Aちゃん「後ろの2人が右手に持っているのはヴァイオリンの弓かな」
私「ヴァイオリンによく似ているけれど、チェロの弓だと思うよ」
Aちゃん「何の楽器を弾いているんだろう?」
私「楽器に見えるよね。でも、これは楽器ではなくてのこぎりみたいだよ」
Aちゃん「ずいぶん曲がりやすいのこぎりだね」
私「曲がりやすいというより、たわみやすいのね」
(Robert Cressey作品)
この対話における私の工夫に気づいたでしょうか? 目的は、子どもの語彙力を伸ばすこと。子どもたちの言葉を復唱しながら、「ヴァイオリン」から「チェロ」へ、「曲がりやすい」から「たわみやすい」へと言い換えてあげることで、語彙力を高めることができます。
子どもたちは、アート作品を見ながら対話することで、動作を表す言葉やモノの名前を覚えていきます。絵画に描かれたり写真に写されたりしているモノと身の回りのモノを見比べながら、身の回りにないモノの名称まで知ることで、生きた語彙力を身につけることができるのです。
さらに対話は続きます。
Aちゃん「後ろの2人はなんだか楽しそうだね」
私「どうして楽しそうだと思うの?」
Aちゃん「喜んで笑っているようにみえるから」
私「どんな喜び?」
Aちゃん「手前の子どもの様子が楽しそうに見えるのが嬉しいからかなぁ」
私「そうね。子どもを優しく見守ってあげている感じ?」
Aちゃん「うん。自分の子どもが好きで、見ていて嬉しいのかもしれないね」
私「我が子を愛おしく思う気持ちかな。愛情がにじみ出ているんだね」
ここでも本人の了解を得ながら、子どもの発言をより明確な言葉に言い換えて対話を進めています。
子どもたちは、行動や心情などの目に見えない事柄を表す抽象的な語彙を、まだ大人のように豊富に持ち合わせているわけではありません。自分の知っている少ない語彙をフル活用して、一生懸命に伝えてくれます。
そのため、具体的な言葉で言い表したり、擬態語や擬声語を多用したりする傾向にあります。行動や心情についての子どもならではの表現を言い換え、より豊富な語彙を示すことで、子どもたちの表現力を高めることができるでしょう。
対話を通して「生きた語彙力と豊富な表現力」を身につけよう
表現力と表現するのに必須の語彙力は、辞書を引いて覚えるのではなく、対話などのコミュニケーションを通して運用しながら身につけていくことが大切です。こうした対話を通した学びは、自ら知を獲得していこうとする「非認知スキル」を磨くのにも役立ちます。
対話の際に気をつけたいのは、子どもの言葉を決して否定しないこと。「違うよ、そういうときは○○と言うんだよ」などと、大人目線で判断して、訂正してはいけません。
子どもとの対話の場での断定的な声掛けや、否定したり訂正したりする声掛けは、子どもの自立性を損ない、自信を失わせてしまいます。あくまでも子どもの視点に立って、その子の言葉を尊重しつつ、自然に言い換えてあげることが大切です。
対話では、子どもの発言を肯定する姿勢を貫きましょう。じっくりと耳を傾け、復唱してあげることで、お子さんは受け入れてもらえていると感じ、安心します。
さらに子どもと同じ目線で問いを投げかけることで、その子の思考を紐解くことができます。そのときに、より適切な語彙や意味づけを、子どもと一緒になって探したり、考えたりする態度で接してあげると良いでしょう。
【写真作品1】人物の関係性や空間の把握能力アップ
さて、冒頭でご紹介した対話型鑑賞の一例は、写真を使ったものでした。芸術鑑賞と聞くと絵画作品の鑑賞をイメージする方が多いかと思いますが、もちろんそれだけではありません。写真作品や文字による作品を鑑賞するのも、おもしろいものです。今回はその実践例をご紹介しましょう。
写真作品の鑑賞で、子どもたちは絵画作品とは異なる、さまざまな点に気づきます。例えば冒頭でご紹介した、こちらの作品を改めて見てみてください。どんなことに気がつくでしょうか?
(Robert Cressey作品)
私が実践したときは、子どもたちからこんな声があがりました。
- これは親子の写真かな。
- この写真を撮ったのは子どものお兄ちゃんか、おじいさんかもしれない。
- 手前の子どもはどんな表情をしているのかな?
- のこぎりはどんな音がするんだろう?
写真作品の鑑賞では、被写体と撮影者との関係性や、写真に写っているシーンの外側にあるものへの関心が生まれます。そのため、対話を通して、人物の関係性や空間の把握能力を自然に高めていくことができるのです。
【写真作品2】季節や人物像、心情の類推力アップ
お次はこの作品。これを見て、何か気づいたことや感じたことはありますか?
(Robert Cressey作品)
私が子どもたちと鑑賞したときは、根拠とともにさまざまな発言が得られました。
- おじいさんと孫の写真かな。
- 散歩してちょっと一休みしているのかな?
- ホームレス? それにしては良い服装をしている……。
- 厚手の服を着ているから、冬だと思う。
- 影が長いから、朝だと思う。
- 宮殿の前? 博物館の前?
このように被写体の様子や状態から、写された季節・時代・時間、人物像・状態・心情などを類推する力を身につけることができます。類推力を高める素材として最適なのは、人物が写された作品や奥行のある作品です。後ほど写真作品の入手方法をご紹介しますから、ぜひ活用して興味のある作品を見つけてください。
【写真作品3】謎めいた作品で想像力アップ
デジタル加工された、ちょっと謎めいた作品も、子どもたちの想像力をふくらませるのに役立ちます。撮影された風景にアーティストのイラストや編集が加わり、見ているだけでおもしろいので、お子さんだけでなく親御さんも存分に楽しめることでしょう。
(Marijke Mosterman作品)
【文字作品1】字配りや墨の濃さの意味を探り、考察力アップ
絵画や写真作品の延長として、俳句や短歌、詩のような、視覚的に鑑賞できる短い作品の鑑賞も効果的です。例えば、松尾芭蕉による名句を墨で記し、花のオブジェを添えたこちらの作品。
(Kumi Moritz作品)
一見シンプルに見える作品ですが、子どもたちから豊かな発想や気づきがたくさん生まれました。
- 『なつくさや』と『つわものどもの』の間の空きは、時間の隔たりを表すんじゃないかな?
- 濃い墨は現代を、薄い墨は過去を表すと思う。
- 漢字だと意味が決まっているけれど、ひらがなには多様な意味が含まれるね!
俳句の内容だけではなく、字配り、墨の濃さ、漢字表記とひらがな表記のバランス、さらに添えられたオブジェとの関連性や意味まで探り始めたのです。子どもたちの柔軟な発想はすばらしいですね。
【文字作品2】言葉の意味を探り、解釈力アップ
最後は、江戸時代中期の俳人・与謝蕪村の作品「夏川を こすうれしさよ 手にぞうり」。
今回も、子どもたちの口からさまざまな解釈が飛び出しました。
- 「夏川」は地名かな?
- 夏の川だと思う!
- 夏に川、という意味かもしれない!
- あまのがわ(天の川)を指すんじゃないかな。
対話を通した読解によって、一人で読んだだけではなかなか気づけない視点に出会うことができます。多様な解釈の可能性を感じ、字面の背後に広がる世界への想像力も高まることでしょう。
ですから、対話による韻文の鑑賞で培った力は、長文の読解にも必ず役立ちます。さらに、文字作品の対話型鑑賞を通して、図表やグラフを読み取る力も伸ばすことができます。
さらに対話を終えてから、鑑賞を通して感じたことや考えたことを自由に記述する機会を設けることで、論理的な思考力や表現力を高めることが可能になります。
鑑賞に使うアート作品を無料で入手する方法
最後に、対話型鑑賞におすすめの作品の入手方法をご紹介しましょう。俳句や短歌、詩のような文字作品は、教科書や学校で配られる資料集、お手持ちの詩集などを使うこともできますが、写真作品をお持ちの方はあまり多くはないかと思います。
アメリカ・シカゴ美術館のサービス「Discover Arts & Artists」では、いつでもどこでも誰でも、無料で所蔵作品を閲覧・ダウンロードできます。約4万点の豊富な作品があり、絵画作品だけでなく写真作品も楽しめます。
例えば、20世紀を代表する写真家のアンリ・カルティエ=ブレッソンの英語名「Henri Caritier-Bresson」を検索欄に入力すると、このように彼のたくさんの写真を見ることができます。
会員登録も不要なので、気軽に試すことができるでしょう。
名作写真を親子で味わう! オススメ作品集
さらに、もしご興味のある方は、以下のような写真集をお使いいただいてもいいでしょう。
■『ロバート・キャパ写真集』(岩波書店)
「世界最高の戦争写真家」と称されるロバート・キャパが撮影した約7万点のネガから、戦いの中の光景を中心に236点が収録されています。比較的お求めやすい価格なので、写真集は初めてという方にもおすすめです。
■『ドアノーの贈りもの 田舎の結婚式』(河出書房新社)
20世紀フランスを代表する写真家、ロベール・ドアノーによる、幸せな結婚式の光景がまとめられた写真集です。愛情が感じられる写真作品は、きっと親子で楽しめるはずです。
■『ポートレイト 内なる静寂―アンリ・カルティエ=ブレッソン写真集』(岩波書店)
アンリ・カルティエ=ブレッソンによる、大型の写真集です。多少お値段ははりますが、大きなサイズの写真作品が並ぶので、鑑賞にぴったりですよ。
ぜひ、絵画作品だけでなく、写真や文字作品の鑑賞にも親子でトライしてみてください。きっと新たな発見があるでしょう。
※Robert Cressey、Marijke Mosterman、Kumi Moritzによる作品は、それぞれのアーティストから許可を得て使用しています。個人の鑑賞以外の用途の使用はできませんので、ご注意ください。