あたまを使う/教育を考える/本・絵本/英語 2018.7.12

もっとも “英語らしい音” は絵本の中に。読み聞かせで味わう英語の「リズム」と「イントネーション」

吉野亜矢子
もっとも “英語らしい音” は絵本の中に。読み聞かせで味わう英語の「リズム」と「イントネーション」

かつて日本で教えていた頃に、英詩を教える機会がありました。

英語のアクセントは音を強く発音することで表現されますから、英詩も強弱でリズムをつけることになります。アクセントの組み合わせの数によって「歩格」と呼ばれるものが変わります。

強弱のリズムであったり、弱強のリズムであったり、様々なパターンがあるのですが、専門的な説明を始めると、たいがい学生さんは眠そうな顔になります。

無理もありません。英語を読むだけでも大変なのに、どうして詩をよむのだろう。こんなわけのわからないルールを学ぶのだろう、と思うのでしょう。

そんな時、私はよく手を叩いたものでした。

さて、私は今、何回手を叩いたでしょう?
31回です。
どうしてわかったのですか?
だって、短歌のリズムじゃないですか。

その通りです。5・7拍で組み合わされる言葉のリズムは、日本語話者だったら意識しなくても体に染み込んでいることでしょう。いちいち数を数えなくても、わかるのです。交通安全の標語まで、七五調なのですから。

「短歌を読むのが好きです」「詩を読むのが好きです」という人でなくても、おそらく日々の生活を日本語で送っていくうちに、どこかに染み付いている言葉のリズム。

そういう意味では、古典的な詩は言語の音の「くせ」のようなものと密着につながっています。英詩にふれる、ということは、そういう言葉のもつ音のくせにふれる、ひいては英語の最も英語らしいところにふれるということでもあると、私は考えています。

子どものための英文学第3回2

英語ネイティブにとって「心地よい」リズムは絵本の中に

大学院生になって英文学の勉強を始めたばかりの頃、「英語が上手になってくると、英詩がわかるようになるよ」と先生に言われました。

英語を話すことにはあまり苦労した記憶がないのですが、当時は英詩は全くわからず苦労したものです。意味はわかっても、なぜそのリズムが英語話者にとって「心地よい」のか、つかみかねていたのです。

曲がりなりにも、英詩のリズムの心地よさがわかるようになり始めてきた気がするのが、実は長男のために読み聞かせをしていた時期でした。

英語の絵本の読み聞かせをしているうちに、突然パズルのピースがはまるかのように、今まで頭でしかわかっていなかった英詩のリズムが理解できたのです。それは、名作とされる多くの子供向けの英語の絵本が、英詩の韻律に近い形で書かれていたためでした。

『マザーグース』のようなナーサリー・ライムが愛されている英語圏の子供向けの絵本は、実は英詩のリズムを意識した形で書かれているものが多かったのです。

考えてみれば、ナーサリー・ライム(nursery rhyme)は「童謡」としばしば訳されますが、語義だけを追うのであれば「子供部屋の詩」です。歌と詩、そして言葉はどれも密接につながっているものなのです。

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日本の名作絵本における「美しい言葉のリズム」

日本語で書かれた絵本でも、長く子供に愛されているものは、言葉のリズムが非常に良いものが多いように思います。たとえば、1960年代からずっと読み続けられている『ぐりとぐら』。

ぐりとぐら

カステラの美味しそうな描写もさることながら、読み聞かせている時に気づくのは「リズムの美しさ」です。

ぼくらの なまえは ぐりと ぐら
このよで いちばん すきなのは
おりょうりすること たべること

(引用:中川李枝子 作, 山脇百合子 絵(1967),『ぐりとぐら』,福音館書店.)

きれいな8拍5拍のリズムですね。

あるいは、もう少し年齢が上がって、かこさとしさんの『からすのパンやさん』から。

からすのパンやさん

かじだ かじだ
おおかじだ!
まっかっかの
おおかじだ!
けがにん たくさん
でたそうだ!

(引用:かこさとし(1973),『からすのパンやさん』,偕成社.)

こちらも声に出すだけでリズムの良さが楽しいですし、日本の方でしたらおそらく何も考えずに「かじだぁ、かじだぁ、おおかじだ」と、8・5のリズムで読むのではないかと思います。

ですから、お子さんに初めて英語の絵本を買ってあげたいなと思われる時は、できれば、もともとが英語で書かれている、リズムの良いものを与えてあげてほしいな、と思うのです。

よく愛されている日本の絵本の英訳も、何度か手に取ったことがあるのですが、残念ながらリズムの良い英訳に出会ったことはあまりないのです。

イギリスで愛されているリズムの良い英語絵本

イギリスでこよなく愛されている絵本から、今日は、日本語訳のある2冊をご紹介しましょう。まず1冊目は、ジュリア・ドナルドソンによる、The Gruffalo(『もりでいちばんつよいのは?』)。

The Gruffalo もりでいちばんつよいのは?

英文学者ジョナサン・ベイトは、2010年に出版された英文学入門書の中でこの作品を、21世紀前半に生まれた子供たちが最初に出会うかもしれない英文学作品として挙げました。そのくらい代表的な作品です。

日本語で読んでも楽しい絵本ですが、1999年の出版以来幅広く愛されているため、オンラインで無料で見れる英語の朗読が多いのも魅力です。

https://www.youtube.com/watch?v=mT23k7ABeZc&t=234s

聞いていただけるとわかると思うのですが、「た・たー」のように弱い音と強い音が交互に現れるパターンと、「だー・だ・だ」のように強い音に弱い音が2つ組み合わされたパターンがよく使われています。

どちらのパターンにも専門用語での名前がありますが、ここで大切なのは学術的な分析ができることではなく、本当にリズムの良い英語にふれることなのだと思うのです。

これは英語教育の目標をどのようなものとして設定するかとも関わってきます。「伝わる明確な英語」を大切だと考えるならば、アクセントを正しい場所におくことができるかどうか、というのは一つの鍵になってくるからです。

もう一冊、翻訳が1991年に絵本にっぽん賞特別賞を受賞した『きょうはみんなでクマ狩りだ』をご紹介しましょう。原書はWe’re Going on a Bear Huntというタイトルの、アメリカの民謡を下敷きに、児童文学者マイケル・ローゼンが語り直した絵本です。

We're going on a Bear Hunt きょうはみんなでクマ狩りだ

こちらは著者ローゼン氏本人の朗読で、一冊まるまる聞くことができます。英語の言葉のリズムがそのまま詩になり、音楽につながっていくような感覚が、一番わかりやすいのではないかと思います。

まずは日本語でふれても良いですし、英語でふれても楽しいかもしれません。

日本人の子供たちがもしも、リズムの良い「英語らしい」英語にふれたいと思うのであれば、最初から英語で書かれた絵本を手に取るといいでしょう。これらの英語の絵本は、豊かな音韻の宝庫ですから。

そして、音から文字へ、歌から本へと、誘われていってくれればと思うのです。

(参考)
Bate, Jonathan, English Literature: A Very Short Introduction, (Oxford: Oxford University Press, 2010)
Donaldson, Julia, The Gruffalo,  (London: Macmillan, 1999)
Rosen, Michael, We’re Going on a Bear Hunt,  (London: Walker Books, 1989)
かこさとし(1973),『からすのパンやさん』,偕成社.
ジュリア・ドナルドソン (Donaldson, Julia), 久山太市 訳(2001),『もりでいちばんつよいのは?』,評論社.
中川李枝子 作, 山脇百合子 絵(1967),『ぐりとぐら』,福音館書店.
マイケル・ローゼン (Rosen, Michael) , 山口文生 訳(1991),『きょうはみんなでクマがりだ』,評論社.