「教育的観点から青少年に体験活動の機会や場を提供する」ことで、我が国の青少年の健全育成を図ることを目指す、独立行政法人国立青少年教育振興機構。2017年4月から理事長を務める鈴木みゆきさん曰く、子どもにお手伝いをさせることには「山ほどのメリットがある」そう。そのメリットとは、いったいどういうものなのでしょうか。
構成/岩川悟 取材・文/清家茂樹(ESS) 写真/玉井美世子
お手伝いによって「時間の感覚」を身につける
子どもがする「お手伝い」をどのようなものだと捉えていますか? まさか、「家事を楽にしてくれるもの」なんて考えているという人はいないですよね(笑)? 子どもにお手伝いをさせることは、たくさんのメリットをもたらしてくれます。
第一に、子どもの「自己肯定感」を高めるということがあります。子どもの人生を充実したものにさせるために自己肯定感はとても重要なもの(インタビュー第3回参照)。お手伝いをする、つまり家のなかで自分の役割や居場所があるということが、子どもに「自分は必要とされている」と感じさせ、自己肯定感を高めることにつながるのです。
そして、自分が所属するコミュニティーのマナーを学ぶことにもなる。食事の用意のお手伝いをさせれば、お箸をどういう向きに置いて、お茶碗や汁椀をどこに置くかという知識を得ることになりますよね。また、おみそ汁はどう注ぐか、ごはんはどうよそうか、それらをどう運ぶかといった生活スキルの向上にもつながるでしょう。
それだけでなく、お手伝いはなによりも「時間の感覚」を身につけることにつながります。お手伝いが習慣化していれば、この時間にはなにをしなければならないということが「体でわかる」ようになるからです。ひいては、その習慣や感覚は「24時間をコントロールする力」につながっていくでしょう。
じつは、わたしは長く生活習慣の研究をしてきました。結局、人間にとってなにが大事かといえば、「24時間をコントロールする力」だと思うのです。働いている大人でも、優秀な人の多くはタイムマネジメントにも長けた人ではないですか? ただ単に早起きすればいいというわけではありません。24時間をどう使うかということを、自分でコントロールすることがなによりも大切。時間を自ら律する、「時間の自律」ということなのです。
生活習慣が身についている子どもほど高学力
時間の感覚を身につけた子どもは、「学校から帰ったらなにをしなくちゃいけない」「これができたら遊べる」というふうに、葛藤しながらも、やるべきこと、やりたいことの順番を組み立てるようになります。見方を変えると、「未来に対して前向きに取り組める」ようになるということでもあるのです。
そういう子どもは、自然に生活習慣を身につけることにもなるはずです。ここで、興味深いデータをご紹介しましょう。
(文科省「平成29年度全国学力・学習状況調査」より)
これは、2018年6月27日に文科省が公表した「平成29年度全国学力・学習状況調査」の分析データのひとつ。親の収入や学歴が高いほど子どもの学力も高い傾向にあることは以前からわかっていたことです。しかし今回の分析では、親の収入や学歴が低い、いわば「不利な環境」にあっても、それを克服して高い学力を示した子どもが一定数いることが判明しました。そういう子どもの共通項はなにかと言えば、「毎日朝食を食べる」「新聞や本を読む」「計画的に勉強をする」といった、日々の習慣を身につけているということだったのです。
「お手伝い」が「時間の感覚」を身につけさせ、「時間の感覚」が「生活習慣」を身につけさせ、「生活習慣」が「高い学力」をもたらすというわけです。もちろん、生活習慣が子どもに与えるものはそれだけではありません。
朝ごはんをきちんと食べる子どもは、「おはようございます」「いただきます」と自然に家族とあいさつを交わします。つまり、人とコミュニケーションをとることが上手になるということ。コミュニケーション力の重要性は、いまさら語るまでもありませんね。それこそ、グローバル化が進むこれからの時代に求められるのは、人種や言語のちがいを超えて働くことができる「協働力」。これは、コミュニケーション力と言い換えてもいいものでしょう。
お手伝いの力を侮らないでください。決して、親の「家事を楽にしてくれるもの」ではないということも忘れずに(笑)。
※本記事は2018年9月29日に公開しました。肩書などは当時のものです。
■ 『早おきからはじめよう』
鈴木みゆき 著/ほるぷ出版(2008)
■ 国立青少年教育振興機構・鈴木みゆき理事長 インタビュー一覧
第1回:「体験」が、子どもたちのやり抜く力や感じる力を育んでいく――子どもに自然体験をさせることの教育効果
第2回:「大人の愛」と「協働力」が子どもを大人に導いていく――親以外の人との交流によって広がる子どもの視界
第3回:子どもの人生を充実させる前向き思考の「自己肯定感」――体験によって養う「自信」と「立ち上がる力」
第4回:「お手伝い」が子どもにもたらすいくつものメリット――お手伝いの習慣が高い学力につながる理由
【プロフィール】
鈴木みゆき(すずき・みゆき)
1955年6月30日生まれ、東京都出身。お茶の水女子大学大学院家政学研究科児童学専攻修了。医学博士。和洋女子大学人文学群こども発達学類教授を経て、2017年4月に独立行政法人国立青少年教育振興機構理事長に就任。過去には文科省中央教育審議会幼児教育部会委員、厚労省社会保障審議会保育専門員会委員、内閣府教育再生実行会議専門調査会委員などを歴任した子ども教育のスペシャリスト。現在、国立教育政策研究所評議員も務める。
【ライタープロフィール】
清家茂樹(せいけ・しげき)
1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立し、編集プロダクション・株式会社ESSを設立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。