拙宅のそばに、児童館があります。庭で遊ぶ子どもたちの愉しい会話が聞こえてきます。
「いち・に・さん・し、はい。すごーく長く跳べた!」
「さっきのけんたくんと同じぐらいの長さだ」
「毎日いっぱいやれば、長く跳べるようになるね」
「あきらくんもだんだんうまくなってるね」
「今度はぼくの番だよ」
「え? ぼくのほうが先だよ。きみは3番目だよ」
今日も、数学的な「コトバ」が子どもの会話のなかに飛び交っていますね。“いち・に・さん・し” や “3番目” といった、数詞のような数学そのものの「コトバ」、“いっぱい” とか “同じ” とか “だんだん” “~れば” “長さ” など、日常的にある数学的な「コトバ」がたくさん発せられています。
PFR(プロセス・フィードバック・リアクション)おじさんとしては、子どもたちの会話にぜひ割り込みたくなるのでした。
「判断」には「理由」がある
人間は、生まれて1年も経つと、「あー」だの「うー」だのと、赤ちゃん「コトバ」を発します。そのうち2年も経つと、はっきりと「単語」を言うようになり、その単語を組み合わせて「文」のような発話をし始めます。すべて、周りの大人たちからの学びです。
そして3年も経つと、はっきり自分の「判断」を表明する「見解」を述べるようになります。“見解を述べる” なんて評論家みたいですが、子どもは子どもなりに、一人前の意見・感想を持っているのです。しかも、だんだんと、その判断に理由をつけるようになっていきます。
例えば先日、デパートのガラス食器売り場で、ステンドグラス風の置物をじっと見ている4歳ぐらいの子どもが、一緒に買い物をしているおばあちゃんにしきりに話しかけていました。
「ねえ、おばあちゃん。このガラス窓、きれいだね。色もきれいだけど、形がきれいだね。右と左が同じだからかな? ほら、右にも左にも同じ四角い形がある。だからかな?」
命題的に何かを判断したあと、「だから」とその理由を挙げていますね。この “見解のなかに理由を表現する” ことが、「算数力」育成へのひとつの重要な数学的態度なのです。「このガラス窓はきれいだ → “なぜならば” → 右と左に同じ四角形がある → “だからです”」というように、理由を挙げるという筋道があるのですから。
「理由」を挙げることが「論理」の始まり
この “理由を挙げて判断する” という発話とその態度こそが、小学校算数科で重点目標として育成を目指す「筋道を立てて考える」力に直結する子どもの姿です。ですから、理由を挙げて自分の判断を表現する「見解」を、宝物のように丁寧に扱ってほしいのです。
丁寧に扱う——そうです。その理由つきの見解を話した子どもに、せいいっぱいの褒め言葉を、特にその理由を挙げるに至ったプロセスをフィードバックしてほしいのです。
「理由を思いついたなんてすごいじゃないか。右と左に同じ形があるからなんだ。なるほどね。じっくり見たんだね。『だから』というコトバ、理由を言うときに便利だね」といったように、 “じっくり観察したこと” や、“「だから」という言葉遣いで理由を挙げていること” 、“「同じ」に気づいていること” など、子どものプロセスをフィードバックするのです。
このフィードバックが、筋道を立てて理由を考えるのがいいことであると、子どもが自分自身で気づいていく機会となります。
小中学校での算数数学教育の重点目標は、この「筋道を立てて考える力」、別の言い方をするのならば「論理的思考力」を育てることにあります。数学での「論理」とは、すなわち「前提」と「結論」を結びつけること。ですから、前提となる理由を挙げることは、まさに「論理」の始まりなのです。
「理由」としての「根拠」を「リアクション」
子どもの判断を含む発話のなかで、特に取り上げてフィードバックしてほしい部分は、その判断への理由、つまり “何を「根拠」としているか” という部分です。なぜかというと、理由として挙げられている「根拠」には、数学的な「コトバ」を多くみることができ、それゆえ、数学的な態度を仕立てる契機となるからです。
不思議なことに、理由として挙げられる判断の「根拠」には、数学的な「コトバ」がよく使われます。前述の「きれいだ」を判断した子どもは、“右と左に「同じ」四角い形がある” という根拠を挙げています。「右と左」という位置、「同じ」という見方・考え方の観点、「四角」という数的表現、「形」という抽象的表現、すべて数学的な「コトバ」なのです。
とりあえず「リ・アクション」
この連載では、「算数力」を小学校で効率よく身につけるために、就学する前の小さな子ども時代に育てておきたい数学的「態度」へ向かう数学的な「コトバ」と、それに対する親の対応の「リ・アクション」を紹介してきました。
子どもは、身のまわりのコトへの興味関心から、数量の「関係(かんけい)」に気づき、その2つの数量の変わり方の「きまり」に気づいたり、同じ仲間のかたまりの「区切り(くぎり)」や「区別(くべつ)」に気づいたりします。そして、その気づきを「見解(けんかい)」として発し、その見解に「根拠(こんきょ)」を含ませてくるようになります。その発話のなかの数学的な「コトバ」に、「あ」「い」「う」「え」「お」とリアクションするのでした。
つまり、相づち(あいづち)を打ちながら、いいところを指摘し、うなずきながら、演じて(えんじて)みせ、オウム返しで繰り返して、その「コトバ」を評価していくのでした。特に、その子どもの発話のなかにある、判断に至ったプロセスをフィードバックするリアクションが効果的なのでしたね。
え? 「難しいそう」ですって?
だんだん見えてきますよ、子どもの「か」「き」「く」「け」「こ」が。とりあえずは、子どもの言葉に「リ・アクション」です。
ほら、子どもが話しかけていますよ。「あれ、なーに?」「ほら、見てよ」ってね。