プロダンサーとして活躍した後、現在は世界的なダンスイベントを仕掛けるオーガナイザーであるマシーン原田さん。そんな原田さんに、今後日本のダンスシーンが向かう方向やキッズシーンのトレンド、そして、将来ダンスを続けた子どもたちに広がっていく可能性について話を聞きました。また、ダンスに限ることなく、広く夢に向かっていく子どもに対する親の「理想的な向き合い方」など、親ならぜひ知っておきたい具体的なアドバイスも満載です。
構成/岩川悟 取材・文/辻本圭介
日本のキッズシーンは世界標準
ダンスをする子には明るい環境が用意されている
最近では、親がダンス経験者であったり、ダンスミュージックを聴いて育ったりした世代であることも多く、むかしに比べると子どもが「ダンスをやりたい」と言ったときに、「やってみたら?」と自然に理解してあげられることが増えてきました。また、中学校の保健体育の授業でもダンスが採用されるなど、社会的にも認知が高まっています。
「その意味では、日本のキッズシーンはとても成熟していると言えます。これからダンスをはじめる子どもには、明るい環境が用意されているのではないでしょうか。世界的に見ても、日本のキッズシーンのレベルはとても高いですよ」
一方、ダンスが広まるにつれて新たな課題も生まれています。たとえば、ダンスの本質的な楽しさよりも、「勝負事」として捉える子が増えているのは大きな問題だと感じているそう。
「子どもは勝ち負けをとても気にするし、教える側も実績を気にしてつい上手な子に肩入れしてしまう傾向がある。すると、本来は純粋な能力の差であったものが、度を越した格差となって助長されていきます。もちろんわたしは、勝負が悪いと言っているのではありません。そもそもブレイクダンスは、ダンスでバトルすることが主な表現の形式でしたからね。また、勝負の要素をうまく取り入れると、子どもの能力をとても引き出すことができます。ただ、大人の勝手な都合や、他にも家庭の経済環境などによって、子どもの育成や大会出場の機会に差が広がっているのは事実です」
※イベントでレベルの高いダンスを披露するキッズたち
親は子どもの一番の理解者であるべき
話を聞いて正面から向き合うことが大切
ダンスの認知度が高まり、「習い事」としてのダンスの機会も広がりを見せるなか、さまざまな問題が顕在化しているのも目をそらせない現実です。そんなとき、親はダンスをしている子どもに対して、どのようなことに注意して向き合っていけばいいのでしょう。
「まず親がダンス経験者でないのなら、基本的にはダンスについては口出ししないほうが賢明かと思います。子どもを見る機会が増えるにつれ、ダンスがよくわからないのに評論家目線で意見している親をよく見かけます。でも、そんな指導ではけっしてうまくいかないので、技術的な面は先生を信頼してまかせたほうがいい。他のスポーツとちがって、ダンスの現場は比較的フラットなので、踊る直前まで親と一緒にいたり、親も先生と仲良くなったりと人間関係がつくりやすい環境があります。もちろん良い面も多いのですが、親が意識して役割の区切りをつけていかないと、子どもだけが蚊帳の外に置かれてしまうこともあります」
原田さんは、子どもに対する応援のスタンスは「必要最低限のサポートだけでいい」という考えも持っています。
「ダンスなら、レッスンスタジオへの送り迎えだったり、体力を使うのでしっかりご飯を食べさせてあげたりといったことですね。あとは、いろいろなジャンルのダンスを見せてあげることも大切。ヒップホップを最初に習って好きになっても、本当はちがうジャンルがもっと好きになる可能性もあります。そこで、ひと通りは見せてあげるといった“経験の提供”をするといいのではないでしょうか。ダンスに限らず、子どもの可能性をできるだけ広げてあげることは、親ができる重要なサポートだと思います」
子どもの一番の理解者は先生でも友だちでもなく、「やはり親」と原田さん。だからこそ、親が自分の価値観を押しつけないことが大切なのです。子どもの様子をしっかり見て、もし気になることがあれば、「今日はちょっと元気なかったね、なにかあった?」と、おおまかに外観面の評価をしてあげるのがいいと言います。
「こうした部分こそ、まさに親だから気づける部分。技術面をいくら語っても、結局のところダンスは身体芸術なので、明確な答えはありません。とくにストリートダンスは、時代とともにスタイルも価値観も移り変わるものなので、特定のスタイルを押しつけると、どこかの段階で伸びなくなります。基本的にはヒット曲に対して踊る文化なので、スタイルもつねに変わらざるを得ないんですよね。それは踊っている子どもが一番わかっているので、親がきちんと子どもの考えを聞くことが大事です」
ダンスのプロリーグ『DANCE LEAGE』を準備中
ダンスを続けた子どもの気になる将来は?
いまダンスを子どもに習わせている、または、これから習わせたいと考える親にとって気になるのは、今後キッズシーンが迎える大きな動きや方向性。ダンスをやっていると将来どのような可能性が広がっていくのか、具体的に知りたい人も多いのではないでしょうか。
「じつは、いまわたしたちが発起人となって『DANCE LEAGE』というプロリーグを発足させようと動いています。ダンス界でプロの立場を確立させることを目的とし、企業のサポートなども次第に増えている流れのなかで、今後、本気でプロを目指す子どもが増えていくのは大きなトレンドと言えます。ただ、いまは変革期で数多くの団体が存在しているため、これからダンスをはじめるなら先生が教えているスクールや、関係する団体を見極める必要があるでしょう。信頼できるダンス経験者や、シーンに貢献している人がいる団体を探してほしいですね」
いわば、Jリーグのダンス版のように、今後ダンスプロの立場がより確立していけば、大好きなダンスがそのまま将来の仕事につながる可能性も増えていくことでしょう。もちろんその流れを受け、周辺の仕事の幅も広がっていくのはまちがいありません。
「ダンスプロの裾野を広げようとがんばっているわけですが、ダンスに関連した職業としては、やはり先生(インストラクター)になる人が多いですね。そのなかで、人気・実力の差はあるものの、情熱を持って取り組めばダンスを仕事にすることは十分可能です。もちろん、トップダンサーや振付師になるのは狭き門ですが、これは他のどの分野にも言えることだと思います」
原田さんは、ダンスを楽しむみなさんや、ダンスをしている子を持つ親たちにぜひ伝えたいことがあると言います。それは、ダンスを無理に職業に結びつける必要はなく、趣味として楽しんでいけばいいということ。
「わたしのまわりには、ダンスとは関係のない仕事を持ちながら、定期的にステージに立つなど自分のペースでダンスに向き合っている人がたくさんいる。彼ら彼女らのように、人生の時間のなかで心豊かにダンスを楽しめるなら、別にダンスを仕事にしなくても、好きなものとともに幸せな人生を歩めると思うのです。だからこそ、親に一番伝えたいのは『子どもをプロにしようとして重荷を背負わさないで』ということ。ダンスに限らずどんなことでも、まず子どもの『WANT』の気持ちをしっかり汲んで、育ててあげることが一番大切な親の役目だとわたしは思います。逆に言えば、なにかを『やりたいな』と子どもに思わせてあげられるかどうか。そうした環境づくりと勇気づけこそが、親がもっとも大切にすべき姿勢なのかもしれません」
※これからの未来、ダンスシーンが盛り上がっていくなかで、いまの子どもたちが活躍する裾野は無限に広がっていく――
■ ストリートダンサー・マシーン原田さん インタビュー一覧
第1回:ダンスを学ぶことで得られるメリット~どんな子が上達して、どんな子が上達しない?~
第2回:ダンス界におけるキッズシーンの未来は明るい! ~ダンスのプロリーグ『DANCE LEAGE』を準備中~
第3回:【夢のつかみ方】(前編)~夢に近づくために「ハマり症」であれ!~
第4回:【夢のつかみ方】(後編)~挑戦しなければ、成功も失敗も起こり得ない~
【プロフィール】
マシーン原田(ましーん・はらだ)
1964年生まれ、大阪府出身。株式会社アドヒップ代表。1980年代前半に、映画『フラッシュダンス』『ワイルド・スタイル』などを見てブレイキングに出会い、ダンサーとしてのキャリアをスタートさせる。伝説のブレイクダンスチームであるAngel Dust Breakersのリーダーとして活躍。その後、世界最大級のストリートダンスコンテスト『JAPAN DANCE DELIGHT』をはじめとし、数多くのダンスイベントを運営するなど大きな発信力と影響力を持つようになる。1994年から22年間にわたり発行したフリーペーパー『DANCE DELIGHT MAGAZINE』は、日本全国のストリートダンスファンを夢中にさせた。著書に『35年間ダンスを踊り続けて見えた夢のつかみ方』(ザメディアジョン)がある。
【ライタープロフィール】
辻本圭介(つじもと・けいすけ)
1975年生まれ、京都市出身。明治学院大学法学部卒業後、主に文学をテーマにライター活動を開始。2003年に編集者に転じ、芸能・カルチャーを中心とした雜誌・ムックの編集に携わる。以後、企業の広報・PR媒体およびIR媒体の企画・編集を中心に、月刊『iPhone Magazine』編集長を経験するなど幅広く活動。現在は、ブックライターとしてもヒット作を手がけている。
『35年間ダンスを踊り続けて見えた夢のつかみ方』
マシーン原田 著
ザメディアジョン(2017)