あたまを使う/からだを動かす/教育を考える 2020.3.27

よく噛む子どもは「勉強も運動もできて、ストレスのない子」に育つ! 数々の研究が証明

編集部
よく噛む子どもは「勉強も運動もできて、ストレスのない子」に育つ! 数々の研究が証明

夢中になってご飯をむさぼる子どもに、「消化が悪くなるからしっかり噛んで食べなさい」と注意する親御さんは多いでしょう。じつは、よく噛むことには、消化以外にもたくさんのメリットがあるのですよ。

さまざまな科学的根拠をもとに、よく噛む子どもは、頭も体も運動神経もよくなることなどを紹介します。

よく噛むとたくさん出る「唾液」のすごい作用

まずは、噛むことがもたらす基本的な作用の紹介です。

よく噛むと唾液がたくさん分泌されますが、福岡市立こども病院と水天宮前歯科医院によれば、有益な成分がいろいろと含まれる唾液には、健康に役立つ作用があるそうです。代表的なものをいくつか挙げてみましょう。

  1. 消化作用
    唾液に含まれる「アミラーゼ」という酵素が、炭水化物の中のでんぷんを、脳と体に不可欠なエネルギー源のブドウ糖に分解してくれる。
  2. 潤滑作用
    唾液に含まれる「ムチン」というタンパク質が、食べ物を飲み込みやすくしたり、発声を滑らかにしたり、口の中の粘膜を守ったりしてくれる。
  3. 抗菌作用
    唾液に含まれる「リゾチーム」という酵素が細菌の増殖を防ぎ、「ラクトフェリン」という糖タンパクが細菌の発育を阻害し、「IgA」という免疫抗体が細菌に抵抗してくれる。
  4. 歯を強化する作用
    唾液に含まれる「スタテチン」という成分がカルシウムと結合し、歯を強化してくれる。

このように、よく噛むとたくさん分泌される唾液は体を健康に保ってくれます。でも、よく噛むことのメリットは、それだけではないのです。

噛むことの効果02

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「よく噛んで食べる」といい科学的根拠

よく噛むと、脳・学力・ストレス・運動にもいいと、科学的に証明されていることをご存じですか? ひとつずつ説明しましょう。

1.「よく噛むこと」と「脳」のいい関係

自然科学研究機構・生理学研究所名誉教授の柿木隆介氏は2008年に、よく噛むことが脳を活性化すると証明しました。

研究では、感覚刺激(聴覚・視覚・触覚など)を受けると反応するP300という脳波を使った実験を実施。まず被験者に5分間ガムを噛んでもらい、そのあとに音刺激を与えて、P300が出現するまでの時間と、音刺激に反応してボタンを押すまでの時間を計測したとのこと。比較のため、別の日に「何もしない」「噛むまね(口をパクパク)」「手指でトントンと机を叩く(タッピング)」という条件でも同じ実験を行ないました。

すると、「P300の出現・ボタンを押す反応時間」はガムを噛んだときが最も早く、噛む運動を繰り返すほど早くなっていったそうです。一方で「何もしない」場合はあまり変化が見られず、「噛むまね」と「タッピング」にいたっては「P300の出現・ボタンを押す反応時間」が遅く、それらの動作を繰り返すほど遅くなっていったのだとか。

脳の反応をよくしたいなら、とにかく「よく噛むべし」ですね。

噛むことの効果03

2.「よく噛むこと」と「学力」のいい関係

脳の反応がよくなるなら学力も上がるはず……。そんな期待に応えてくれる研究もいくつかあります。

当時、岩手医科大学教授であった鈴木隆氏が岩手医科大学歯学雑誌に特別寄稿(1995年)した論文には、「よく噛む園児ほど知能指数が高い傾向にある」と示された、1994年発表の研究が紹介されています。大阪の幼稚園児70名を対象に、ガムではなく2gのピーナッツを用いて行なわれたその研究では、WPPSIという幼児用の知能検査を使用したそうです。

その研究を受けて鈴木氏は、――そもそも生まれつきの要素が強いと言われる知能指数(頭の回転の速さ)が、後天的な要素の「よく噛むこと」の影響を受けていることがわかった。これを踏まえれば、後天的に身につくと言われている記憶力はなおさら、「よく噛むこと」の影響を強く受けているはずだ――と解説。

そして、その見解は次なる実験で証明されました。幼稚園児を対象に数唱テストを用いて行なわれた別の研究では、「噛む力が強い」子どもほど、「ワーキングメモリ(短期的な記憶)能力が高い」と示唆されたそうです。

また、放射線医学総合研究所分子イメージング研究センターの平野祥之氏(現・名古屋大学大学院医学系研究科准教授)らによる2008年発表の研究では、ワーキングメモリの課題を行なう被験者にガムを噛んでもらい、脳の活動を調べたところ、脳の前頭前野(※)が活動を活発化させていたのだとか。さらに、ガムを噛み終わったあとも、課題を行なうあいだは、記憶にかかわる海馬を含む、脳のあらゆる場所が活性化していたとのこと。

(※前頭前野は、おでこの部分にある、意思・理解・記憶・言語といった高次脳機能に関わる脳の領域。この部分を鍛えてうまく使うことが、頭の「よさ」につながると言われている)

そして、2010年に公開された東北大学の研究では、噛むことによる記憶の向上が、前頭前野の働きと関連する可能性が示唆されています。

これらをまとめて考えると、噛むことが「前頭前野や海馬ほか、あらゆる脳の領域」を活発に働かせ、「頭の回転の速さや、記憶力」などに影響すること――つまりはよく噛むことが、学力アップにつながると確信できるのではないでしょうか。

噛むことの効果04

3.「よく噛むこと」と「ストレス」のいい関係

しかも、よく噛むことは、子どもの気分だって変えてくれます。

「咀嚼と脳の研究所」前所長の小​野塚實氏は、セロトニンという神経伝達物質が脳内に増えると、緊張感がほぐれ、ストレスがやわらぐと説きます。

では、どうしたらセロトニンが増えるかと言えば、もうわかりますね。よく噛むことです。東邦大学名誉教授で、セロトニン研究の第一人者でもある有田秀穂氏が2009年に、週刊日本医事新報で発表した論文によれば、セロトニン神経は呼吸や歩行といったリズム運動のほか、同じリズム運動の「咀嚼」によっても活性化されるのだとか。

研究では、咀嚼のリズム運動として被験者にガムを噛んでもらい観察したところ、ガムを20分間しっかりと噛み続けると、血液の中にセロトニンが増えていったそうです。その際に行なった心理テストでも、緊張・不安などのネガティブな気分が改善されていたとのこと。

噛むことは、体にも脳にも、そして心にも効くわけです。

噛むことの効果05

4.「よく噛むこと」と「運動」のいい関係

それに、よく噛めば運動能力だって向上するんです。

東京歯科大学特任教授の石上惠一氏によれば、ガムを噛んだあとに膝を曲げたり伸ばしたりの運動をすると、ガムを噛まなかったときに比べて9%近く「膝関節」の筋力がアップしていたそうです。また、同氏らが10代~50代からなる100人の握力や背筋力を調べたところ、ガムを噛む前よりも、ガムを噛んだときのほうが筋力アップしていたとのこと。

運動には平衡性(バランスの力)も大切ですが、石上氏は、ガムを噛まないときよりも、噛んだときのほうが、バランスの安定性があると示されたデータも学会で提示しています。

子どもに着目した研究もあります。静岡県立大学短期大学部講師(現・大手前短期大学歯科衛生学科教授)の木林美由紀氏が2011年に発表した研究では、小学校6年生の児童171名に、食事のアンケートを実施。その後、「噛む力」と「運動能力」を測定したところ、食べることへの関心が強く、野菜を多く食べる子どもは「噛む力」が強く、「運動能力」も高かったそうです。

運動能力は、小学校学習指導要領に基づき、握力・上体起こし・長座体前屈・反復横とび・20mシャトルラン・50m走・立ち幅跳び・ボール投げの8種目で評価されたとのこと。噛むことがさまざまな運動能力の向上に寄与することがわかったというわけです。

運動能力を向上させたいなら、日頃から野菜たっぷりの食事をよく噛んで食べることが大切だといえそうですね。

噛むことの効果06

子どもの「噛む力」を育てる方法。噛み方や回数、食べ物は?

では、どうすれば子どもの「噛む力」を育てられるのでしょう。田賀歯科医院院長の田賀ミイ子氏の解説をもとに、何歳になったら噛む力のことを意識すればいいのかや、食べ物の選び方、噛み方、噛む回数など、親が気をつけるとよい点をまとめました。

■何歳から噛む訓練をするといい?

田賀氏によると、乳歯が永久歯に生え替わる前までが、噛む習慣をしっかりと身につける大切な時期とのこと。乳歯が生えそろい、噛むための準備が整う2~3歳ごろが目安です。

食べ物の選び方は?

2~3歳児ならリンゴや柿など、少し硬めの果物から始めてみるといいそうです。4歳ごろからは、子どもが食べやすいように切ったり味つけたりした、セロリ・ゴボウ・レンコンなど繊維の多いものや、するめ・切干大根・たくあんなどのほか、フランスパンもいいとのこと。ただし、噛む力の発達は子どもによって違うので、無理をせずその子のペースに合わせて訓練していきましょう。

■噛む回数は?

噛む回数は、30回を目標にするといいとのこと。田賀氏は、ゲーム感覚でよく噛めるよう、手をたたいて数を数えるなどするといいとアドバイスしています。

■噛み方、姿勢は?

椅子に座っているときに足がぶらぶらしているとしっかり噛むことができないので、足がしっかり床に着いていることが大切なのだそうです。食べるときの姿勢の悪さは、歯並びの悪さにもつながるのだとか。子どもがしっかり床を踏みしめて座り、食事ができるよう姿勢を整えてあげてください。

***
田賀氏いわく「よく噛むと頭蓋骨全体がバランスよく成長することから、表情の豊かさや、美しい笑顔にもつながる」とのこと。

わが子の健康も、学力も、運動能力も、おまけに笑顔までよくしてくれるという絶大な「噛む力」を信じて、今日から子どもと“噛み噛み習慣”を始めてみてくださいね。

(参考)
水天宮前歯科医院|唾液の成分と歯の健康を保つ7つの作用
地方独立行政法人福岡市立病院機構福岡市立こども病院|パクパクだより 第167号(平成24年9月1日)
噛むこと研究室|噛めば噛むほど、脳が活性化する?
鈴木隆(1995),「咀噌の大切さ」,岩手医科大学歯学会,岩手医科大学歯学雑誌,Vol.20,No.1,pp.1-10.
Wikipedia|児童向けウェクスラー式知能検査
ScienceDirect|Effects of chewing in working memory processing
NewSphere|ワーキングメモリを鍛えれば賢くなる? エビデンスを再検証
実験医学online:羊土社|functional MRI:バイオキーワード集
信濃毎日新聞松本専売所|新聞の音読(子ども)
織田真衣子(2010),「咀嚼による学習効果の向上と前頭前野における 脳血流の関連 近赤外分光法(NIRS)を用いた検討」,東北大学機関リポジトリTOUR, 博士学位論文の要旨及び審査結果の要旨,No.34,pp.63-64.
PHPオンライン 衆知|【ストレス軽減】よく噛む習慣で脳が若返る!
CiNii|リズム運動がセロトニン神経系を活性化させる
噛むこと研究室|”スポーツ”で噛む? スポーツに関する効果を解説します。
石上惠一(2011),「聞いてビックリ!“歯とスポーツの話”」,東京歯科大学学会,歯科学報,Vol.111,No.4,pp.392-406.
Wiley Online Library|The relationships among child’s ability of mastication, dietary behaviour and physical fitness – Kibayashi – 2011 – International Journal of Dental Hygiene
KAKEN |20890278 研究成果報告書 咀嚼力および口腔機能育成を目指した食育支援についての研究
学研 おやこCAN|子育て医療コラム:かむ習慣は、5歳までに身に付けよう!