「イエナプラン(Jenaplan)教育」とは、ドイツのイエナ大学教授ペーター・ペーターゼンが生み出した、子どもたちの個性を大切にして対話を重視する学校教育です。異なる年齢の子どもたちがいっしょに学習するこのやり方は、特にオランダで人気を博しています。今回は、まだ日本での知名度が高くないイエナプラン教育について、簡単にご紹介します。
イエナプラン教育の発祥
イエナプラン教育を生み出したのは、ドイツの教育学者ペーター・ペーターゼン(1884~1952)。1923年、ドイツ中部・テューリンゲン州のイエナ大学で教授となり、翌年から大学付属学校で自身の教育理念を実践していました。そして1927年、スイスで開催された教育系の国際会議において、その成果を発表。これをきっかけに、ペーターゼンの教育案はイエナプランとして知られるようになったそうです。
ところが第二次世界大戦後、テューリンゲン州は東ドイツに属し、共産圏となります。1950年、イエナ大学附属校は閉鎖の憂き目にあい、ペーターゼン自身が1952年に亡くなったこともあって、イエナプラン教育はあまり普及しませんでした。
しかし、オランダの著名な数学者であるハンス・フロイデンタールの妻、スーザン・フロイデンタール=ルッター(1908~1986)が、イエナプランを積極的に紹介したことにより、1960年代以降、イエナプラン教育を導入した学校(イエナプラン校)がオランダで爆発的に増加したそう。2000年代には少なくとも200以上のイエナプラン校がオランダに存在していたとのことです。どうやら、イエナプラン教育が最も受け入れられている国は、オランダのようですね。
イエナプラン教育の理念
イエナプラン教育の方針は、どのようなものなのでしょう。いかなる理念にもとづいて子どもを育てるのでしょうか?
それについては、1990年に生まれた「イエナプラン20原則」を見るとわかります。「20原則」とは、ペーターゼンの著作の内容が簡潔にまとめられたもの。以下は、オランダ・イエナプラン協会のWebサイト上に掲載されている「20原則」の要約です。
- 人はそれぞれたった一人しかおらず、異なる価値観を持っている。
- 全ての人には、アイデンティティをはぐくむ権利がある。
- アイデンティティをはぐくむには、本物の社会や文化に直接触れる必要がある。
- 全ての人は、完全な人間として認められる。
- 全ての人は、文化の革新者として認められる。
- 人間は、全ての人の価値観と尊厳を尊重する社会の実現に取り組まなければならない。
- アイデンティティをはぐくむ機会を与えてくれる社会の実現に取り組まなければならない。
- 違いや変化が公正で建設的に扱われる社会の実現に取り組まなければならない。
- 地球および宇宙が丁寧に扱われる社会の実現に取り組まなければならない。
- 自然的・文化的資源の使用に責任をもつ社会の実現に取り組まなければならない。
- 学校とは、社会に影響を与え、社会から影響を受ける自治組織である。
- 学校において、大人は上記1~10の原則を教育の基本とする。
- 教育内容は、子どもたちの暮らしや経験、文化などから採られる。
- 学校において、授業は教育学的な意図のある状況で行われる。
- 学びは、対話・遊び・作業・行事という4つの基本アクティビティで形成される。
- 学校では、年齢や能力の度合いが異なる子どもたちによる混合グループを作る。
- 子どもの独立的な遊び・学びと、教員による指導が、交互に行われる。
- 学校で中心的な位置を占めるのは、周辺世界の探求である。
- 子どもたちの行動や成績は、子ども一人一人の成長という観点から判断される。
- 学校において、変化とは、実行と内省を繰り返す終わりのないプロセスである。
イエナプラン教育の方法論
上記の「イエナプラン20原則」は、どのような方法論に落とし込まれているのでしょう? 以下ではイエナプラン教育の特徴を紹介します。
1. 異なる年齢の子どもたちがグループを組む
「20原則」の第16番目にもあるように、イエナプラン校においては、異なる年齢の子どもたちがグループとなって学びます。学校によって異なるようですが、たとえば6~8歳、9~11歳といった区分でグループを組むのです。この場合、8歳の子どもは翌年に次のグループへ移動し、元のグループには新しく6歳になった子どもたちが入ってきます。グループの構成員は毎年変化していくのです。
日本はもちろん、多くの国では年齢別にクラスを分けるのが一般的ですが、「異年齢集団」において子どもが学べることは多くあります。教育史を専門とする佐久間裕之教授(玉川大学)によると、「異なる年齢・階層・能力の男女を混ぜ合わせること」は以下のような利点を持つそう。
その要点は、年齢、成績、学校経験に差のある子ども同士でお互いに助け合うことができるという点にある。例えば、年齢差のある子どもが同じグループ内にいることによって、年少の子どもは年長の子どもを手本にし、模倣できる。特に新入生にとっては彼らの面倒をみてくれる年長者からの配慮によって、入学時から安心感をもって学校生活が始められることになる。成績優秀な子どもは自分の知識を他の子どもに提供することで、自分自身の学習の進度を知るとともに、自分の知識を確実にできるし、成績のよくない子どもも学校経験の少ない子どもを援助することができる。
(太字は編集部にて施した)
(引用元:鳴門教育大学|ペーターゼンにおけるMischungの教育的意義)
2. 対話・遊び・作業・行事の循環
「20原則」の第15番目に書かれているように、イエナプラン校における活動の基本は、「対話」「遊び」「作業」「行事」の4つ。これらは「人間の生活において発展してきた、学習と自己陶冶の基本形式」なのだそう。具体的には、以下のようなことを指します。
対話
子どもたちが輪になって、さまざまなテーマについて話し合ったり、発表を行ったりする。教師は進行役となる。また、授業中にも、子どもと教師、あるいは子ども同士による対話が行われる。
遊び
算数や国語などの学習に、遊びの要素が取り入れられる。踊りや演劇、スポーツも含む。
作業
集団授業や造形学習、花壇や教室の整備が該当する。自習の時間が多く設けられており、子どもはそれぞれ自分に合った時間割を作成して学習を進める。この際、教師は子どもの様子を見て声をかけたり、質問に答えたりする。
行事
夏祭り、誕生日、新入生歓迎会など。年長の子どもの指導によって、教師と話し合いながら計画される。「子どもたちが喜怒哀楽を共有し、連帯心を強める機会」。
3. 「リビングルーム」としての教室
イエナプラン校の教室は、学校における「リビングルーム」だと考えられています。教育方法学を専門とし、山口大学で講師を務める熊井将太氏によると、先生と子どもが話し合いながら教室の環境を整えて「楽しさと温かさをもった空間」を作ることにより、「集団への所属感と責任感」の形成が期待されるそう。
また、「リビングルーム」は一般的な教室と異なり、自由に移動可能な机・椅子が配置されているのが特徴。それは、動かしにくい机や椅子だと、子どもは全員が授業中に前を向いて座ることになるので、授業は教師の講義が中心になりがちだから。動かしやすい机・椅子なら、グループ活動がやりやすいですね。
さらに、自習中の子どもが自由に使える、本やPCを置くのも重要だそう。疑問を持ったらすぐに調べる、という習慣がつきそうです。
4. ワールドオリエンテーション
「20原則」の第18番目には「学校で中心的な位置を占めるのは、周辺世界の探求である」と書かれています。この「探求」とは、「ワールドオリエンテーション」と呼ばれる、教科横断的な総合学習のこと。
科学教育を専門とする村上忠幸教授(京都教育大学)によると、ワールドオリエンテーションはイエナプラン校だけでなく、オランダの小学校全体で行われているのだとか。教育文化科学省のカリキュラムでは、文化 ・社会、自然領域をカバーする「コミュニケーション」「環境と地形」といった7つの領域が指定されており、これらに関するグループ学習を通じ、子どもたちは科学と社会の関係を学ぶのだそうです。
イエナプラン教育とモンテッソーリ教育の比較
さて、ここまでイエナプラン教育を概観してきました。いわゆる伝統的な教育方法とは異なる「オルタナティブ教育」のひとつとして、イエナプランは非常に個性的だということがわかりましたね。
ところで、イエナプラン教育は、ほかのさまざまなオルタナティブ教育とどのように異なるのでしょうか? 似ている点や違った点を比較することで、より特徴がつかみやすくなるはず。2007年~2010年にオランダの日本人学校で勤務していた、中富良野町立旭中小学校の校長・岸政継氏によると、オランダにおけるオルタナティブ教育校のなかで最も多いのが、約240校のモンテッソーリ校。イエナプラン校は約220校で、2番目に多いようです。では、イエナプラン教育とモンテッソーリ教育を比べてみましょう。
モンテッソーリ教育を考案したのは、イタリア出身の医師マリア・モンテッソーリ(1870~1952)です。モンテッソーリ教育では、子どもには「自分で自分を育てる力」が備わっていることが前提とされています。この力を発揮できる環境を子どもに与え、自発的な活動によって成長させることが基本的な理念です。自習を重視するイエナプラン教育と通じるものがありますね。
イエナプラン教育とモンテッソーリ教育の共通点は、ほかにもあります。それは、異なる年齢の子どもを同じクラスに編成すること。たとえば、日本では珍しいモンテッソーリ教育の小学校「マリア・モンテッソーリ・エレメンタリースクール」(横浜市)では、児童を1~3年と4~6年に分けてクラスを作っているそう。学校の公式サイト上では、そのメリットが以下のように記されています。この点ではイエナプラン教育と同じ考えのようですね。
この縦割りクラスの大きなメリットは、一番下・真ん中・一番上と毎年異なる立場で様々な経験を行うサイクルが出来ている点です。入学して間もない1年生の時に、手を取って教えてくれた3年生を見て育つうちに、3年間で自然に社会性が培われ、他者を思い遣る心が育ちます。
(引用元:マリア・モンテッソーリ・エレメンタリースクール|本スクールの特色)
もちろん、異なる点も多くあります。たとえば、どのような教育手法を採用しているかです。モンテッソーリ教育においては、「教具」と呼ばれる専用の道具が使われます。カラフルなパズルや積み木のような道具が多く、これらを動かすことによって数の概念や地理が学べるほか、指先の感覚が鍛えられます。上述の「マリア・モンテッソーリ・エレメンタリースクール」では、午前中は児童がそれぞれ教具を使ったり実験を行ったりする「モンテッソーリ活動」の時間で、午後は教科書などを用いた教科学習の時間のようです。
一方、イエナプラン教育では、「対話」や「行事」といった活動に見られるように、子どもたちのあいだのコミュニケーションが特に重視されています。もちろん、モンテッソーリ教育においてもコミュニケーションは行われますが、子どもたちが輪になってさまざまな事柄を話す時間が特別に設けられているのは、イエナプランの大きな特徴といえるでしょう。
日本にイエナプラン教育の学校はある?
さて、ここまで読んでみたら、イエナプラン校に子どもを通わせてみたくなったかもしれませんね。日本にはイエナプラン校はあるのでしょうか?
実は2019年4月、長野県佐久穂町に日本初のイエナプラン校「大日向小学校」がオープンする予定なのです。オランダのイエナプラン教育をそのまま輸入するのではなく、日本に合った形のイエナプラン教育を検討しているそう。2018年10月現在、設立認可を申請中。東京では2017年以来、数十回の保護者向け説明会が開催されていますが、満席が続いているようです。
日本ではまだまだ貴重な、オルタナティブ教育を本格的に実践する小学校。気になる方は、ぜひチェックしてみてください。
イエナプランを知る本
「イエナプランをもっと知りたい!」という方には、基本的な情報がまとまった本を手にとってみることをおすすめします。まずは、日本の教育界にイエナプランを紹介し、一般社団法人・日本イエナプラン教育協会の特別顧問であるリヒテルズ直子氏の著作『オランダの個別教育はなぜ成功したのか イエナプラン教育に学ぶ』(平凡社、2006年)。イエナプランについて日本語で書かれた貴重な本で、多くの人に読まれています。
ほかに日本語で読めるものとしては、イエナプラン敎育の専門家であるフレーク・フェルトハウズ氏とヒュバート・ウィンターズ氏が著し、リヒテルズ氏が訳したシリーズ『イエナプラン教育ってなに?』『イエナプラン教育をやってみよう!』『イエナプラン教育と共に歩む』(ほんの木、2017年)があります。オランダでは、イエナプランに関わる人の必読書だそう。電子書籍なので、気になったらワンクリックですぐに読むことができます。
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年齢の違う子どもを同じクラスにする、自習時間が多いなど、日本人にとっては驚くことばかりでしたね。もしもイエナプラン校に我が子を入れたら、自分と考えの違う他者を自然と受け入れる多様性や、興味を持って学習を進める自律心が育ちそう。就学前のお子さんをお持ちなら、検討してみてはいかがでしょうか。
(参考)
コトバンク|ペーター ペーターゼンとは
鳴門教育大学|ペーターゼンにおけるMischungの教育的意義
NJPV|Basic principles
StudyHacker こどもまなび☆ラボ|尾木ママ絶賛! “日本教育の3周先を行く“オランダの「イエナプラン教育」
StudyHacker こどもまなび☆ラボ|モンテッソーリ教育とシュタイナー教育の違いは? 理念と方法論を徹底比較
山口大学図書館|異年齢学級教育の可能性と課題 : イエナ・プランを中心に
東洋経済オンライン|日本の教育、「皆同じでなければ」への違和感
東京都市大学|開かれた教育改革モデルとしてのイエナプラン
J-STAGE|オランダの科学教育(ヘッドライン:海外の科学教育)
東京学芸大学 国際教育センター|オランダの教育事情について
マリア・モンテッソーリ・エレメンタリースクール|本スクールの特色
佐久穂町イエナプランスクール設立準備財団