連載1回目では、子どもの「頭を良くする」ことを考えるときに押さえておきたいこととして、まず学校の勉強をきちんとして学歴を積むことと、そのうえで「協働スキル」を身につけることをご紹介しました。今回は、その「協働スキル」が必要である理由と、そのスキルを身につけるために具体的に親ができることを、鈴木謙介先生(関西学院大学 社会学部准教授)に伺いました。
構成/岩川悟 取材・文/辻本圭介 写真/玉井美世子
ひとりの天才の「ひらめき」に頼るモデルは、これからの日本の社会にはそぐわない
なぜ、鈴木先生はいま「協働スキル」というものに注目し、そのスキルがとりわけこれからの日本社会で生きていくうえで重要になると考えているのでしょうか(※連載1回目を参照)。そこには3つの理由があると言います。
「まず、ひとつめは、『協働スキル』の対極にある『個人スキル』のなかでも、天才的な才能を持った個人のイノベーティブな力に期待することが、これからの日本社会にはそぐわないと考えるからです。たとえば、アメリカでは、iPhoneを生み出したスティーブ・ジョブズのような天才が次々と現れるイメージがありませんか? でも実際には、天才は何百万人、何千万人にひとりの存在だからこそ、天才であるわけです。つまり、天才を生み出しやすい社会というのは、新しい人材がどんどん流入するという『高い流動性』があり、かつそこでの『優勝劣敗』によって成り立っている社会なのです」
これは、圧倒的多数である「普通の人たち」が競争に敗れた果てに、勝者として存在するひと握りの天才たちのイノベーションに、社会全体がいわば頼っていくモデルです。
「でも日本の場合は、これから若い人材の大量流入などとても期待できませんよね。ではどうすればいいのか? そこで、『協働スキル』の出番というわけです。わたしの考えを簡単にまとめれば、1%の天才を生み出すために99%の人を犠牲にするのではなく、みんなができる限り協力して、いまあるリソースを有効活用しながら効率的にイノベーションに至る戦略をとることが、これからの日本社会には必要だということ。さもなければ、そもそも人口規模が異なるアメリカや中国のような国々と勝負のしようがありません」
多様な人が集まって「協働」することで、持続的なイノベーションを起こすことができる
「協働スキル」が大切になるふたつめの理由としては、天才たちのイノベーションは、さまざまな産業セクターにおいて一度しか起きないことが重要であることが挙げられます。
「それこそ、スティーブ・ジョブズ亡きあとのAppleに、同等のイノベーションを起こせる人はもういません。また、産業セクターで見ても、iPhoneを超えるようなスマートフォンは、スマートフォンに要求するものが根本的に変わらない限りはつくれません。つまり、たとえイノベーティブなものを生み出す天才が現れても、それを持続的かつグローバルに広げていく力の方がいずれ重要になります。そして、そうしたときにまさに必要となるのが、さまざまな人種や文化的背景などに配慮しながら、多様な人々と『協働』できる人たちなのです」
さらに、3つめの理由として、「文化的な側面」に左右される面も大きいと鈴木先生は考えます。
「イノベーションの世界において強い存在感を放つアメリカやインド、中国の社会の人々は、日本社会の人々と比べとても自己主張が強い人たちでもあります。なぜなら、たくさんの人間がいる社会では、どうしても自己主張の強い人間が勝ち残っていく『優勝劣敗』の傾向が生まれるからです。ところが、日本人はそもそも自己主張というものに対して非常にネガティブで、自分の考えをはっきり言うことの意義や方法も、根本的に学校教育に組み込まれていません。そのような社会で、急に自己主張の強い個人をたくさん生み出しその人たちに頼っていこうとしても、どだい無理な話なのです」
そこで、できる限り多様な人が集まって「協働」しながら、持続的なイノベーションを効率よく起こせるタイプの社会をつくっていくほうが、これからの日本の環境には合っているというわけです。
「いま、企業の方々に会って話を伺っていると、『協働スキル』を重視する考え方がとても高まっていることを実感します。おそらく、これまでの組織や産業のあり方を否定することなく、良い面は残したままで新しい時代に求められるものさしを模索していくと、唯一妥当な策として『協働』に行き着くのだろうという印象を受けています」
対立を恐れず多様な考え方を認めながら、自分の意見を伝える力が必要になっていく
では、これからの社会を生きていく子どもたちが、多様な人たちと「協働」していくためにはいったいどのような力を身につけることが必要なのでしょう。また、それは親が子どもに育ませることができるものなのでしょうか。
「わたしはいま、大学で1年生の必修科目である基礎演習の授業設計と運営を統括していますが、そのなかのグループ演習の取り組みにおいて、『アサーティブコミュニケーション』というものを重視しています。アサーティブ(Assertive)とは、直訳すると『断定的な』とか『自己主張が強い』の意。でも、これは自分の意見をただ押し通す力を指すのではありません。そうではなく、意見の対立があるときに、お互いを否定したり勝負したりせず、逆にもめないようにごまかしたりもせずに、自分と異なる意見を認めながら自分の意見もきちんと伝える力のことです」
意見が対立すると、つい相手を否定してしまうことは大人の間でもよく起こります。そんなとき、相手を不快にさせずにしっかりと自分の意見を伝える「アサーティブコミュニケーション」が、「協働スキル」を支える力となっていくのです。でも、大人でもなかなか難しいこのスキルを、どのように子どもに育ませていけばよいのでしょうか?
「日常生活で言うなら、子どもから親に対して頼みごとをするときは『アサーティブコミュニケーション』が効果的な場面と言えるでしょう。たとえば、お母さんが忙しくてバタバタしているときに、『今日中に見てほしい宿題のプリントがあるの』と子どもが言えるかどうか。『いま言ったら怒られるだろうな……』と引っ込めるのではなく、『明日持っていかなければいけないんだ』とちゃんと伝えられるかどうかということですね。こうしたとき、低学年の子であれば、親との関係性を考えて言わないことを選ぶ場合も多いと思います」
そんなときは、親のほうから「明日持っていくものはない?」と子どもに語りかけることで、つねに自分のことを確認させながら自分のことをきちんと伝える姿勢を身につけさせることができると言います。
「たとえ親が忙しくしていても、『それは言わなくてはいけないことなのだ』という共通認識を親子で持つことが重要なのです。このように、ふだんの生活のなかで『アサーティブコミュニケーション』を促していくことで、子どもがこれから生きていく社会のなかでも、多様な人々と『協働』するための土台となる力を育むことができると思います」
■ 社会学者・鈴木謙介先生 インタビュー一覧「20XX年の幸福論」
第1回:“頭が良い”の定義とは? 子どもの知性を伸ばすために親が知っておくべき2つのこと
第2回:“ひとりの天才”をめざすよりも大切なこと。“みんなで協力”できる力の絶大な価値
第3回:スマホ依存の子どもには特徴がある。“異世界の多様な人々”との適切な関わり方
第4回:努力しても“いい仕事”には就けない。子どもは極端な格差社会にどう立ち向かうべきか
【プロフィール】
鈴木謙介(すずき・けんすけ)
1976年生まれ、福岡県出身。関西学院大学准教授。国際大学グローバル・コミュニケーション・センター客員研究員。専攻は理論社会学。ネット、ケータイなど、情報化社会の最新の事例研究と、政治哲学を中心とした理論的研究を架橋させながら、独自の社会理論を展開している。現代社会の様々な問題についてマスコミでの発信も多い。サブカルチャー方面への関心も高く、2006年より、TBSラジオで『文化系トークラジオ Life』のメインパーソナリティをつとめている。著書に、『カーニヴァル化する社会』(講談社)、『かかわりの知能指数』(ディスカヴァー)、『ウェブ社会のゆくえ』(NHK出版)他多数。
【ライタープロフィール】
辻本圭介(つじもと・けいすけ)
1975年生まれ、京都市出身。明治学院大学法学部卒業後、主に文学をテーマにライター活動を開始。2003年に編集者に転じ、芸能・カルチャーを中心とした雜誌・ムックの編集に携わる。以後、企業の広報・PR媒体およびIR媒体の企画・編集を中心に、月刊『iPhone Magazine』編集長を経験するなど幅広く活動。現在は、ブックライターとしてもヒット作を手がけている。