「手遊び歌」というものを聞いたことがあるでしょうか。手や指のほか、体を使って遊びながら歌う歌のことです。その名前は知らずとも、そう聞けば「ああ、あれね」とわかる親御さんも多いでしょう。
音楽による幼児教育研究を専門とする高崎健康福祉大学人間発達学部子ども教育学科教授・岡本拡子先生によると、手遊び歌には、子どもが成長するために欠かせない要素がいくつもあるのだとか。
構成/岩川悟 取材・文/清家茂樹(ESS) 写真/玉井美世子(インタビューカットのみ)
ただのグーも子どもにはひげやこぶ、鼻に見える
「手遊び歌」とは、手や指での遊びを伴った歌のこと。もともとは、子どもたち自身がつくって歌い継がれてきたわらべ歌の一種です。みなさんにもおなじみの『通りゃんせ』『かごめかごめ』『はないちもんめ』なども、手だけではなくて体全体を使うものではありますが、そのひとつだと言えるでしょう。手遊び歌は、体を使う遊びを伴うわらべ歌の現代版です。そして、いまではだんだん大人が提供するものも増えてきました。
そのため、「大人の都合」による歌もあります。有名なところだと『ひげじいさん』もそのひとつ。歌詞の最後は「手はお膝」です。つまり、幼稚園や保育所の先生が「手は膝に置いてちゃんとお話を聞きましょうね」というときに子どもたちに歌わせるのです。そういう点ではわたし自身はあまり好きではないのですが、それ以上に素晴らしい点もあります。
わたしたち大人にとっては、手を握ったグーはただのグーかもしれません。でも、子どもたちにとっては、歌詞に合わせてグーはおじいさんのひげにもこぶにもなるし、てんぐの鼻にもなる。これが子どもの世界の面白いところ。泥団子をお菓子に見立てるのと同じように、手を使っていろいろなイメージをするのです。
また、「繰り返し」が多いのも『ひげじいさん』の特徴でしょうね。子どもって、とにかく繰り返しが大好き。歌ではありませんが、童話の「おおきなかぶ」もそう。大人からすれば、「しつこい!」と感じるほど同じフレーズが繰り返されます(笑)。でも、子どもたちはそれをすごくよろこぶ。子どもにとっての手遊び歌の魅力というと、「変化」と「繰り返し」だと言えるでしょうね。
小学校に入学してからの学びの姿勢につながる
子どもの教育に熱心な親御さんであれば、手遊び歌が脳の発達を促すだとか、そういうことも期待されているかもしれません。ただ、残念ながら、現状ではそういう実証的な研究結果は得られていません。でも、だからといって手遊び歌になんの意味もないのかといえば、そうではないとわたしは考えています。先に挙げた『ひげじいさん』のような歌なら、間違いなく子どもたちの想像力を伸ばし、感性を育てることにも大いに役立つでしょう。
そして、手遊び歌とは、わたしは「文化を学ぶ」ものだとも思っています。ひとつ例を挙げましょう。『ピクニック』という比較的新しい手遊び歌があります。手をお皿に、指をようじやお箸、フォークに見立てて、たこ焼きや焼きそば、スパゲティを食べるという内容です。
この手遊び歌を通じて、子どもたちはお皿に乗っている食べもののイメージを膨らませつつ、自然に食べものの名前や食器の使い方を学ぶ。これは、文化を学んでいることに他なりませんよね。また、この歌では、人差し指がたこ焼きを食べるためのようじと「1」という数字のふたつを表します。国によっては親指で1を表すなど、指での数の数え方はまったく異なります。それこそ、日本の文化を学んでいるのです。
加えて、手遊び歌のいいところは、基本的に親やまわりのお友だちと一緒に歌うところ。それこそ、呼吸を合わせなければうまく遊ぶことができません。ひとつ、面白い遊びを紹介しましょう。みなさん、有名な『あんたがたどこさ』はご存知でしょう。誰かと一緒に向かい合って歌いながら、歌詞の「さ」の部分で互いの両手を合わせてみてください。
さて、うまくできたでしょうか? 「さ」を意識するあまり、意外にタイミングが合わなかったという人もいるのではないですか? それでは、今度は曲のリズムに合わせてふたりで体を揺らしながらやってみてください。どうでしょう、今度はきっちりタイミングが合ったのではないでしょうか。これは、ふたりの呼吸、リズムをきちんと合わせられたからです。
子どもは、このように他人と同じことをすることを好みます。おもちゃなどの取り合いになるのはそのため。お友だちと同じものを持ちたい、同じことをしたいという欲求があるからです。そうして他人と同じことをすることによって、子どもたちは「人とつながっている感覚」を育み、社会の一員として育っていくのです。
はっきりとした研究結果としては示されていないものの、手遊び歌には、コミュニケーション能力や言語能力などさまざまな力を伸ばすという側面も確かにあるでしょう。でも、なにかの力を伸ばすために子どもに歌わせる、というのではなく、生活のなかで楽しみながら歌うだけで十分なのです。それがやがては、小学校に入ってからの学びの姿勢につながるのではないでしょうか。
『感性をひらく表現遊び―実習に役立つ活動例と指導案 音楽・造形・言葉・身体 保育表現技術領域別』
岡本拡子 著/北大路書房(2013)
■ 音楽教育のエキスパート・岡本拡子先生 インタビュー一覧
第1回:幼少期における音楽体験の意味――「音楽という環境」を通し子どもの感性を伸ばす
第2回:子どもの感性を育む「歌と五感」――幼い子どもの成長につながる歌ってどんな歌?
第3回:「手遊び歌」が子どもにもたらすもの――楽しく歌うことが「学びの姿勢」につながる
第4回:【年齢別おすすめ】子どもの想像力がアップする! 5つの「手遊び歌」
【プロフィール】
岡本拡子(おかもと・ひろこ)
1962年8月25日生まれ、大阪府出身。大阪教育大学大学院教育学研究科修士課程音楽教育専攻修了。聖和大学大学院教育学研究科博士後期課程幼児教育専攻満期修了。聖和大学助手、美作大学短期大学部講師などを経て、現在は高崎健康福祉大学人間発達学部子ども教育学科教授。大学在学中より幼稚園や小学校などで「歌のお姉さん」として活動。その後、子育てをしながら大学院で幼児教育を学ぶ。現在は保育者養成に携わりながら、幼児やその保護者を対象としたコンサートや保育現場でのコンサートをおこなうほか、子どもの歌の作詞・作曲を手がける、保育者研修の講師を務めるなど、幅広く活躍する。
【ライタープロフィール】
清家茂樹(せいけ・しげき)
1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立し、編集プロダクション・株式会社ESSを設立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。