複数の子どもがいる場合、経済的な理由もあって、それぞれの子どもが望むものをすべて与えるようなことはなかなかできません。きょうだいがいる人のなかには、小さい頃、たくさんのおもちゃを持っているひとりっ子の友だちをうらやましく思っていたという人も多いのではないでしょうか。そして、「その恵まれた環境こそ、ひとりっ子最大のメリット」というのは、「きょうだい型人間学」を専門とする国際基督教大学の磯崎三喜年先生。少子化によって増加中のひとりっ子を育てるにあたって、親はなにに注意するべきなのでしょうか。
構成/岩川悟 取材・文/清家茂樹 写真/石塚雅人(インタビューカットのみ)
きょうだいがいないことで「自信を持つ」ひとりっ子
ひとりっ子も、親にとってのはじめての子どもである「一番っ子」であることにはちがいありません。ですから、ひとりっ子は、社会的価値観を受け入れたり学業成績が上がったりするといった一番っ子に見られる特徴も備えています(第2回インタビュー参照)。
ですが、育つ環境としてきょうだいがいないということが、その行動特性や性格に大いに影響を与えます。その特徴としては、自分に自信を持つということがまず挙げられます。きょうだいがいる場合、スポーツでも勉強でも、なにかにつけてきょうだい間で周囲から比較されたり、自ら比較したりしてしまうもの。でも、ひとりっ子の場合はそういうことがありません。
また、親にとってはただひとりの子どもですから、時間的な資源も物理的な資源もすべてをひとりっ子に注ぐことになります。そうして、ひとりっ子は親の愛情を存分に受け取り、おもちゃにしてもなににしても独り占めすることができる。その満たされた環境のなかで、ひとりっ子は自然と自信を身につけていくのです。
自己中心的と思われがちなひとりっ子は、じつは親思い
ただ、性別によって、ひとりっ子であることに対する意識にちがいが見られることも、ひとりっ子の特徴です。男の子の場合、親の愛情やさまざまなものに囲まれ、「ひとりっ子で大いに結構」と思うのですが、女の子の場合はそうではないこともある。というのも、女性は生きていくうえで他者との関係を重視する傾向にあるからです。
いまでこそ、男女問わず個人の力でなにかを成し遂げるといったことが重視される世の中になってきました。でも、歴史的に見れば、やはり女性の場合はそういう意識が男性より薄いという時代が続いてきた。そうして、女の子のひとりっ子は「きょうだいがいればよかったのに……」と思うケースも多いのです。
また、きょうだいがいないことによって親との関係性が非常に強く、その関係を重視する傾向にあることもひとりっ子の特徴です。ひとりっ子というと、自己中心的なのではないかと思われることも多いものですが、親に対しての意識となるとそんなことはなく、むしろ親思いに育ちます。そのことは、たとえば恋人や結婚相手を選ぶときにも表れます。恋人をつくったり結婚を決めたりするときにも、「この相手を親は気に入ってくれるだろうか」という意識が強く働くのです。
対人スキルが育ちにくいことに要注意
このように、自信家で親思いに育つひとりっ子ですが、きょうだいがいないということにはもちろんデメリットもあります。たとえば、ひとりっ子の幼児を3人集めてお菓子を2つ渡してみると、それぞれが勝手に食べようとします。ただ、これもひとりっ子が自己中心的だというわけではありません。きょうだいなど他の人間とのあいだで、バランスを取ってなにかをわけ合うという経験がないというだけなのです。
こういう経験は、学校における集団生活のなかでもできそうなものですが、なかなかそうはいきません。小学校で子どもが過ごす時間は、1日のうちの3分の1にも満たない。しかも、学校では授業などの時間が大半を占めているので、子どもが対人スキルを身につける場面は思いのほか少ないのです。ですから、子どもが小さいときほど、友だち関係をうまく築くことに関しては、ひとりっ子はハンデを背負いがちだといえます。
そう考えると、ひとりっ子に対しては、いとこや友だちなど同年代の子どもたちと頻繁に接する機会を与えてあげることが大切となるでしょう。それは、なにかの習い事をさせるということでも、ボーイスカウトなどに参加させるということでもいいかもしれない。実際、いとこと頻繁に会っているひとりっ子の場合には、ひとりっ子ではない子どもたちと比べても対人スキルに大きなちがいがないという研究データもあるほどです。
ひとりの時間を楽しめる環境やものを与える
そして、ひとりっ子にはひとりの時間を存分に楽しめるような環境を与えてあげてください。きょうだいがいないひとりっ子は、ひとりでいる時間をマイナスのことだととらえることなく、空想をするなどして楽しむ傾向にあります。そこで、子どもがひとりであるメリットを生かして、おもちゃでも教材でも楽器でも、子どもが興味を持ちそうなものをいろいろと与えてあげるのです。
すると、子どもはさまざまなものに触れるうち、「これだ!」というものを見つけます。そうして、自分なりに興味関心を持ったものごとを究めるような研究者やアーティストになっていくことが多いのが、ひとりっ子の特徴なのです。芸術の分野でいえば、「芸術は爆発だ」の名言で知られる岡本太郎さんのほか、詩人の谷川俊太郎さん、ミュージシャンの坂本龍一さんや宇多田ヒカルさんがひとりっ子として知られています。
自分の創作物に対して、「まわりがどう思うかな」なんて考えていてはアーティストになんてなれません。人とちがうことがまったく気にならないどころか、むしろそこに大きな価値を見出していけるメンタリティーこそがアーティストに必要なものであり、ひとりっ子の強みです。
このことは、企業に就職した場合にも生きてきます。周囲に流されて安易に妥協ばかりしていては、大きな仕事を成し遂げることはなかなか難しいでしょう。誰も考えつかないような大仕事をするには、自分に対する自信、他人と自分を比較しないひとりっ子のメンタリティーが大いに力を発揮するはず。そのひとりっ子ならではのメンタリティーを育てることをいちばんに考えてほしいと思います。
『きょうだい型人間学: 性格と相性を見ぬく』
磯崎三喜年 著/河出書房新社(2014)
■ 国際基督教大学教養学部名誉教授・磯崎三喜年先生 インタビュー一覧
第1回:きょうだいの有無や生まれ順、子どもの性格形成にどこまで影響する?
第2回:高学歴を得やすい「一番っ子」。でも大きな期待をかけすぎないで――
第3回:優れたバランス感覚や穏やかさを持っている「間っ子」は手がかからない!?
第4回:何度失敗しても再び立ち上がる「末っ子」。大化けする可能性あり!
第5回:末は研究者か芸術家!? きょうだいがいないことで自信を持つ「ひとりっ子」
【プロフィール】
磯崎三喜年(いそざき・みきとし)
1954年2月1日生まれ、茨城県出身。国際基督教大学教養学部社会心理学名誉教授・博士(心理学)。茨城大学卒業後、広島大学大学院で社会心理学を専攻。広島大学助手、愛知教育大学助教授を経て2001年より現職。社会的状況における人間心理、友情ときょうだい関係など、対人関係に潜む心理機制をさまざまな角度から追求・発表している。主な著書に『現代心理学 人間性と行動の科学』、『マインド・スペース 加速する心理学』、『マインド・ファイル 現代心理学はどこまで心の世界に踏み込めたか』(いずれもナカニシヤ出版)がある。
【ライタープロフィール】
清家茂樹(せいけ・しげき)
1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立し、編集プロダクション・株式会社ESSを設立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。