イスラエルの物理学者・エリヤフ・ゴールドラットが提唱するTOC(制約理論)と呼ばれる科学理論および思考法を用いれば、子どもの「考える力」を劇的に伸ばすことができるとされています。
飛田基さんは、その実践方法を『世界で800万人が実践! 考える力の育て方——ものごとを論理的にとらえ、目標達成できる子になる』(ダイヤモンド社)という1冊の本にまとめ、読者の高い支持を得ました。
著書では、特に「考える力」を伸ばすために効果的な「クラウド」「ブランチ」「アンビシャス・ターゲット・ツリー」と呼ばれる3つの思考ツールを取り上げています。
前編で紹介した「クラウド」に続き、因果関係を把握する「ブランチ」、目標達成のためのステップを整理する「アンビシャス・ターゲット・ツリー」の使い方を、具体例を交えて教えていただきました。
構成/岩川悟 取材・文/清家茂樹(ESS)
因果関係、理由を子どもに把握させて長期的な視点を育てる
幼い子どもはすぐ目の前にある自分がやりたいこと、欲望をかなえることをなによりも優先しようとします。というのも、長期的な視点というものがまだまだ備わっていないからです。どんな行動をとれば、その先にどんなことが起こるのかという、「原因」と「結果」のつながりを整理して、長期的な視点で考える力を育てる思考ツールが「ブランチ」と呼んでいるものです。
使うのは矢印とふたつの「箱」。「箱」と呼んでいますが、実際には大きめの付せんなどを使うといいでしょう。ではここで、具体例を出して解説していきます。
これは、娘のAちゃんに早めにお風呂に入ってほしいと思っているのに、Aちゃんはテレビのアニメを観るのに夢中で「嫌だ」と拒否することに困っているパパの例です。矢印の出どころである箱を「原因の箱」、矢印が向かう側の箱を「結果の箱」と呼びます。この例なら、「Aちゃんは『嫌だ』と言うならば、結果としてパパは『困ったもんだ』と思う」ということです。
場合によっては、起こった結果が今度は原因となって、次の結果を引き起こすこともあります。例で言えば、先ほど原因に挙げた「Aちゃんは『嫌だ』と言う」ことは、「パパはAちゃんに『早くお風呂に入りなさい』と言う」ことが原因で起きた結果ですよね。箱の数に制限はありません。木の枝が伸びていくように、どんどん因果関係を書き込んでいきます。
「Aちゃんは『嫌だ』と言う」理由は「アニメを観たい」ことですが、もちろん、「パパは『困ったもんだ』と思う」ことにも理由があります。それは、「理由の箱」としてまた別の箱に書き込みます。この場合、「Aちゃんに早めの時間に寝てほしい」のがその理由。そして、「Aちゃんに早めの時間に寝てほしい」理由は、「早めに寝ないと翌日にAちゃんの元気が出ない」からです。
ただ頭ごなしに「早くお風呂に入りなさい」と言ったところで、子どもには子どもなりの理由があり、なかなか納得してくれるものではありません。Aちゃんが早くお風呂に入ってくれないとパパが困る理由を、整理しながら順を追って説明するのです。そうして、問題解決を図るとともに、子どもの長期的な視点を育てようというわけです。
もし、子どもとの間で問題が起きたら、親は「チャンス到来!」と思ってほしいですね。もしかしたら本当に親が見落としていたものが見えることもあるでしょう。その行動が本当にいいことなのかと子どもに考えさせると同時に、親も考える。親にとってもなにかを発見することにつながるはずです。
自分を客観視して目標達成のために成すべき行動を明確にする
ブランチはもちろん大人にも使えるものです。現状が起こった要因を過去にさかのぼって調べる、あるいは将来のプランを練る際にも有効ですね。そして、将来のプランニング、目標を設定して達成するという目的に特化したものが「アンビシャス・ターゲット・ツリー」という思考ツールです。
これにより、大きな目標の達成のためにはどんな障害があり、それをどう乗り越えていくかという課題を浮き彫りにするのです。そのステップは以下のようなもの。
- 大きな「目標」を定め、具体的な言葉にする
- 目標の前に立ちはだかる「障害」をリストにする
- 障害を乗り越えた先の「中間目標」を決める
- 中間目標を取り組む順番に並べる
- 中間目標達成の具体的な「行動」を決める
ひとつの例を見てもらいましょう。下の図は、俳優を目指している男子高校生とわたしが会話をしながら作成したものです。
このようにして、目標達成のために自分になにが足りないのか、成すべき行動を明確にしていくのです。行動は実行可能でかつ具体的でなければなりません。そして、実行すれば中間目標が達成され、大きな目標を達成するための障害が取り除かれるというロジックです。
もちろん、これは幼い子どもにだって応用できるもの。幼い子どもだと、一連でおこなうべき行動をするにも、一つひとつの動作を指示する必要があります。それはたとえば、「ハンカチを洗濯機に入れる」という行動をするにも、「幼稚園のかばんからハンカチを出して」「出したら洗濯機に入れて」と指示するという具合です。これら、一連でおこなうべき行動をアンビシャス・ターゲット・ツリーで覚えさせるのです。
下の図は、「ひとりでお風呂に入る」という目標を立てた子どものアンビシャス・ターゲット・ツリーです。
幼い子どもの「ひとりでなにかができるようになる」といった目標の場合、中間目標と行動はほぼ同じになります。そして障害とは、目標である一連の行動のなかのできないこと。子どもと話をしながらできないこと、やるべきことを付せんに書き出す。そして、できたことは壁に貼ってあげるのです。そうすると、子どもからすれば壁を見るたびにできることがどんどん増えていく。その積み重ねによって、自分が成長している実感、達成感を感じさせながら、自信を持つことができる思考ツールです。
ブランチにしろ、アンビシャス・ターゲット・ツリーにしろ、自分の行動や考えを客観視させる思考ツールです。子どもというのは、まだまだ自分自身を客観視ができないもの。しっかり「考える」には、主観だけでなく、さまざまな角度からものごとを見る習慣が必要なのです。その習慣を身につけるためにも、ぜひこれらの思考ツールを有効活用してみてください。
『世界で800万人が実践! 考える力の育て方——ものごとを論理的にとらえ、目標達成できる子になる』
飛田基 著/ダイヤモンド社(2017)
■ 飛田基さん インタビュー一覧
第1回:「考える力」を伸ばすことは幸福に近づく近道
第2回:子どもの考える力を伸ばす「3つの思考ツール」(前編)
第3回:子どもの考える力を伸ばす「3つの思考ツール」(後編)
第4回:子どもの教育は「個のちがい」に目を向けることからはじめる
【プロフィール】
飛田基(とびた・もとい)
1974年4月2日生まれ、千葉県出身。早稲田大学理工学部を卒業後、フロリダ大学博士課程を修了。フロリダ大学ポストドクトラルフェロー、日立製作所を経て経営コンサルタントとして独立した後、イスラエルの物理学者・エリヤフ・ゴールドラットが唱えるTOC(制約理論)に出会い、それを多くの人に広めることを決意。現在、NPO法人・教育のためのTOC日本支部マスターリードファシリテータとして、大人と子どものコミュニケーション向上による教育の改善に尽力している。
【ライタープロフィール】
清家茂樹(せいけ・しげき)
1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立し、編集プロダクション・株式会社ESSを設立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。