教育を考える 2020.5.19

学歴の価値はどう変わる? 「偏差値の高い大学に行く」ことにしがみつく必要は、もうない

学歴の価値はどう変わる? 「偏差値の高い大学に行く」ことにしがみつく必要は、もうない

「これからの時代、学歴は武器にならない」ともいわれます。その一方で、中学受験をはじめとした受験熱、教育熱は高まるばかり。日本において、学歴が持つ価値や意味はどんなものになっていくのでしょうか。教育ジャーナリストの中曽根陽子さんは、「大学に行くことを目的とするのではなく、もっと大きな人生の目的に向かうルートに大学があるなら、行けばいいだけのこと」と語ります。

構成/岩川悟 取材・文/清家茂樹 写真/石塚雅人(インタビューカット)

日本とまったく異なる欧米の入試システム

世代人口が減った現在、日本は「大学全入時代」といわれます。大学のレベルを問わなければ、いまの子どもたちは全員が大学に入学できるというわけです。そうはいっても、やはりレベルの高い大学への入学はいまも変わらず簡単ではありません。とくにそういった難関大学は、入学者数を減らして一定のレベルを保とうとしているからです。

では、その「レベル」とはなにか? それは、いまも変わらず、基本的には「偏差値」です。世代人口が多い団塊ジュニア世代が受験生だった時代のような「偏差値至上主義」とまではいかなくても、日本においては偏差値が重視される傾向にあることはたしかです。

一方、日本や韓国などで行われるような、アジア型といわれる入試とまったく異なる入試システムをとっているのが、欧米です。欧米の入試では、日本の入試のように受験生が一斉に同じテストを受けるということはありません。一定の学力を測るスコアは必要ですが、その結果はあくまでも合否を判断する資料のひとつにすぎません。

その一方で、たとえば志望理由やポートフォリオ、エッセイなどの書類をたくさん提出する必要があります。あるいは、何人かの推薦者がいないといけないということも。要は、入学を志望する人物が、いままでにどういうことをしてきて、どういう人たちとかかわってきて、入学したらなにをしたいのかといったことまで含め、トータルの人物像が欧米では問われるわけです。日本における自分の偏差値で表せるようないわゆる学力と呼ばれるものは、あくまでひとつの指標でしかありません。

中曽根陽子さんインタビュー_学歴の価値はどう変わるのか02

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大学入試改革が失敗すれば日本の未来はない!?

ただ、日本でも大学入試改革が進行中です。そもそも、なぜ大学入試改革をする必要があったか? それは、いまという時代が大きく変化しているからです。時代が変われば、それに伴って必要とされる人材も変わってくる。ところが、経済界からは「欲しい人材が育っていない」という声が以前から相次いでいました。

そこで、大学入試を変えれば、その前にある高校、中学校、小学校の教育も必然的に変わっていく。そうして、実社会で求められる人材を育てようというロジックで大学入試改革が進められることになったのです。でも、当初予定されていた英語民間試験や記述式問題の導入が延期となるなど、現在は大学入試改革がトーンダウンしているのが実情です。

しかし、仮にこのまま大学入試改革が頓挫して、結局かつての入試と同じようなシステムに戻ってしまったら、「日本の未来はない!」というくらいにわたしは考えています。

先にお伝えしたように、大学入試改革に先んじて2020年から、高校、中学校、小学校の教育も変わっていきます(インタビュー第1回参照)。そのベースとなるのが、新たな学習指導要領。それは、これまでの教育とは異なる「生きる力」を伸ばすことを目指したものです。さらに、現在のコロナ危機で学校が休校に追い込まれ、オンライン化が加速しているなかで、学校教育の意味が問い直されています。もし、学校関係者が、単にコロナ禍の前に戻すことだけを目指すなら、日本は世界の潮流からも完全に遅れを取ることになるでしょう。

さて、文科省によれば、生きる力とは具体的に「学びに向かう力、人間性」「知識及び技能」「思考力、判断力、表現力」とされています。明らかに、これまで重視されてきたような知識をたくわえる力とは異なるものであり、どれもとても重要な力ですよね。その教育が本当にしっかりと定着するのか。そして、その教育で子どもたちが身につけた力を大学がきちんと評価できるのか。そこに大学入試改革が実を結ぶかどうかの鍵があるように思います。

中曽根陽子さんインタビュー_学歴の価値はどう変わるのか03

今後は学歴が持つ価値が変わっていく

大学入試改革にはじまる日本の教育全体の改革が進めば、「これからの社会で求められる人材」が育つことになるでしょう。ただ、わたし自身は、これからは学歴は万能ではなくなると思っています。

もちろん、これからも学歴はある程度の武器にはなるでしょう。でも、「あの大学を出るくらいのポテンシャルを持っている人なんですね」という程度の評価基準になるのではないでしょうか。それよりも問われるようになるのは、先の欧米の大学入試ではないですが、その人自身がなにをしてきたか、なにができるのか、なにをしたいのかといったトータルの人物像でしょう。

そう考えると、今後は、自分自身の人生の「目的」をしっかり考えることがより大切になります。たとえば、なんの目的も持たないままに東大に行ったところで、東大で過ごす時間はただの無駄でしかありません。それよりも、自分の人生の目的をしっかり見据え、その目的のために必要な大学に行くこと。必要なければ大学には行かずに目的に向かって最短距離で進んでいく。あるいは、必要になったときに行く。そういった柔軟な考え方を持つことが大切です。

大学は単なる通過点にすぎません。その先を見据えて自分の生き方を考えることを、ぜひお子さんに伝えてほしいと思います。

中曽根陽子さんインタビュー_学歴の価値はどう変わるのか04

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中曽根陽子 著/晶文社(2016)
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■ 教育ジャーナリスト・中曽根陽子さん インタビュー記事一覧
第1回:親の役目は我が子の「自己探究の力」を育むこと。“理想の子ども像”を押し付けてない?
第2回:学歴の価値はどう変わる? 「偏差値の高い大学に行く」ことにしがみつく必要は、もうない
第3回:任せて、失敗させて、考えさせる。「困難を乗り越える力」を伸ばすには、放っておくのが◎
第4回:自己肯定感が「高い子の親」と「低い子の親」。驚くほど全く違う、それぞれの特徴とは

【プロフィール】
中曽根陽子(なかそね・ようこ)
1958年生まれ、東京都出身。教育ジャーナリスト。マザークエスト代表。慶応義塾大学大学院システムデザインマネジメント科ヒューマンラボ研究員。出産のために小学館を退職後、1994年、子育て中の母親たちが子どもと一緒にあそび場をチェックし紹介する『子どもとでかける大阪あそび場ガイド』(メイツ出版)を制作。取材から執筆、イラストまですべてを母親たちの手によって作成した同書は、いまなお改定版を重ねるロングセラーとなり、シリーズ累計50万部超。2004年、女性のネットワークを生かした編集・取材活動を行う情報発信ネットワーク「ワイワイネット」を発足。「お母さんと子どもたちの笑顔のために」をコンセプトに、数多くの書籍をプロデュース。2013年、「親を人材育成のプロに」というコンセプトのもと、母親自身が新しい時代をデザインする「マザークエスト」を立ち上げ、アクティブラーニング型のセミナーの開催を中心に活動している。現在は、教育ジャーナリストとして紙媒体からウェブ媒体まで幅広く執筆する傍ら、海外の教育視察も行い、偏差値主義の教育からクリエイティブな力を育てる探求型の学びへのシフトを提唱する。主な著書に『はじめての海外旅行 安心おでかけガイド』(メイツ出版)、『マンガ版 子どもが伸びる! コーチングブック』(合同出版)がある。

【ライタープロフィール】
清家茂樹(せいけ・しげき)
1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立し、編集プロダクション・株式会社ESSを設立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。