あたまを使う/サイエンス 2018.5.8

【米村でんじろう先生インタビュー 第2回】子どもの自主性がどんどん高まる! 理科実験で身につくチャレンジ精神

【米村でんじろう先生インタビュー 第2回】子どもの自主性がどんどん高まる! 理科実験で身につくチャレンジ精神

いま、子どもたちのまわりにはたくさんの便利なモノやデバイスが溢れ、幼いころから子どもたちはそうしたツールや、そのなかにある情報に親しんでいます。なんでも柔軟に吸収し、楽しむことができる子どもたちを見るとただ驚くばかりですよね。

でも、そんないまの子どもたちに決定的に不足していることがあります。それが「直接経験」。子どものころの「直接経験」は、ゆくゆくの成育にとても大きな影響をもたらすとサイエンスプロデューサーの米村でんじろう先生は言います。

今回は、理科の実験を通して楽しめる「直接経験」が、子どもたちにもたらす効果についてのお話です。

取材・文/辻本圭介 写真/石塚雅人

むかしの子どもは、毎日を生きることがそのまま「理科・科学体験」になっていた

米村先生が理科に興味を持ちはじめたのは、小学校3年生くらいのころだそう。でも、これはあくまで科目としての理科に興味を持ったころで、それ以前に、日常の「遊び」を通して理科的な要素にはたくさん触れていたと言います。

「千葉の田舎の生まれですから、日常生活や遊びの環境のなかに理科的な要素はたくさんありましたね。たとえば、ガスが普及していなかったのでご飯は釜で炊いていたし、お風呂も蒔で沸かしていたため、小さいころから日常的に薪を燃やす手伝いをしました。これを理科では燃焼のメカニズムとして学ぶわけですが、その前にリアルな実体験があったというわけです」

自分でマッチを擦って、杉の葉や小枝などの焚き付けを燃やし、火をかきおこして吹きつける。すると、木によって燃え方がちがったり、燃えにくい木があったりと、毎日の火おこしだけでもいろいろなことを知ったそうです。

「松は脂が多いので煤が出るとか、多くのことを肌感覚で学びました。また、まわりの環境も田んぼや畑や里山ばかりだったので、春になれば竹かごを背負って蕗やわらびを採ったり、夜になると街灯がほとんどないので天の川がくっきり見えたりしましたね。そのようにして自然に親しむことで、生活環境自体がそっくりそのまま理科の体験になっていたのです」

子どもの知的好奇心を育てる3つのポイント
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僕が理科を好きになったのは、世界の秘密を解き明かしてくれたから

そうした理科・科学体験の素地があったからこそ、米村先生は、学校の授業でその仕組みやメカニズムを学ぶことがとても面白くなりました。リアルな理科体験や自然体験をするなかでは、一見「非合理」に思える不思議なことにたくさん出会います。でも、そうした現象の一つひとつに、じつは科学的に理にかなっている理由があることをたくさん学んだのです。

「毎日同じ景色のなかを走り回って遊んで、やがて太陽が沈んでいくのを眺めていると、時期によって位置がずれていたり、日の長さが変わったりしていくのもわかります。もちろん腕時計なんてしていませんし、スマホなんかもない(笑)。太陽の位置を見て『ああ、もう午後の4時半だ』というように判断していましたよ。でも、学校ではそんな日の長さが変わっていく意味や原理を勉強しますよね。その原理がわかると、まるで世界の仕組みが少しずつ解き明かされていくようでいろいろなものに興味を持ちました」

そして、時代は劇的に変化していきます。

「小学校4年のときには『東京オリンピック』も開催され、時代の変わり目を体験したことも大きかった。『3種の神器』と言われた、テレビや洗濯機や冷蔵庫が登場し、プロパンガスが普及するとガス炊飯器がうちにもやってきました。いまではなにも珍しくないことですが、スイッチを入れると勝手に米が炊けたので本当にびっくりしましたから(笑)。『科学って夢のような未来をつくるんだ!』と、そんないいイメージを持てたのです」

米村でんじろう先生インタビュー第2回2

子どもの「直接経験」が少ないからこそ、大人が理科の体験を仕掛けてあげることが大切

ただ、子どもにとってそんな時代がいまと比べて良かったかと言われれば、米村先生は「どちらとも言えない」と考えています。たしかに、子どものときに思い切り自然と触れ合えた経験はいま思えばとても貴重でしたが、一方で、当時の子どもたちはこれから自分たちが生きていく社会や世界のことをほとんど知ることができなかったからです。

「むかしはとにかく情報が少なく、子どもに用意されていたのは小さな図書室とわずかな子ども向け番組くらい。あとは、まわりの大人たちが子どもに言い聞かせる、ちょっと真偽のほどがわからない話だけでした。だからいまの子どもたちと話していると、本当になんでもよく知っていて驚きます。いまの子どもたちは発達も早いし、それはまったく悪くないことだと思います」

でも、あらゆるものが進化し、都市化が進むなかで日本の環境は大きく変化しました。以前であれば手間がかかったものも、ボタンひとつで解決するような時代です。米村先生が体験したような、生活と密接につながった理科の「直接経験」をする場面は、どうしても少なくなっているのが現状です。

「いまの子どもたちは、アウトドアやレジャーとしてでないと体験できないんですよね。いまさら、『薪を燃やしてみよう!』と言われても、近所でやったらすぐに苦情が出て問題になってしまいます。だからこそ、理科の体験を大人が意識的に仕掛けてあげるのです。場所を用意して火を起こす体験をさせてあげたり、思い切り泥んこ遊びをさせてあげたり。子どもは、ちょっとした体験でもとても濃い印象を持ちます。もしまわりに自然がなかったとしても、工作教室やワークショップなどで体験すれば十分に補えると思います」

退屈がとっても大事なこと。遊びを工夫して生み出すことで「自主性」が育つ

大人が環境をつくってあげるときに注意したいことがあります。それは、「大人がすべてを段取りし過ぎないようにすること」と米村先生。子どもの教育に熱心であるほど、つい力が入ってしまって、本来子どもが創意工夫すべき領域にまで踏み込んでしまうことがあるのです。

「子どもなりに試行錯誤して、成功体験だけでなく失敗体験もたくさん繰り返すことで、子どもの『自主性』が育ちやすくなるのです。もちろん、大人がうまく指導すれば自主性も伸ばせるとは思いますが、もっと日常の遊びの延長で体験できるように、大人は静かに見守ってあげるのがいいのではないでしょうか」

また、いまは便利なツールや教材が身のまわりにたくさんあり、教育環境も豊かになった一方で、逆に手段が多過ぎてなにをしていいのかわからなくなる可能性もあります。そうして、つい子どもが一時的によろこぶものばかりを与え過ぎてしまうこともあるのです。

「むかしはおもちゃなんてほとんどなかったし、雨が降り続いたら外で遊ぶこともできない。つまり、退屈している時間がかなりありました。するとそんなとき、子どもは自然と『なにして遊ぼうかな?』と自主的に考えるものです。あまりに退屈だから、工夫して遊びをプランニングするしかないわけです。大した遊びはできなくても、それでもルールを工夫して面白くしたりする。そうしたなかで、自然と『自主性』を育んでいたのだと思います。子どもが退屈そうだからといって大人が指導し過ぎてしまうと、子どもが本来持っている渇望感が失われてしまいます。そしてこの渇望感こそが、ゆくゆくはチャレンジ精神にもつながる、失ってはならない子どもの大切な宝物なのです」

■ サイエンスプロデューサー・米村でんじろう先生 インタビュー一覧
第1回:理科・科学にある「まっとう力」
第2回:子どもの自主性がどんどん高まる! 理科実験で身につくチャレンジ精神
第3回:子どもの目がキラキラ輝く! おうちでできる理科・科学の実験
第4回:人生の可能性を広げ賢く生き抜く武器となる「理科・科学の真髄」

【プロフィール】
米村でんじろう(よねむら・でんじろう)
1955年生まれ、千葉県出身。東京学芸大学大学院理科教育専攻科修了後、自由学園講師、都立高校教諭を勤めた後に、広く科学の楽しさを伝える仕事を目指して1996年に独立。NHK『オレは日本のガリレオだ!?』に出演し話題を呼ぶ。1998年、「米村でんじろうサイエンスプロダクション」を設立。現在、サイエンスプロデューサーとして科学実験等の企画・開発、全国各地でのサイエンスショー・実験教室・研修会などの企画・監修・出演、また各種テレビ番組・雑誌の企画・監修・出演など、さまざまな分野、媒体で幅広く活躍し、科学の面白さを子どもたちに伝えている。

【ライタープロフィール】
辻本圭介(つじもと・けいすけ)
1975年生まれ、京都市出身。明治学院大学法学部卒業後、主に文学をテーマにライター活動を開始。2003年に編集者に転じ、芸能・カルチャーを中心とした雜誌・ムックの編集に携わる。以後、企業の広報・PR媒体およびIR媒体の企画・編集を中心に、月刊『iPhone Magazine』編集長を経験するなど幅広く活動。現在は、ブックライターとしてもヒット作を手がけている。