これまでの詰め込み型の教育ではなかなか育てることができないとも指摘される、「考える力」。その力を伸ばす「知能教育」を、なんと約50年前に導入した小学校があります。それは、東京都武蔵野市にある聖徳学園小学校。現在、校長を務める和田知之先生は、その知能教育や教材開発に長く携わってきました。
聖徳学園小学校独自の教育手法について話をお聞きする前に、まずは和田先生が思う「考える力」とはどういうものか、そして現在の学校教育が抱える課題について語っていただきました。
構成/岩川悟 取材・文/清家茂樹(ESS) 写真/石塚雅人
「考える力」とは創造力、問題解決力、評価力などの複雑な思考力
これからの時代には「考える力」が求められる、「考える力」を育てるべきだと声高に叫ばれるようになってきました。わたしもまったくその通りだと感じています。では、「考える力」とは具体的にどんなものでしょう。わたしは「創造力」なのだと考えています。そして、その創造力は、子どもたちが社会に出て働くときに必要とされるものです。新たな商品やサービスを生み出す原動力は、創造力に他なりません。
とはいえ、創造力が力を発揮するのは、賃金が発生する仕事に限った話ではありませんよね。専業主婦の皆さんがおこなう、日々のことでもそう。家事をより効率的にこなすにも、家族がよろこんでくれる食事のメニューを考えるにも、創造力は大きな手助けをしてくれるでしょう。
ただ、これまで学校で育てていたのは理解力、記憶力が中心でした。もちろん、理解力や記憶力も社会で必要とされるものですが、創造力はそれらを越えたステップにある力と言えます。自分の頭にある、もしくは頭になくても、さまざまな情報から手にした材料を元に新しいものを生み出す力なのです。
加えて言うならば、複雑な条件を元に推理していくような論理的思考力、問題解決力、それから、答えがない問題や何十年もたたないと答えがわからないような問題を考える評価力、見通し力といったものも、創造力と同様に社会で重視されるものです。それらをひっくるめて「考える力」と言っていいでしょう。
しかし、これまでの学校教育の「ゴール」は、子どもたちがそれらの「考える力」を身につけて社会で活躍することではなくて、入試に合格することに設定されていました。中学校教育のゴールは高校入試に合格すること、高校教育のゴールは大学入試に合格すること、という具合に。そのために、記憶中心の教育内容にならざるを得なかったわけです。
その背景には、「教育の効率性」という問題もあります。これまでのテストに選択式や穴埋め問題のようなものがなぜ多かったのかと言うと、教えやすく、答えやすく、採点しやすいから。けれども、明確な正解がある記憶中心の教育では、世界を驚かせるような人間はなかなか生み出せません。なぜなら、とっぴな発想を「良し」としない空気感があったからです。その空気は、教員だけではなく子どもたちをも支配していたように思います。すると、他人とちがうことをなるべく避けるような人間に育ってしまうのです。
誰もが手に入れられる情報を元に自分でいかに考えるか
このままでは、「世界で戦える人間を育てられないだろう」ということを多くの人が感じはじめました。そして、日本の学校教育は2020年度に大きな転換期を迎えます。まずは大学入試。選択式のセンター試験に代わる新たな共通試験は、記述式が導入されるなど、より思考力が問われる内容になります。となると、それに伴って高校入試や中学入試の内容も変わっていくでしょう。
また、2020年度からは新たな学習指導要領に基づいた学校教育が実施されていきます。今回の改訂には大きな変化がある。これまでは、教える内容は定めていても、教え方については特に示されていませんでした。ところが新たな学習指導要領では、たとえば「アクティブ・ラーニングに取り組みさない」というふうに、教え方も示しているのです。
アクティブ・ラーニングとは、子どもたちが主体的に調べて学んでいくというもの。これまでの授業の中心には黒板がありました。教員が黒板で説明をして、「わかった?」「じゃ、ノートに写しなさい」「ここはテストに出るから覚えてね」というものですね。そうではなくて、理科の授業を例に挙げれば、教員が実験をしたり、あるいは実験をしないで教えたりしていた内容も子どもたち自身が実験をする。本やインターネットを使って自分たちで調べる。そういった参加型の授業のことです。
あまりピックアップされてはいませんが、こうなった背景にはひとつの理由があると思っています。それは、子どもたちの集中力、授業に対する関心が薄くなっているということ。授業中にぼーっとしてしまうような子どもはいつの時代にもいるものですが、以前よりそういう子どもが増えているように感じるのです。効率という面で言えば、黒板を使った一斉指導は決して悪い方法ではありません。ただ、それで成果を出すには子どもたちが教員の話をしっかり聞いてくれる必要があります。そうできない子どもたちが増えたからこそ、アクティブ・ラーニングで巻き込んでいく必要が出てきたのでしょう。
ですが、新たな取り組みに伴って、新たな問題も発生するでしょう。参加型のアクティブ・ラーニングにすれば、同じ時間の授業で教えられる内容は間違いなく少なくなります。10年、20年先にゆとり教育のような結果にならないとも限りません。また、記述式中心の試験問題になれば、採点するにもこれまでの何倍もの時間が必要にもなる。公平性を保つため、その採点基準をどう明確に決めるのかという問題も出てくるはずです。
しかし、それでも考える力を伸ばす教育を推し進めなければなりません。コンピューターがあまり発達していなかった時代には、情報を持っているだけで他人をリードできました。うんちくがある、知識がある人は物知りだと尊敬され、実際にその情報を使って新しいアイデアを生むということもあったでしょう。でも、いまはちがいます。インターネットを使って誰もが即座にあらゆる情報を手にできる時代になりました。データや情報を元にいかに自分で考えられるか、その力がもっとも必要とされているのです。
『IQ130以上の子どもの育て方』
和田知之 著/カンゼン(2018)
■ 聖徳学園小学校長・和田知之先生 インタビュー一覧
第1回:学校教育の“ゴール”はこう変わる! いま求められる「考える力」の正体とは
第2回:子どもの学力は「考える力」で決まる。幼いうちほど“知能教育”が効果的な理由
第3回:5・6年生の平均IQが160超えの“知能教育”のすごさ。肝は「教えずに考えさせる」こと
第4回:「満点を取らせないテスト」に込めたこだわり。授業で触れていない問題も出題する意図とは
【プロフィール】
和田知之(わだ・ともゆき)
1966年生まれ、東京都出身。法政大学卒業後、1991年より聖徳幼稚園英才教室に勤務。2000年より聖徳学園小学校に配属となり、また、知能診断として多くの保護者にアドバイスをおこないながら、知能教育やその教材開発に従事。2015年から現職の聖徳学園小学校長、聖徳幼稚園長、英才教室長に就任。
【ライタープロフィール】
清家茂樹(せいけ・しげき)
1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立し、編集プロダクション・株式会社ESSを設立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。