教育を考える 2018.9.3

ボキャブラリーが豊富な子どもは思考の展開が速い~日常生活にモンテッソーリ的発想を~【愛珠幼稚園園長 天野珠子先生】

ボキャブラリーが豊富な子どもは思考の展開が速い~日常生活にモンテッソーリ的発想を~【愛珠幼稚園園長 天野珠子先生】

日本では主に幼児期の教育として取り入れられているモンテッソーリ教育。

この教育方法には子どもが小学生になってからも役に立つヒントがありそうです。世田谷区にある愛珠幼稚園の園長であり、特定非営利活動法人東京モンテッソーリ教育研究所の理事長も務める天野珠子先生にアドバイスをいただきました。

取材・文/田中祥子 写真/大平晋也

小学生になっても日常生活にモンテッソーリ的発想を取り入れるコツ

――幼稚園のモンテッソーリ教育の中から、小学校に入って役に立つことはありますか?

天野先生:
これは愛珠幼稚園で行っていることですが、子どもたちには園で制作した絵や作品を綴じたファイルを作らせています。作品ができあがったら、それを自分でファイルに綴じます。そして、綴じるための場所には穴あけパンチと日付のゴム印が置いてあるのです。教材の真ん中にはしるしをつけていますので、それに合わせて穴をあけ、日付印をして綴じます。

最初はうまくできなくても年長になればキレイにできるようになりますよ。小学校に入ると実に多くのプリント教材を持って帰りますが、この方法を小学校に入っても続けていれば自分で整理ができるでしょう。

~日常生活にモンテッソーリ的発想を~2
愛珠幼稚園の園児たちの作品ファイル。B4とB5の2つのサイズがあり、ファイルの色は、年少が赤、年中が黄色、年長が青。卒園時には6冊の作品ファイルができあがる。

また、お泊り保育ではビニールの密封できる袋に「1」「2」「3」「星」の印をつけた4つの袋を作って下さいとお母さんにお願いします。「1」の袋というのは、宿舎に着いたらお風呂に行くときに持っていく袋。パジャマと下着とタオルを入れておき、それだけ持っていけば着替えられるようにしておきます。着替えを出したら、空いた袋に脱いだものを入れればいいのです。

次の日に起きたら「2」の袋、夜は「3」の袋を同じように使います。「星」は非常事態用の予備です。このように整理すれば荷物がごちゃごちゃになりません。小学校やご家族で旅行するときも、応用できるのではないでしょうか。

これらはマニュアルがあったり、モンテッソーリ自身が言ったりしたことではありません。私たちが幼稚園教育の実践の中で工夫したものばかりです。何でも工夫次第で、子どもが一人でできるようになる手助けはたくさんあります。

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ボキャブラリーが豊富な子どもは思考の展開が速くなる

――小学生の学びの面で何ができることはありますか?

天野先生:
ボキャブラリーを豊富にしてあげるといいでしょう。ボキャブラリーが豊富な子どもは思考の展開が速くなります。小学4年生くらいになると具体的な言葉だけでなく、抽象的な言葉の世界で考え、大人の考え方のプロセスに成長していきます。

例えば、「野菜と果物の違いは何ですか?」と質問されたとき、野菜ではトマト、果物ではバナナしか思い浮かばない子どもは「色が違います」と言うかもしれません。単体だけしか知らないと、そんなふうな答えしか出てこないのです。ですが、いわゆる「野菜」「果物」という全体を示す概念語を知っていれば、思考はどんどん広がります。

算数で言うならば、2個のリンゴと3個のミカンを合わせたら幾つになるかという問題がありますね。これは数えれば小さな子でも分かります。でも、200と300を足したら幾つとなると、とても数えられません。ここで丸を並べて桁をつくる抽象の数を知っていれば、あっという間に計算できる。数も言葉のひとつですから、抽象語を覚えるのと同じです。

月に行く距離の算定方法が私たちの記憶に入らないのは、そのプロセスの抽象語を知らないからです。シグマとかルートとか、そういう言葉を聞いただけでぱっと原理が浮かぶ人であれば、考えは非常に早く進むでしょうね。ですから、抽象の世界に入るには言葉をたくさん知っている必要があります。

台所で「ママ、なにしてるの?」と子どもが尋ねることがありますね。そのとき、単に「ご飯を作ってるの」だけでなく、「野菜を炒めているの」「しゅうまいを蒸かしているの」と言ってあげて下さい。料理を作るのでも「炊く」「煮る」「焼く」「揚げる」などいろいろな言葉があります。それを聞くことで子どものボキャブラリーは豊富になるのです

また、電話のときに「ちょっと待ってなさい」と言うと、しばらくして電話がまだ終わらないのに子どもが騒ぎ出すことがあります。子どもとしては、すでにもう「ちょっと待った」のだから当たり前です。そんなときは「電話が済むまで待って」と具体的に言えばいいのです。

親は乱暴な言葉で子どもをあやつるのではなく、言葉は易しくても他人に対して言うのと同じように話しかけるべきです。子どもの立場になってみて、きちんと分かるような話しかけをしているのだろうかと考えること。これはものすごく大切なことです

~日常生活にモンテッソーリ的発想を~3

――日常生活にボキャブラリーを伸ばすコツがあるのですね。

天野先生:
もうひとつお願いしたいのは、絵本をたくさん読んであげて下さい。小学校の1~2年生頃までは、子どもが自分で読むより、だれかに読んでほしいものです。字が読めるということと読んで楽しめるということは別です。文字を追うことに一生懸命で内容が把握できないことが多いのです。

本の中には、「お姫様」や「悪魔」など空想の世界のボキャブラリーがたくさんあります。現実の範囲を超えるものでも、絵本の中なら経験できますね。絵本から入り、ストーリーが必要になってくると『三匹のこぶた』や「おおきなかぶ」など繰り返しの多いものが記憶に残ります。

徐々に起承転結のある物語に入り、小学生になると『大きい1年生と小さな2年生』など実体験に結びついた物語を読むようになります。それが楽しくなると、いわゆる名作に、そして次は伝記に入るといわれています。そうして本格的な本好きになっていく。

本好きな子にするにはプロセスがあるのです。ですから、大きくなっていきなり「本を読みなさい」と言われても、プロセスのない子どもには難しいのです。そして、子どもが本を読んでいるあいだ、親も本を読むことも必要です。親に本を読む習慣がないと、子どもは本に親しめません

~日常生活にモンテッソーリ的発想を~4

――この先、子どもたちは行動範囲が広がり、親から自立していきます。

天野先生:
小学校の4~5年生になると「ギャングエイジ」(徒党時代)といわれる時期に入り、親よりも友達関係が大切になってきます。なんでも友達と一緒がいい。そして何かトラブルがあって寂しくなったときに、親の元に戻ってくるのです。もし子どもから友達のことで相談があったとしても、親御さんが前面に出てたり、解決しようとすることはできるだけ控えましょう

「それは悔しかったね」とか「ママも同じようなことがあったよ。あのときは悲しかったな」などと慰めてあげてください。気が休まったころには、また遊びという戦場に出て行けます。小学校高学年から中学生くらいまでは、家庭は子どもの気持ちがほっとする安全基地(オアシス)であるべきです

【プロフィール】
天野珠子(あまの・たまこ)
東京都世田谷区にある学校法人天野学園「愛珠幼稚園」理事長・園長。短大の保育科で「乳幼児心理学」や「幼児教育心理学」の教鞭をとる傍ら、日本で初めてのモンテッソーリ教員養成機関「上智モンテッソーリ教員養成コース」の3期生としてモンテッソーリ教育を学び、その後、お母さまが経営していた「愛珠幼稚園」を引き継ぎ、モンテッソーリ教育を30年以上にわたって実践。
現在、NPO法人東京モンテッソーリ教育研究所理事長、日本モンテッソーリ協会(学会)副理事長。駒沢女子短期大学名誉教授。

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お話しをお聞きしていたときに、天野先生が「お子さんを育てようと思うなら、子どもとは自分の一部ではなく、別の人間だと思ってほしい」とおっしゃっていたのが印象的でした。

「私の教育は、子どもの人格の尊重から始まる」という言葉をモンテッソーリは残しています。子どもの姿をきちんと見る眼を持つことが、親として一番大切なことなのかもしれません。

■ 「モンテッソーリ教育」天野珠子先生 インタビュー一覧
第1回:子どもの自主性を尊重し、集中力と柔軟な対応力を育む「モンテッソーリ教育」
第2回:子どもたちが自ら育つ力を応援する「モンテッソーリ教育」のメソッド
第3回:自分でできるという自信が学習意欲につながる。「モンテッソーリ教育」成長のためのヒント
第4回:ボキャブラリーが豊富な子どもは思考の展開が速い~日常生活にモンテッソーリ的発想を~