イギリスの小学校では仮装がよく取り上げられる、と前回お話ししました。我が家の下の子もレセプションイヤーで学校に行き始めてかなり早い時点で、仮装のお願いを学校からもらって帰ってきました。
レセプションイヤーとは、準備のための学年とでも良いでしょうか。4歳から5歳の子供が、小学1年生になる前の1年間、学校に慣れるために通学するのです。
小学校には通うものの、日本だったらまだ幼稚園の年長さんになるかならないかの年齢です。ですから教室の中にもカーペットを敷いた「みんなで座るエリア」があったり、さまざまな教育用の玩具が置いてあったりします。
学期の仕上げに「仮装」で学びを深める
上の子どもは小学校3年生でこちらに引っ越してきましたから、低学年のイギリスでの教育を体験するのはこれが初めてで、親子共にドキドキすることが多かったことを記憶しています。中でも忘れられないのが最初の仮装依頼でした。
確かに入学時点から様々な昆虫や小さな生き物の勉強をし、虫にちなんだ絵本もたくさん読んできました。それでもちょっと途方にくれてしまったことを白状します。
一体何をどう用意すれば良いのでしょうか。
中学年から小学校に入った上の子は、それまでに「第二次大戦中の疎開児童」や「ヴィクトリア朝の子供」、そして「神話の登場人物や生き物」といったトピックでの仮装を経験していましたが、さすがに「昆虫」は想定外でした。
困惑する母親の隣で、下の子どもは
と大張り切り。
「色は?」と聞くと、こんな返事が。
大慌てで布地屋さんに駆け込みました。
イギリスの学校教材としても愛される『はらぺこあおむし』
ドイツ系アメリカ人のエリック・カールによる『はらぺこあおむし』は1969年に出版されて以来、64の言語に翻訳され、4,600万部以上を売り上げた、古典中の古典です。
1929年、世界恐慌の年にアメリカで生まれたカールは、ホームシックの母親に連れられて、6歳の時に家族でドイツに渡ります。そこで戦争に巻き込まれてしまったエリック・カールは、15歳で塹壕を掘るために徴兵され、今でも戦時中の記憶にはあまりふれたがらないと言います。
ナチスが政権を握るドイツで育ったカールは、戦後アメリカに帰り、本でありながら子どもがさわって楽しめるような、新しい絵本を書きました。
最初はBookwork(本の虫)がページを食べていくお話だった『はらぺこあおむし』は、今ではカラフルな色調の蝶をモチーフにした物語に生まれ変わり、一般家庭だけではなく学校の教材としても愛されています。
1週間のすべての曜日が順番に登場し、1から6までの数が登場し、なおかつ昆虫の生態が紹介されているこの本は、いろいろな意味で教室内での展開がしやすいのです。
イギリスの小学校は日本よりもずっと幼い年齢から始まりますから、まだ数や曜日の概念が必ずしもはっきりと把握できていない子どももいます。ですから、そういった子どもたちにとっては、楽しみながら少しずつ本に親しみ、知識を総合的に習得していくことが必要になります。
『はらぺこあおむし』は英語での読み聞かせ動画もたくさん!
『はらぺこあおむし』は初版から50年近く経った今でも、子供達に絶大な人気を誇ります。著者エリック・カールは今でも年間約1万通のファンレターを受け取ると言います。
日本でも非常に愛されている絵本ですが、英語での読み聞かせの動画も多いのが嬉しいところです。
著者、エリック・カール氏本人による読み聞かせもあり、英語圏での人気をうかがわせます。
大人気絵本から広がる「英語・算数・科学」の学び
これだけよく知られている絵本ですから、イギリスのあちこちの学校で教材として利用されています。例えば Teaching Ideas というサイトで提案されている活動をいくつかご紹介しましょう。
- あおむしの視点から物語を書き直す
- 「はらぺこ」な他の動物の物語を書く
- 人形劇を作る
- 著者が語る物語のインスピレーションについてのビデオを見る
ビデオの具体例は挙げられていませんが、このような映像が想定されているのではないかと思います。
- あおむしが食べたものをもとにベン図(集合の関係を図式化したもの)を作る
科学
- 青虫や昆虫の生態を調べる
Twinklのような大手の有料教材サイトでも、『はらぺこあおむし』関連のプリント教材を含む多くのアクティビティが用意されています。ここでも英語のみならず、デザインや算数、科学など、幅広い分野への窓口として物語が使われているのが印象的です。
「仮装」は「人前で説明する」体験をもたらしてくれる
『はらぺこあおむし』が大好きで、蝶になって登校することを決めた我が家の次男は、学校でこう言われたそうです。
クラスメートのその言葉に、真顔でこう返したのだとか。
周囲の子どもたちもよく見てみると、毛虫になることを選んだ女の子(同様に『はらぺこあおむし』のファンだったようです)、てんとう虫になった男の子、蜘蛛を選んだ女の子、と必ずしも性別にはとらわれない昆虫を選んでいたのが印象的でした。
英語で読むとわかることなのですが、最後に美しい(beautiful)蝶になる『はらぺこあおむし』のあおむしは、 “He” で描かれている男の子なのでした。
性別より先に「子どもたちが興味を持った昆虫」を選ぶように先生たちがそれとなく指導していった様子が見受けられる、小さな子どもたちの仮装姿。意外な子がミミズに興味を持っていたり、蜘蛛について一生懸命説明してくれたりと、新たな発見も得られました。
突然の仮装依頼は、親はとても大変ですが(そして中にはスパイダーマンの格好をしてきた子どももいたのですが)、家庭の中ではなく学校での仮装は、子どもたちにとって「人前で説明する」体験とセットです。
今でも仮装のお知らせが来るたびに頭を捻ることになりますが、それでも少し頑張ってみよう、と思うくらいには、子どもたちは仮装から何かを得ているように見えるのです。
(参考)
Emma Brocks, “This one’s got legs” Guardian, 14 March 2009., 2018年9月28日閲覧
“About Eric Carle”, The Official Eric Carle Web Site. 2018年9月28日閲覧
Mark Warner, “The Very Hungry Caterpillar” Teaching Ideas, 2018年9月28日閲覧
Lesson Plan Ideas KS1 The Very Hungry Caterpillar, Twinkl, 2018年9月28日閲覧