人生がうまくいくために必要なのは、「才能1:努力2:運7」である。そして、その運は自分で高められる——。著書『運は人柄』(角川新書)でそう説く、漫画原作者の鍋島雅治さん。その持論と、たくさんの漫画家を見てきた経験から、子どもが夢をつかむには親など周囲の大人が背中を押してあげることが重要だと言います。今回は、そこから一歩踏み込み、より背中を押してあげることができる「声かけ」などについても、語って頂きました。
構成/岩川悟 取材・文/田澤健一郎
「こうしてはいけない!」ではなく
「なにかをやってみようよ!」と促すこと
鍋島さんは「こうしてはいけない!」と教えるのではなく「なにかをやってみようよ!」と促す教育が夢を持つことにつながり、そうやって動き出した子どもを、「大丈夫だよ」と最後まで見守ることで、子どもにも「やり抜く力」が身につくとおっしゃっています。それだけ親の促し、いわば「声かけ」は重要ということです。
「著書『運は人柄』でも紹介しましたが、『声かけ』が持つ力をよく教えてくれるのが『インビクタス/負けざる者たち』という映画(2009年のアメリカ映画で モーガン・フリーマン主演作品)。アパルトヘイト(黒人差別を中心とする人種隔離政策)を撤廃した南アフリカの大統領、ネルソン・マンデラと、ラグビーの南アフリカ代表チーム『スプリングボクス』を描いた作品です。この作品のなかでマンデラは、大統領府の守衛から側近まで、会うスタッフには全員に対して挨拶をして声をかけるんです。そうすることで、スタッフたちが少しずつ心を開いていく。最初は対立していた『スプリングボクス』のメンバーに対しても、とにかくたずねて行って話をすることで関係をよくしていく。やがて、それらが大きな力となり……と、詳しくは映画を観てみてください(笑)。要するに、この映画は『些細なことでもいいから言葉をかける』ことが世界を変える、がテーマだと思うのです」
最初こそ、ポツンポツンと降りはじめの雨が落としたような波紋しか起こさなかった言葉が、やがて大きく連鎖して広まると奇跡を起こす。そんな言葉の持つ力、日頃から言葉をかけることの意味と重さを教えてくれるが『インビクタス/負けざる者たち』です。
「だから、『声かけ』ってバカにできないんですよね。子どもの教育でも同じことが言えるのではないでしょうか。たとえば、『放任主義』『ほったらかし』『好きにしな』『勝手にしな』のちがいってなんだと思いますか? そこにあるのは、『声かけ』の有無だと思うんです。『放任』と『好きにしな』は、親が子どもに関心をもったうえで『放任』にしていたり、『好きにしな』と言ったりしている。だから、『好きにしていい』『放任にしている』と言いつつ、そうした結果でなにがあったかは子どもに声をかけて聞くわけです。対して、『ほったらかし』『勝手にしな』は、子どものやること、子どもの気持ちにそもそも興味を持っていません。興味がないから、特に子どもに声をかけて話を聞くことも極端に少ない。そんなちがいかなと考えています」
意に沿わないことに直面しても
楽しめる心があれば道は拓ける
当然、子どもは声をかけられる方が「自分を応援してくれているんだ。見守っていてくれているんだ」と安心してチャレンジを続けることができます。その安心感を持ちながら、ときには失敗し、成功し、それを学びに変えて少しずつ「夢をつかむ力」を蓄えていきます。
「親が子を送り出したり、あるいは留守番をさせたりするとき、『いい子にしていなさいよ』なんてことをよく言いますが、それって『あまりいろいろなことをしてはダメ。とにかく大人しくしていなさい』という意味なんですね。そうではなく、『なにか楽しいことやいいことをしていなさいね』といった言葉をかけるようにしてほしい。それで帰ってきたら、『いいことした? 楽しいことした?』と子どもに聞いてみる。特別なことでなくてもいいんですよ。それこそ、『友だちとなにをして遊んだの?』でもいい。友だちと楽しく遊べたということはいいことなのですから。楽しい時間をつくったわけだし、相手に楽しいことを提供したわけですから(笑)。だから、『楽しく遊べてよかったね。それはいいことしたね』と声をかけてあげる。そういったことを通じて、子どもに『いいことをするのは気持ちいいことだ。楽しい気持ちになれることだ』という思いが芽生えればいい」
そうやって育まれた「いいことをするのは気持ちがいい。楽しい気持ちになれることだ」という思いは、鍋島さんが語る夢を叶えるキーワードである「ワクワク」につながっていきます。
「わたしが師匠である小池一夫先生の事務所に入り、最初に配属されたのは経理部でした。漫画に携わりたいと考えていただけに、正直なところ心から楽しいとは言えない業務です。しかし、自分のアイデアで経理・財務環境をよくしようと動き出してからは、仕事が楽しくなっていきました」
その過程で小池さんにも認められるようになり、鍋島さんには漫画原作者への道が拓きはじめていきます。
「『なにかを提案できる経理になろう』と思ったんですね。自分で編み出したことが認められれば、それはやりがいにつながるし、会社にいいことをしているのだという楽しい気持ちにもなれる。そうやって結果を出すと、その後は経理の仕事に加え、小池先生のアシスタント的な仕事や営業など、漫画関係の仕事も少しずつ任されるようになりました。そこで求められることはなにかを常に考え、先に読んで準備をするなど経理時代と同じように提案を心がけていったのです」
なにごとも求められていることに対して迅速に、的確に、求められていること以上の回答を準備して待つ。そんな姿勢は、鍋島さんが著書『運は人柄』でも説いた「運を高める人柄のよさ」、すなわち人間の「愛嬌」や「可愛げ」という評価につながっていくと言います。
「小池先生の事務所時代のわたしは、いわば『なんでも屋』みたいな状態でした。ただ、どんな仕事もよく考え「なにかを提案できるように」とはいつも考えていた。だから原作だけではなく、すべての仕事にワクワクしていた気がします。正直、仕事はハードでとても忙しかったのですが……やっていることが楽しかったので、心が折れることもなかった。当時もそうですし、いまでもそうですが、わたしはワクワクする気持ちを失ったことがありません。わたしが夢をつかむことができたのは、やっぱりその気持ちがいちばんの要因だったと感じるのです」
『運は人柄 誰もが気付いている人生好転のコツ(角川新書)』
鍋島雅治 著
KADOKAWA(2018)
■ 漫画原作者・鍋島雅治さん インタビュー一覧
第1回:運とは人柄で高められるもの~成功のために必要な条件は、「才能が1、努力が2、運が7」~
第2回:道を志したときの「ワクワクした気持ち」を大切に
第3回:愛されている実感があれば子どもはチャレンジできる
第4回:話下手でも興味を持って素直に聞く~「取材力」が子どもの未来を変えていく~
【プロフィール】
鍋島雅治(なべしま・まさはる)
1963年生まれ、長崎県出身。長崎県立佐世保商業高校、中央大学文学部卒業。スタジオシップ勤務後に漫画原作者として活躍。代表作に、『築地魚河岸三代目』(小学館)『東京地検特捜部長・鬼島平八郎』(日本文芸社のち小池書院)、『火災調査官 紅蓮次郎』(日本文芸社)などがある。現在は、原作者として活躍する傍ら、東京工芸大学芸術学部マンガ学科の非常勤講師なども務めている。
【ライタープロフィール】
田澤健一郎(たざわ・けんいちろう)
1975年生まれ、山形県出身。大学卒業後、出版社勤務を経てライターに。スポーツや歴史、建築・住宅などの分野で活動中。