ運動が苦手な子が増えているということにとどまらないと考えられます。というのも、元気に遊んで体を動かすことは、体だけではなく脳や心にも大きな影響を与えるからです。
さまざまな研究によりはっきりしているのは、運動することで脳が活性化されるということです。これは、神経伝達物質の伝達がスムーズになるためです。
そのことにより、学習面で成果が上がるかというと、また別の要素が影響しますから、一概にはそうとはいえません。ただ、脳が活性化することは心にも確実に好影響を与えます。想像しやすいことだと思いますが、ふだんから元気に走り回っている子どもは、チャレンジ精神旺盛なタイプが多いですよね。もちろん、もともとの性格ということもあるでしょうけれど、これは、運動で脳が活性化したことによって、ものごとに対する考え方、ものごとの受け止め方がより前向きになっているからだとも考えられます。
また、運動が心に与える影響で見れば、ストレスを軽減させることも挙げられます。みなさんにも経験があることだと思いますが、たまの休みの日にスポーツをすると、ものすごくすっきりしますよね。これが、運動が心に与える大きな効果です。
体を動かすことで脳が活性化されるというと、脳の運動を司る部分が活性化されると想像しますよね? ところが、それだけではありません。この運動を司る部分と感情を司る部分が同じであるため、運動のほかに、知能や感情を司る部分も活性化されるのです。そうして、自制心が育ち、感情の起伏をコントロールできるようにもなります。
運動をすれば、体が発達し、脳が活性化し、チャレンジ精神旺盛になり、ストレスがなくなって自制心が育つ――。子どもにとって運動がどれほど大切なものか、あらためて認識してもらえるのではないでしょうか。
子どもが日常的に体を動かせる方法を親が考える
そうすると、親としてはやはり子どもには運動が好きで、できることなら運動が得意になってもらいたいものですよね。自分が「子どもの頃に運動が苦手だった」からと、子どもも運動が苦手になるのではないかと心配している人も安心してください。たしかに、体格や筋肉の質など、子どもの運動能力には生得的な遺伝の要素も大きな影響を与えます。でも、それ以上に生まれたあとの環境が運動する力に与える影響が大きいのです。
であるのならば、結局、子どもの頃からどのような体験をするかということがとても大事になります。とはいっても、特別なことではありません。子どもの興味関心によっては、なにかのスポーツチームに入ったり、夏休みにサマーキャンプに参加したりするといったことでもいいのですが、そういうことに限らず、日常生活のなかでどれだけ体を動かす機会を増やすかということを考えてください。体を動かすことを習慣にすること、運動ができるという経験が、子どもを運動好きにさせるためにもっとも大切です。
公園では遊べないし、一緒に遊ぶ友だちがいないというのなら、親であるみなさんが子どもと一緒に体を動かす方法を考えればいいのです。たとえば、一緒にウォーキングや軽いジョギングをすることを習慣にしてもいいし、家のまわりで縄跳びをするのだっていいでしょう。
そのとき意識してほしいのは、子どもそれぞれに個人差があるということ。運動が得意になってほしいからと、子どものまわりにいる運動がすごく得意な子と比べるようなことはしてはいけません。子どもがその子なりにどれだけ成長できるかということ、そしてなにより子どもが運動を好きになることが大切なのですからね。
『子どもの身体能力が育つ魔法のレッスン帖』
高橋宏文 著/メディア・パル(2018)
■ 東京学芸大学教育学部准教授・高橋宏文先生インタビュー一覧
第1回:脳が活性化し、チャレンジ精神旺盛になり、自制心が育つ!? 運動がもたらすスゴイ効果
第2回:「早く立ってほしい」と願ってはいけない! 「四つんばい」「高ばい」が子どもの運動能力を高める
第3回:「運動センス」の正体とは? コーディネーション・トレーニングが磨く“内観力”
第4回:自らの体を自在に動かす“7つの能力”と「運動センス」を高める意外な方法
【プロフィール】
高橋宏文(たかはし・ひろぶみ)
1970年5月9日生まれ、神奈川県出身。東京学芸大学教育学部健康・スポーツ科学講座准教授。1994年、順天堂大学大学院修士課程(体育学)修了。大学院時代は同大学女子バレーボール部コーチを務め、コーチとしての基礎を学ぶ。修士課程修了後、同大学助手として2年間勤務。同時に男子バレーボール部コーチに就任し、以後3年半にわたり大学トップリーグでのコーチを務める。1998年10月より東京学芸大学に講師として勤務し、同大学男子バレーボール部の監督に就任。各種研究により効果が実証された指導理論を用い、広く見聞することと併せて独自の指導体系をつくり上げている。著書に『基礎からのバレーボール』)(ナツメ社)がある。
【ライタープロフィール】
清家茂樹(せいけ・しげき)
1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立し、編集プロダクション・株式会社ESSを設立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。