教育を考える 2020.6.14

大事なのは我が子を無条件で信じる「信頼」。「信用」しかできないのはとても危険

大事なのは我が子を無条件で信じる「信頼」。「信用」しかできないのはとても危険

子育てに関する考え方は家庭それぞれです。「子育てに欠かせないものはなに?」と問われたら、みなさんならどう答えるでしょうか。この問いに、株式会社子育て支援代表取締役の熊野英一さんは「信頼」だと答えます。日本アドラー心理学会/日本個人心理学会正会員でもある熊野さんが、アドラー心理学の観点から、子育てにおける「信頼」の重要性、その築き方を教えてくれました。

構成/岩川悟 取材・文/清家茂樹 写真/石塚雅人(インタビューカット)

子どもは、生まれた瞬間から親の「信頼」を確認する

みなさんは、自分の子どもを「信頼」していますか? 「もちろん!」と思った人もいるかもしれませんが、じつはなかなか難しいことでもあります。でも、子どもを「信用」している人は多いはず。どういうことかと言うと、「信用」と「信頼」はまったく別の意味を持つ言葉なのです。簡単に言えば、「信用」は「条件つきで信じる」こと。対して、「信頼」は「無条件で信じる」ことです。

「テストで100点とれたからいい子だね」「早く起きてくれたからいい子だね」――。これらの言葉には条件がありますから、「信用」になります。子どもを信用することも子どもを信じることには変わりありませんが、これらの言葉は、「あなたがいい子であるためには、なんらかの条件をクリアしないとだめだよ」と伝えていることになります。

これは、子どもにとってはよくないこと。そうやって条件をつきつけられ続けた子どもは、「もし条件をクリアできなかったら、いい子じゃなくなっちゃう……」と怖がり、さまざまなチャレンジを回避するような生き方しかできなくなってしまうでしょう。

子育てにおいては、子どもを無条件で信じる「信頼」こそが大切です。これは、「愛」と言い換えてもいいでしょう。子どもに対する信頼が大切になるのは、子どもが生まれたその瞬間からです。生まれたばかりの子どもは、2歳くらいまでのあいだに親からの「信頼」を確認していきます。一番近くにいる親――たいていは母親の振る舞いから、「この世界は、そして自分は、生きるに値するのか」と確認するのです。

赤ん坊は、自分ではなにもできない存在です。それでも、そんな自分に対して母親はあらゆる世話をしてくれる。そのなかで、「ありのままの自分が受け入れられている」「なにも価値を生み出さなくとも、ありのままの自分がすでに価値を持っているんだ」と確認します。それが、その後の人生をしっかり歩んでいくうえで欠かせない重要なステップなのです。

熊野英一さんインタビュー_子どもを信頼することの大切さ02

「木のおもちゃ」が知育におすすめな理由。五感を刺激し、集中力を育んでくれる!
PR

親の過剰な期待によって、「信頼」が減り「信用」が増える

もちろん、ほとんどすべての親が、子どもが生まれた瞬間には「この世に生まれてきてくれただけで嬉しい!」と感動し、ありのままの子どもを受け入れ信頼します。ところが、時間が経つにつれて、ほかの子どもや自分の理想の子ども像と現実の我が子を比べ始めてしまう。そうして、「こんなふうに育ってほしい」という思いから子どもに条件を突きつけ、徐々に信頼の割合が減って信用の割合が増えることになるのです。

このことは、先にもお伝えしたように、子どもがチャレンジを回避するような生き方しかできなくなるといったデメリットを生みます。さらに、ほかのデメリットとして、親子関係を悪化させることも挙げられます。

親は「こんなふうに育ってほしい」と子どもに対して過剰な期待をしてしまいますから、そのあとには必ず「落胆」がある。落胆は、コミュニケーションの大きな障害となる「イライラ」や「怒り」を生む一次感情です。そうして必要以上にイライラや怒りの感情を抱えてしまうことになり、親子関係は悪化してしまうでしょう。

そう考えると、子どもをしっかり信頼するための方法のひとつが、前回の記事でお伝えした、まず子どもの気持ちに共感する「共感ファースト」ということになります(インタビュー第1回参照)。子どもの言動にたとえ同意できなくとも、まずは共感する。そうすることが、よりよい親子関係、親子間のコミュニケーション、信頼の構築につながるはずです。

子どもに対する強い信頼をつくる「課題の分離」

子どもを信頼するためのもうひとつの方法として、アドラー心理学でいう課題の分離というものも紹介しておきましょう。「勉強をしない」「きょうだいげんかをする」といった子どもの言動に「イライラする」とき、その主述関係を整理して、課題を親子それぞれにきちんと分けるのです。

熊野英一さんインタビュー_子どもを信頼することの大切さ03

このケースなら、「イライラする」のは「親」です。つまりこれは「親の課題」となる。一方、「勉強をしない」「きょうだいげんかをする」のは「子ども」ですから、これらは子どもの課題。そのように切り分けて、子どもの課題に親が手出し口出ししないようにするのです。

これは、日本を含むアジア圏でとても有効な方法です。小さい子どももひとりの人間として扱う個人主義が強い欧米に比べ、アジアでは「子どもは親が助けてあげなければならない存在」と考えがちです。そのため、子どもの課題も親の課題であるかのように考えて介入したくなってしまう。そうして、必要以上にイライラしていく構造だというわけです。でも、親子それぞれの課題を明確にすれば、そういったことは激減するでしょう。

もちろん、子どもが本当に困ってしまって助けを求めてきたなら、助けてあげる必要はあります。でも、そうなるまでは信頼して子どもを見守るべきです。その姿勢が、子どもに対する強い信頼をつくっていきます。

熊野英一さんインタビュー_子どもを信頼することの大切さ04

アドラー式働き方改革 仕事も家庭も充実させたいパパのための本
熊野英一 著/小学館(2018)
アドラー式働き方改革 仕事も家庭も充実させたいパパのための本

■ 株式会社子育て支援代表取締役・熊野英一さん インタビュー記事一覧
第1回:「○○ファースト」がポイント! アドラー心理学で親子間のコミュニケーションがうまくいく
第2回:大事なのは我が子を無条件で信じる「信頼」。「信用」しかできないのはとても危険
第3回:子育てでは“ほめないこと”が大切なわけ。アドラー流・子どもを「ほめずに勇気づける」方法
第4回:つい叱りたくなるときでも、親は「インタビュアー」になれば落ち着いて我が子に向き合える

【プロフィール】
熊野英一(くまの・えいいち)
1972年1月22日生まれ、フランス・パリ出身。株式会社子育て支援代表取締役。早稲田大学政治経済学部経済学科卒業。メルセデス・ベンツ日本人事部門に勤務後、米国Indiana University Kelley School of Businessに留学(MBA/経営学修士)。製薬企業イーライ・リリー米国本社及び日本法人を経て、保育サービスの株式会社コティに統括部長として入社。約60の保育施設の立ち上げ・運営、ベビーシッター事業に従事。2007年、株式会社子育て支援を設立し、代表取締役に就任。日本アドラー心理学会/日本個人心理学会正会員。主な著書に『アドラー式子育て 家族を笑顔にしたいパパのための本』(小学館)、『アドラー子育て・親育て 家族の教科書 子どもの人格は、家族がつくる』(アルテ)、『アドラー子育て・親育て 育児の教科書 父母が学べば、子どもは伸びる』(アルテ)がある。

【ライタープロフィール】
清家茂樹(せいけ・しげき)
1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立し、編集プロダクション・株式会社ESSを設立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。