朝、バタバタと身支度をしている最中に「お父さん、これ見て見て!」と、子どもがまとわりついてくるのも、夕飯の支度をしていて手が離せないのに「お母さん、聞いて聞いて!」と、子どもが邪魔してくるのも子育てあるあるですよね。
そんなとき、つい口をつくのは「あとでね」という言葉。大切なわが子を後回しにしているようで胸が痛くなる人もいれば、まるで口癖のように、気軽に「あとでね」と返事をしてしている人もいるかもしれません。
では、「あとでね」と言われた側の子どもはどうでしょう? 親に「あとでね」と言われ続けることで、子どもの心の成長や人格形成に、どのような影響が及ぼされるのでしょうか。
子どもにとって「あとでね」=「親との約束」
「ママ、聞いて」「パパ、一緒に遊ぼう」「これ見て」「抱っこして」といった子どもの要望に、毎回即座に応えてばかりはいられませんよね。ほとんどの場合、次のように考えてしまうのではないでしょうか。「いま手が離せないのに……」「このあとの予定がずれたら困る」「疲れているから面倒だ」――。
その結果、口から出てしまう言葉が「あとでね」です。もちろん大人にも都合があり、毎回子どもの言うことを聞いていては身がもちません。しかし、日本メンタルアップ支援機構代表理事の大野萌子さんは、「適当なことを言うのはうそをつくのと同じ」「その場しのぎの安易な約束ならしないほうがいい」と厳しく指摘しています。
そう、子どもにとって親の「あとでね」は、 “約束” なのです。ですから、「ごはんの支度が終わったら話を聞くね」「パソコンで仕事のメールを返信したら、完成したパズルを見せてね」と子どもに伝えたら、その約束を確実に守ることが大切です。大野さんによると、「日常の小さな約束を守ることを徹底するだけで、子どもの親に対する信頼度は確実に上がる」のだそう。
逆に、「やっぱり面倒だから適当にごまかそう」「『あとで』と言ったけど子どもは忘れているみたいだから、このままやり過ごそう」というずるい気持ちが見え隠れすると、子どもは親への信頼を失います。親子間の信頼が薄れると、子どもが成長するにつれてさまざまな問題が生じるようになるのは、火を見るよりも明らかでしょう。
「あとでね」が子どもの心に及ぼす影響は計り知れません。親から「あとでね」と言われ続けた子どもが抱える問題について、次に詳しく説明していきます。
「あとでね」と言われ続けた子どもの心理・困った行動
親から「あとでね」と言われ続けた子どもは、どうなってしまうのでしょうか。
■「やる気」が奪われる
「縄跳びができるようになったよ、見て見て!」「ブロックが高く積めたよ!」「絵が上手に描けたよ!」と言いに来る子どもは、とにかくいますぐ見てほしい、ほめてほしい、という気持ちが強いものです。「いくら忙しいからといって、このタイミングで『あとでね』と言ってしまうと、高揚した子どもの気持ちが急速にしぼんでしまい、せっかくのやる気が失せてしまう」と話すのは、臨床心理士の河井英子さん。
子どものやる気が高まっているときは、少しだけでも忙しい手を止めて、できるだけ「あとで」は言わないようにしたほうがいいでしょう。子どもがほめてほしいときにほめてあげることが大事です。
■「聞く態度」「聞く姿勢」が育たない
花まる学習会代表の高濱正伸さんは、「子どもの『聞く態度』『聞く姿勢』は、家庭での毎日の積み重ねが重要」と話します。親がしっかりと見本を見せていれば、子どもの「聞く態度」「聞く姿勢」はぐんぐん育つでしょう。
「『先生の話、ちゃんと聞いてる?』『先生の目を見て、きちんと聞くのよ』とどんなに言い聞かせたところで、家庭で親が子どもの目を見ないで空返事をしていては意味がない」と高濱さん。「あとでね」と言いながら、子どもの話をいい加減に聞き流してばかりだと、子どももそのうち同じ態度をとるようになってしまいます。
■「聞いて聞いて」が続き、いつまでも満足しない
「子どもとのコミュニケーションは時間の長さではなく、子どもに対して『心を向けているか』どうかが重要」と話す帝京短期大学教授の宍戸洲美さんは、「親の心が自分に向いていないと感じる子どもは、『聞いて、聞いて』と同じことをいつまでも話しかけてくる」と指摘します。
臨床心理士の福田由紀子さんも同様に、「しっかり聞いてくれていると子どもが感じると、思ったより時間がかからない。適当に聞いているから長引く」と述べています。子どもは意外と大人の本心を見抜いているのかもしれませんね。
■親と話をしなくなる
家族間のコミュニケーションは、子どもの人生において人間関係の基盤にもなる重要なものです。そのため、親は子どもに対して、豊かなコミュニケーションを育み、社会性を育てていくことを意識する必要があります。
子どもが一生懸命に話しているときに「あとでね」と遮ったり、ほかのことを考えながら気のない返事をしたりしていませんか? 宍戸さんは、「子ども自身が『親に話を聞いてもらえていない』と感じることで、『話しても仕方がない』『話すとかえって嫌な思いをする』と受け止め、次第に親と話をしなくなる」と警鐘を鳴らしています。
■「親の代わり」を求めるようになる
児童精神科医の故・佐々木正美さんは著書のなかで、保育園で保育士の関心をひとりじめしようとする子が増えてきたことに言及し、子どもたちが「お母さんの代わりを保育士さんに求めている」ことを指摘しています。「あとでね」と言われたまま放っておかれると、その寂しさや満たされない気持ちを、保育士に埋めてもらおうとするのです。
次第に、保育士に自分のほうだけを向いてもらおうとしていたずらをしたり、わざと困らせるような行動をとったりする「注意獲得行動」につながっていくこともあるそうなので、注意が必要です。
このように、普段なにげなく発してしまっている「あとでね」ですが、この言葉がもたらす弊害は想像以上のようです。とはいえ、「あとでね」を使わずに忙しい日々をやり過ごすことはできませんよね。できれば子どもに悪影響を与えないように、「あとでね」とうまく付き合う方法について考えていきましょう。
「あとでね」と言うより、簡単な方法もある!
「あとでね」を言わざるを得ない状況になったときには、子どもを傷つけないように意識する必要があります。またどんなに忙しくても、先々のことを考えてその場で対応したほうがいいケースも。詳しく見ていきましょう。
■「いまは無理」の理由を説明する手間を惜しまない
発達心理学と幼児教育が専門の東京学芸大学教授・岩立京子さんは、「面倒くさいという理由で『あとでね!』と言うのはなるべく避けたほうがいい」としたうえで、「要望を少し先送りにする “満足の遅延” というのは、子どもの心の成長においてとても大事」と述べています。親が「いま、対応できない」ことに、子どもなりの納得を導いてあげることで、子どもの「待つ力」が育ちます。
最も重要なのは、子どもの気持ちをしっかりと受け止めて、理由を説明するひと手間を惜しまないこと。たとえば、料理中に「遊ぼう」とせがんできた場合、「お母さんも○○ちゃんと一緒に遊びたいんだけど……」と、子どもの気持ちを受け止めましょう。そのうえで、「いまはごはんをつくっているから、ごはんの準備が終わったら少し遊ぼうね」と、いま遊べない理由を説明します。
また「あとでね」とひとことで返すよりも、「いま包丁を使っていて危ないからあとでね」「仕事の電話をかけなくちゃいけないからあとでね」と必ず理由をつけ加えて返事をすることで、子どもの納得度は格段に上がります。バタバタしていて余裕がないときこそ、少し丁寧に伝えるように心がけましょう。
■表情や声のトーンで「聞いているよ!」のアピールを
「しっかり聞いていることをアピールする」「時間がないなら話を “膨らませない” 工夫を」と具体的な対応方法を提案するのは、前出の臨床心理士・福田さんです。まず、切羽詰まっているわけではないけど、聞き始めると長くなりそうで面倒くさい……という場合。
福田さんによると、「『へー! そうなんだ!』『それはおもしろいね!』と表情豊かに反応を返したり、『どんな気持ちだったの?』と子どもの気持ちを聞いて共感したりすると、案外早く満足する」のだそうです。大事なのは、親がきちんと向き合っている姿勢を見せること。
また、本当に時間がなかったり手が離せなかったりする場合は、「話を膨らませずにアウトラインだけつかむのも手」とアドバイス。お友だちのことや学校での出来事など、子どもが何について話したがっているのかだけでも把握して、「もうちょっと聞きたいけど、いまは時間がないから続きはあとで聞かせてくれる?」と伝えます。こうすることで、子どもの「いま」聞いてほしいという気持ちを受け止められるのです。
■「1分ルール」を設定してメリハリをつける
カリスマ保育士・てぃ先生が提案するのは「1分ルール」を設けること。子どもの「見て」「やって」が1分くらいの短時間で終わりそうだったら、とりあえず子どもに付き合ってみる、というのが「1分ルール」です。
たとえば、描いた絵を見てほしい、上手につくったレゴを見てほしい、髪の毛を結んでほしい、など子どもが要求するものは短時間で終わるケースがほとんど。にもかかわらず、とっさに「あとでね」と言ってしまうのは、毎日何回も同じような要求をしてくるからかもしれません。
てぃ先生は、「子どもの小さな満足度を満たすためにも、1分以内で終わりそうなものだったらとりあえず付き合ってしまったほうが、結果として本来集中したいものに集中しやすくなる環境ができあがる」と述べています。短時間でもしっかり向き合い、子どもの満足度を高めることで、結果的に親もイライラせずにすむというわけです。
「あとでね」が続くと、子どもは絶望感に襲われる……
親が「あとでね」の約束を守ることの重要性について解説してきました。「あとでね」は便利ですがその場しのぎの言葉でもあります。みなさんも友人を誘って、返答が「また今度」ばかりだったら、「自分は相手から嫌われているのかな?」「一緒にいてもつまらないのかな?」と不安になりますよね。子どもだって同じです。「お母さんは私とお話したくないのかな……」「パパは僕のこと好きじゃないのかな……」と、絶望感に襲われてしまいます。
「あとでね」と一度言ったのなら、必ずその約束を守る。たったそれだけで、子どもの親への信頼はぐっと深まり、素直に言うことを聞いてくれるようになります。前出の佐々木さんは、「普段から親にたくさん受け入れられている子は、親の言うことも受け入れるようになる。受け入れる、受け入れられるというのは相互関係である」という言葉を残しています。
大人の都合を一方的に押しつけてしまっては、子どもの不満は募るばかり。子どもだから適当にあしらっていいのではなく、子どもだからこそ、手をかけ、心をかけ、しっかりと向き合って話を聞いてあげたいものですね。
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「あとでね」は約束であり、子どもは親の「あとでね」をずっと信じて待っています。毎回しっかりと話を聞くのは難しいかもしれませんが、きちんと目を合わせて、忙しい理由を説明するだけで子どもは理解してくれます。たとえ子ども相手でも、誠意をもって向き合うように心がけたいですね。
(参考)
東洋経済オンライン|言う事を聞かない子どもの親の残念な共通点
PHPのびのび子育て増刊号(2020),『すべての力の土台!! 子どもの「自己肯定感」を高める!』, PHP研究所.
高濱正伸(2012),『伸び続ける子が育つ お母さんの週間』, 青春出版社.
STUDY HACKER こどもまなび☆ラボ|自己肯定感を育む、親子コミュニケーション。「聞いて!」「あとでね」の正解
All About|どう対応してる?忙しい時の子どもの「聞いて聞いて」
佐々木正美(2021),『子どもが喜ぶことだけすればいい』, ポプラ社.
BRAVA|【心理学博士に聞く】「早くして!」「あとでね!」子どもを急かす・待たさないために効果的な工夫とは?
YouTube|子どもに「あとでね~」と言ってしまう回数を減らせる【簡単な自分ルール】