変化のスピードはどんどん増し、ほんの数年後の世界がどうなっているのかも誰にもわからない時代――。そのなかで、未来を担う子どもには「6つの力」が必要だと提唱している研究者がアメリカにいます。
ただ、彼女たちの著書『科学が教える、子育て成功への道』(扶桑社)を翻訳した慶應義塾大学環境情報学部教授の今井むつみ先生は、「6つの力を伸ばすことにこだわり過ぎることも危険」とも語ります。
構成/岩川悟 取材・文/清家茂樹 写真/石塚雅人(インタビューカットのみ)
子どもの成功のために必要な能力とはなにか
わたしが翻訳した、『科学が教える、子育て成功への道』(扶桑社)のふたりの著者は付き合いの長い友人です。その本では、これからの時代に必要な力として「6Cs」というものを提唱しています。まずは、その6Csを順に説明していきましょう。
【これからの時代に求められる「6Cs」】
1.コラボレーション(Collaboration)
自分をコントロールして他者とコラボレーションすることは、大人、子どもを問わず、わたしたちすべてに求められるスキルの中核であり、社会的に有能であるための基本です。
2.コミュニケーション(Communication)
コラボレーションを基盤にして築かれるのがコミュニケーション。コミュニケーションスキルの高さが、より健康な状態を育み、学業とかかわるスキルの高さにも関連するという研究結果もあります。
3.コンテンツ(Contents)
コンテンツとは知識といっていいでしょう。新しい情報に出会ったときに、どんな戦略を取ってアプローチするかという、学ぶスキルもコンテンツに含まれます。
4.クリティカルシンキング(Critical Thinking)
莫大な情報にさらされる時代、一歩引いて考え、なにが本当に必要かを見極めて、答える必要のある問いを選ぶ、クリティカルシンキング(批判的思考)の力を発揮できる人こそ、これからの時代において目指すべき人物像です。
5.クリエイティブイノベーション(Creative Innovation)
コンテンツとクリティカルシンキングをともに働かせた結果、生まれるのがクリエイティブイノベーションです。コンテンツを身につけないまま自由に発想しても、創造性は育ちません。
6.コンフィデンス(Confidence)
問題に直面したときに必要となるのは、すぐにあきらめることなく、自分自身の気持ちと行動をコントロールし、失敗を乗り越えようとするコンフィデンス(自信)です。
いかにして「生きた知識」を得るか
じつは、これら自体は新しい概念ではありません。ただ、未来を生きていく子どもが成功に至るためには、いわゆる学力と同じくらい、あるいはそれ以上に大事なものがあるとして、綺麗にまとめたことに大きな意味があります。
これまで、数値化してランクづけができるハードスキルと呼ばれるものが「学力」と呼ばれてきました。一方、たとえば「他人の気持ちを推し量る」といった、「6Cs」を含むソフトスキルと呼ばれる能力は数値化することが難しいものです。
学校という場所では、学力で生徒を評価します。なぜなら、数値化できるので評価しやすいからです。しかし、ハードスキルは人が成功するために必要とされるもののほんの一部に過ぎません。学力は学力テストや大学入試には使えるものです。でも、実社会に出たときの問題解決にはあまり役に立たないという側面も持っています。
学力は大事なものですが、使えない知識をいくら持っていてもそれでは意味がありません。いわばそれは、「死んだ知識」です。それに対して「生きた知識」というものは、それを使うことでどんどん新しいことを学習できる知識です。
たとえば、言葉の知識は「生きた知識」のとてもよい例といえます。ある言葉を知っていることで、新しく出会った言葉の意味を推論することができるからです。これはまさに、知識を使って新しい知識を生んでいるということ。そういう好循環を生むのが、「生きた知識」なのです。
人が学ぶときに注意しなければならないのは、あるコンテンツのピースを単体で学ぶだけではあまり意味がないということ。それでは、単発の知識になってしまい、「使えない知識」「死んだ知識」を得るだけになるからです。
そうではなくて、ある一定以上のボリュームのピースを学び、そこにある規則性などを発見していく必要があります。それは、すでに持っている知識と新たに得た知識をリンクさせるということ。それが、知識を「生きた知識」にするための鍵です。
「6Cs」にこだわり過ぎることも危険?
話を「6Cs」に戻しましょう。たしかに、「6Cs」はこれからの時代を生きていく子どもたちにとって大切なものです。だからといって、6つすべての能力を伸ばすということは難しいですし、完璧を目指してはいけないとも思うのです。
さまざまな能力の高さには、個人によって「凸凹」があって当然です。たとえば近年、多くの人が大切だと述べているのが、コミュニケーション能力です。でも、コミュニケーションが得意な人もいれば不得意な人もいる。それはあたりまえのことです。そして、仮にコミュニケーションが苦手であっても、黙々と自分がやるべきことに打ち込んで成功している人も世のなかにはたくさんいます。
コミュニケーション能力が大事とはいっても、逆に周囲をシャットアウトして自分の道を自分のスタイルで進んでいけるということも、コミュニケーション能力とは対極にある力だと思うのです。
大切なのは、子どもそれぞれの個性を伸ばしてあげるということ。幼稚園にも、他の子どもとのお遊戯にはあまり興味を示さずに、ひとりで園庭に走っていって虫ばかり見ているような子どももいるかもしれません。ならば、その興味を大切にしてあげなければなりません。コミュニケーション能力が大事だからとその子を虫から無理やり引き離してしまうと、本来、伸びるはずだった力が伸びないということになりかねないからです。
そういう過ちを犯さないためにも、自分の子どもはどんなことに興味を持っているのか、どんな能力が伸びそうなのかといった子どもの個性をしっかりと見てあげてほしいのです。教育という分野も研究が進み、どんどん新しい考え方が出てきます。「こういう教育が大事だ」と、主流になるようなものもあるでしょう。
ただ、いくら世間一般的に重要なことだといっても、不得意なことを無理にさせることは、子どもの成長にとって決していいことではないのです。やはり重要なのは、その子の興味がどこにあるのかということ。まずはその部分を大切にしてください。
『科学が教える、子育て成功への道』
キャシー・ハーシュ=パセック、ロバータ・ミシュニック・ゴリンコフ 著
今井むつみ、市川力 翻訳/扶桑社(2017)
■ 慶應義塾大学環境情報学部教授・今井むつみ先生 インタビュー一覧
第1回:我が子の「成功」を願う親が、絶対に伸ばしてやるべき子どもの“力”
第2回:小さな子どもが喜ぶ「デジタル絵本」に、実は“学びの効果”は期待できない
第3回:「コミュニケーション能力を重視しすぎ」な親が、犯しかねない過ちとは
第4回:家庭での学びが「アクティブ」で「プレイフル」になる、いちばんの方法
【プロフィール】
今井むつみ(いまい・むつみ)
慶應義塾大学文学部西洋史学科卒、慶應義塾大学大学院社会学研究科博士課程修了、ノースウェスタン大学心理学部博士課程修了。1993年より慶應義塾大学環境情報学部助手。専任講師、助教授を経て2007年より教授。専門は認知・言語発達心理学、言語心理学。とくに語彙(レキシコン)と語意の心のなかの表象と習得・学習のメカニズムを研究している。著書に『学びとは何か――<探求人>になるために』(岩波書店)、『言葉をおぼえるしくみ 母語から外国語まで』(筑摩書房)、『ことばの発達の謎を解く』(筑摩書房)など。
【ライタープロフィール】
清家茂樹(せいけ・しげき)
1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立し、編集プロダクション・株式会社ESSを設立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。