子どもの成長のためには、充分な睡眠と規則正しい生活習慣が必要です。子どもに質の良い睡眠を取らせるには、どんな工夫をしたら良いのでしょうか。早寝早起きの工夫やヒントを、睡眠の専門家である明治薬科大学の駒田陽子先生にお聞きしました。
構成・編集/木原昌子(ハイキックス) 取材・文/田中祥子 写真/児玉大輔(インタビューカットのみ)
朝と夜の明るさのメリハリを味方に睡眠習慣をつくる
眠りは長さと質とリズムを考えることが大切です。人間は昼に活動して夜は寝る昼行性の動物なので、体の中に備わっている体内時計をそれに合わせて整えなければいけません。生まれたばかりの子どもは、寝たり起きたりを数時間ごとに繰り返します。日中に寝ているときは明るいままにして、夜に起きたときにはあまり明るくしないであげましょう。昼夜で明るさのメリハリをつけることによって、子どもの体内時計のリズムがはっきりとしてきます。
体内時計は24時間より少し長い周期になっています。そのため、私たちは夜更かしと朝寝坊をしやすいのです。ずれた時計を前倒しして毎日を24時間に合わせるには、午前中に光の信号を目から入れて脳に知らせることが必要です。子どもは昼間は太陽の下でたくさん動くことによって光を浴びることができます。“昼間の活動が多い” “光が明るい” という2つの条件が整うと体内時計がきちんと作動し、夜ぐっすり眠る体を作ってくれます。
寝る前のテレビやゲームは睡眠を阻害する
眠りを促す「メラトニン」という物質は周辺が暗くなると分泌され始めるので、夕方以降は部屋の照明の明るさを少し落とし気味にすると良いでしょう(インタビュー第3回参照)。ブルーライトはメラトニンの分泌を抑制する作用があるので、オレンジ色の白熱灯色の光の間接照明やダウンライトなどの利用をおすすめします。
テレビやスマートフォンのディスプレイにも注意が必要です。電子機器を使うことで頭も興奮してしまうので、寝つきが悪くなってしまいます。気持ちを落ち着かせるような雰囲気で過ごさせることも大切ですね。
そして、朝すっきりと起きるにはコツがあります。先ほどもお話しましたが、体内時計は光の信号で調整されるので、朝はカーテンを開けて部屋を明るくして、起きる時間だと体に知らせてあげると良いでしょう。
それから、「コルチゾール」というホルモンには、血糖値と血圧を上げて起床の準備をする働きがあります。興味深いことに、起床時間を意識することでもコルチゾールの分泌を調整することができるのです。
ある実験で、寝る前に「朝9時まで寝てもいい」と「6時に起こします」と言った場合とを比べてみると、6時に起こすと伝えた条件では朝5~6時にコルチゾールが多く分泌されたのに対して、9時まで寝ていいと伝えた条件では朝5~6時のコルチゾール分泌は少ないものでした。
つまり、起きる時間を意識することで、寝ている間でも体の中で起きるための準備が始まるのです。夜寝る前に「明日は7時に起きようね」と声を掛けてあげることも大切なのかもしれません。
また、朝から活動できる体をつくるためには、朝食も大切です。体内時計の中心は脳の中にありますが、体のあらゆる細胞も体内時計を持っています。内蔵の時計はきちんと食事を取ることで作動するのですよ。
朝食を英語では “breakfast” といいますが、これは “fast(断食)” を “break(破る)” ことを意味する言葉です。朝食が7時、昼食が12時、夕食が夜7時とすると、寝ている間が1日で一番長い食べない時間(断食)になり、朝食が “breakfast” になります。この断食を破ることが、体内時計の朝のスイッチになっているのです。
もし朝食を食べないで昼食、夕食、夜食を食べたとすると、昼食が “breakfast” になり、内臓の体内時計がずれてしまいます。週末はゆっくり起きて朝食と昼食を合わせてブランチを取るというご家庭もあるかもしれませんが、朝食は毎日決められた時間に摂ることが大切なのです。
週末にのんびりすると「ソーシャルジェットラグ」に!
ソーシャルジェットラグ(社会的時差ボケ)という言葉をご存じでしょうか。週末にいつもよりゆっくり起きたり、夜更かしをしたりすることで、海外旅行で長距離の飛行機に乗ったときと同じような時差ボケ状態を作り出してしまうことを指します。
ソーシャルジェットラグになると、体内リズムが乱れます。その影響は翌週の前半まで及び、日中のパフォーマンスを低下させてしまうのです。また、子どもの日中の活動機能や学業成績にも、ソーシャルジェットラグは影響します。日本の幼稚園・保育園児を対象とした研究では、朝型の子どもに比べて夜型の子どもはソーシャルジェットラグが大きい傾向にあり、多動傾向があるほか、仲間関係にも悪影響があることがわかっています。
さらに、子どものゴールデンウィークや夏休みなどの長期休暇の生活習慣の乱れは深刻な影響を与えます。不登校の児童が休み始めた時期は7~9月が最も多く、夏休み明けの睡眠専門クリニックは小中学生が多く相談にきます。多くの子は学校が始まれば元通りに起きられるようになりますが、夏休みの習慣がなかなか解消できずに起きられなくなってしまうこともあります。ソーシャルジェットラグを起さないためには、休みの間も規則正しく過ごすことが大切です。
大人が率先して睡眠時間確保することから始めましょう
米国睡眠財団は、子どもに規則正しい睡眠生活習慣を身につけさせるには、それを妨げるような習慣(夜の光、うるさい音楽など)は親がきちんと禁止すべきだとしています。さらに、大人が手本になるように、生活の中で睡眠の優先順位を上げてよい睡眠を実行することを説いています。
日本では、30~40代の女性が他の年代の女性や男性に比べて睡眠時間が少なくなっています。子育てに加えて仕事や家事、介護の負担による影響が大きいのでしょう。大人でも、寝るということは体の土台となるものなので、睡眠時間を何とか確保してもらいたいと思っています。親御さんは、お子さんを寝かしつけるときに少し寝てしまって、また起き出して残りの家事を片付けることもあるかと思いますが、ばらばらに分断された睡眠はかえって辛いものです。思い切ってお子さんと一緒に早く寝て、朝早く起きた方が、まとまった睡眠時間が確保できて良いかもしれません。
子どもに大切な「成長ホルモン」は、大人にとっては肌など全身の細胞のメンテナンスに必要なものです。睡眠不足になると太りやすいのは大人も同じ(インタビュー第2回参照)。忙しい大人も子どもも睡眠は大切です。家族一緒になって睡眠を確保するように心掛けてください。
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現代の子どもたちは幼児期から忙しいスケジュールで行動し、結果的に睡眠が削られるケースが多く見られます。でも睡眠を軽視することは、後々の体や心の発達に負債を抱えさせてしまいます。正しい睡眠習慣でたっぷり寝かせることが、子どもが成長するための一番の課題なのです。
■ 明治薬科大学准教授・駒田陽子先生 インタビュー一覧
第1回:“世界一寝不足”な日本の子ども。「11時間37分」が示す、眠りにまつわる切実な問題
第2回:寝るのが遅いと自己肯定感が下がる。デメリットだらけの「子どもの睡眠不足」
第3回:「昼寝のせいで夜なかなか寝ない」問題の解消法。朝のグズグズ防止にも効果大!
第4回:「起きる時間」を意識させるだけ! 子どもの早起きを楽にするちょっとしたコツ
【プロフィール】
駒田陽子(こまだ・ようこ)
明治薬科大学 リベラルアーツ准教授。早稲田大学にて博士号(人間科学)取得。日本学術振興会特別研究員、国立精神・神経医療研究センター特別研究員、東京医科大学睡眠学講座准教授を経て現職。日本睡眠学会、日本時間生物学会の評議員を務める。睡眠が心身の健康に及ぼす影響の研究に従事。