からだを動かす/教育を考える 2019.11.28

自らの体を自在に動かす“7つの能力”と「運動センス」を高める意外な方法

自らの体を自在に動かす“7つの能力”と「運動センス」を高める意外な方法

「コーディネーション・トレーニング」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。もともとは旧東ドイツで確立された、いわゆる「運動センス」を高めるための理論です。それが、いまは「子ども向け」のものが広まるなど、徐々に教育現場での注目度も高まっています。コーディネーション・トレーニングではどんな力を伸ばせるのか、東京学芸大学教育学部准教授である高橋宏文先生が教えてくれました。

構成/岩川悟 取材・文/清家茂樹 写真/石塚雅人(インタビューカットのみ)

自分の体を自在に動かすために必要な7つの能力

いま、注目度が徐々に増している「コーディネーション・トレーニング」とは、いろいろな動きを体験してそのときの感覚を組み合わせ、体の動きや力の加減を状況に応じて調整することで、狙った動きをできるようにするためのトレーニングのことです(第3回インタビュー参照)。

「コーディネーション」とは日本語では「調整する」という意味ですが、それには「定位」「リズム化」「バランス」「識別(分化)」「反応」「連結」「変換」という7つの能力があるとされています。では、それぞれについて簡単に解説していきます。

まずは「定位」。これは相手や味方、ボールなどとの位置関係や距離を感じる力、把握する力です。パスを出すにも、味方が10メートル先にいるのか30メートル先にいるのかでは、必要な力はまったく変わってくる。その判断のために必要な力が定位です。

そして、パスをするにも、味方が走っているような状況ならタイミングが重要となります。そのために必要な力が「リズム化」。これは、タイミングをはかることのほか、縄跳びなどをするときに一定のリズムで跳ぶといったことにも必要とされます。

次に「バランス」。必要な体勢を保つ力のことですが、これにはふたつの種類があります。ひとつは止まっている状態での静的なバランス、もうひとつが体を動かしている状態での動的なバランスです。スポーツでは動きながらぎりぎりのところでバランスを取るということが求められますから、このバランスの力もとても大切です。

自らの体を自在に動かす“7つの能力”と「運動センス」を高める意外な方法2

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「識別」の力が飛び抜けて優れていたイチロー選手

続いて「識別」。これは「分化」とも呼ばれ、用具を意のままに操作する器用さのことです。この力が飛び抜けて優れているアスリートというと、野球のイチロー選手が挙げられます。「バットに神経がいきわたっている」なんていう表現もありますが、イチロー選手は、それこそ自分の手のようにバットをコントロールできますよね。

また、その用具を扱う際の力の加減も識別の能力に含まれます。強く力を込めるのか、あるいはすっと力を抜くのか、スポーツでは状況に応じて力の強弱を使いわける必要がある。必要なときに必要なだけの力を出力できるかということも、運動では大切な要素です。

それから、「反応」というのは素早さのこと。音や人の動きなどの情報を素早く察知し、それに対して正しくスピーディーに動きだす力のことです。短距離走のスタートをイメージするとわかりやすいでしょう。

次の「連結」とは、いくつかの異なる動作をつなげる力のことです。たとえば、走り幅跳びでも、必要な動作は跳躍だけではありません。助走に入って徐々に走るスピードを上げ、踏み切って跳躍したら必要な空中姿勢を取って着地する。これら一連の異なった動作をいかにスムーズにつなげられるかということが大切です。

最後が「変換」状況に合わせて素早く動作を切り替える力のことです。陸上のトラックを走る場合、直線とカーブとでは、走り方を切り替えなければなりません。カーブに入ったら、外側の腕を大きく振るとか、体を内側に傾けるといった必要があります。あるいは、野球でバウンドが変わったボールに反応して捕球するにも、この力が大切となります。

自らの体を自在に動かす“7つの能力”と「運動センス」を高める意外な方法3

コーディネーションのあらゆる力を伸ばすキャッチボール

では、これら7つの能力を上げるためには、どんなコーディネーション・トレーニングをすればいいのでしょうか。わたしは、キャッチボールをおすすめしておきます。キャッチボールというと、野球ボールを使うことをイメージすると思いますが、それだけでなく、ドッジボールなどさまざまなボールを使ってみましょう。いろいろな用具を使えば、それだけ幅広い動作をすることになり、さまざまな能力を伸ばすことにつながります

キャッチボールひとつでも、先に挙げた能力に含まれるいろいろな力を伸ばせます。たとえば、相手やボールとの距離感を測るのですから「定位」が含まれますし、タイミング良くボールを離さなければなりませんから「リズム化」も含まれます。安定したフォームで投げるには「バランス」が必要ですし、ボールやグラブといった用具を使うには「識別」の力も必要。ほかにも「反応」や「連結」の力も鍛えられますし、相手が投げたボールがそれるようなことがあれば、「変換」の力も必要でしょう。

キャッチボールというと、「コーディネーション・トレーニング」と聞いてどんなものかと期待していた人には、もしかしたら拍子抜けだったかもしれませんね。コーディネーション・トレーニングという呼び名や概念は、理論が確立されるときに整理されたものに過ぎません。それまでにあった運動を分析した結果、その運動にはどういう効果があるのかとわかったというだけのことで、キャッチボールのようなむかしながらの遊びのなかにも、さまざまな力を伸ばす要素が含まれているのです。

ひとつ、みなさんに注意してほしいのは、「よし、トレーニングだ!」と張り切りすぎないようにしてほしいということ。トレーニングというと、どこかで「子どもに頑張らせないと」という気持ちが出てしまうもの。でも、コーディネーション・トレーニングは、体を追い込んで筋肉を鍛えるようなものではなく、神経に刺激を与えるものです(第3回インタビュー参照)。つまり、心身がフレッシュな状態でないと意味がありません。あくまで遊びの延長として、親子で楽しみながらキャッチボールをしてほしいと思います。

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子どもの身体能力が育つ魔法のレッスン帖
高橋宏文 著/メディア・パル(2018)
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■ 東京学芸大学教育学部准教授・高橋宏文先生インタビュー一覧
第1回:脳が活性化し、チャレンジ精神旺盛になり、自制心が育つ!? 運動がもたらすスゴイ効果
第2回:「早く立ってほしい」と願ってはいけない! 「四つんばい」「高ばい」が子どもの運動能力を高める
第3回:「運動センス」の正体とは? コーディネーション・トレーニングが磨く“内観力”
第4回:自らの体を自在に動かす“7つの能力”と「運動センス」を高める意外な方法

【プロフィール】
高橋宏文(たかはし・ひろぶみ)
1970年5月9日生まれ、神奈川県出身。東京学芸大学教育学部健康・スポーツ科学講座准教授。1994年、順天堂大学大学院修士課程(体育学)修了。大学院時代は同大学女子バレーボール部コーチを務め、コーチとしての基礎を学ぶ。修士課程修了後、同大学助手として2年間勤務。同時に男子バレーボール部コーチに就任し、以後3年半にわたり大学トップリーグでのコーチを務める。1998年10月より東京学芸大学に講師として勤務し、同大学男子バレーボール部の監督に就任。各種研究により効果が実証された指導理論を用い、広く見聞することと併せて独自の指導体系をつくり上げている。著書に『基礎からのバレーボール』)(ナツメ社)がある。

【ライタープロフィール】
清家茂樹(せいけ・しげき)
1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立し、編集プロダクション・株式会社ESSを設立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。