近年、注目を集める「モンテッソーリ教育」を掲げる幼稚園のひとつが「吉祥寺こどもの家」。園長の百枝義雄先生は、著書『「集中できる子」が育つモンテッソーリの紙あそび』『「自分でできる子」が育つモンテッソーリの紙あそび』(ともにPHP研究所)も好評なモンテッソーリ教育のエキスパートです。その出版意図はどんなところにあったのでしょうか。両書の共著者でもある奥さまの百枝知亜紀先生にも登場してもらい、ふたりにお話を聞きました。
構成/岩川悟 取材・文/清家茂樹 写真/石塚雅人(インタビューカットのみ)
子どもの腕は、肩、肘、手首、指先の順でコントロールできるようになる
義雄先生:『「集中できる子」が育つモンテッソーリの紙あそび』『「自分でできる子」が育つモンテッソーリの紙あそび』(ともにPHP研究所)という本を出版した大きな狙いのひとつは、子どもたちが「幸せな大人になる」という自らの使命を果たすために少しでも力になりたいという思いにあります。
わたしたち大人は数限りない道具をそれぞれの場面でふさわしい力加減で使いこなすことで生活を営んでいます。子どもは大人の真似をしたがるものですから、もちろん親と同じように道具を使いたくて仕方がありません。そうするためには、思い通りに動く「手」が必要です。ところが、発達途中にある子どもにとって手を自由に動かすことは、大人が思う以上に難しい運動なのです。そんな運動についての話からはじめましょう。
「粗大運動」と「微細運動」という言葉を聞いたことはあるでしょうか。大まかにいえば、粗大運動とは移動やバランスを取るといった、体全体を使って姿勢を整える運動です。一方、微細運動とは主に肩から指先までを使った繊細な運動のことです。
幼い子どもはまだうまく指先を使えません。というのも、微細運動の発達には順序があり、まずは肩をコントロールできるようになり、続いて肘、手首、指先という順で自由に動かせるようになっていくからです。我々の本は、この微細運動のトレーニングを子どもたちが楽しみながらできるようにと出版しました。
子どもの遊びの出来栄えを評価してはいけない
義雄先生:勘違いしてほしくないのは、この本で紹介している紙あそびを子どもがうまくできてもできなくても、親はそんなことは気にしなくてもいい、気にしてはならないということです。この本の紙あそびのように見本があるものだと、どうしても線に沿って切れているか、縫い目が綺麗に並んでいるかといったことを気にして、親は「採点」しがちです。
ですが、子ども本人が「できた!」といえば、できたのです。そうして子どもは自分が成長していることの手応えを感じて、「楽しい!」「もっとやりたい!」「頑張ろう!」と思う。それなのに、親が「もっと綺麗に切れるでしょ?」なんていっては、子どもの意欲を断ち切ってしまいます。
親がやるべきことは、子どもの「できた!」という達成感に寄り添って、共感することです。あくまでも共感することであって、褒めるのではありません。大好きなお父さん、お母さんに共感してもらえた、認めてもらえたというよろこびが、子どもが成長して挫折をしたときには大きな心の支えになるのですからね。
指先を自由に使うには最終的に全身の安定が重要
義雄先生:他に親に注意してほしいことというと、使う道具や手の使い方を限定する必要はないということも挙げられます。この本は、書籍という媒体の特性上、見本の型紙をつけられる紙あそびをテーマにしたに過ぎません。
知亜紀先生:はさみや箸を上手に使えるようになってほしいと思うと、親はついはさみと箸を使って練習をさせようとするものです。でも、結局、指先をきちんと使えるようになりさえすれば、はさみも箸も上手に使えるようになります。そして、指先を自由に使えるようになるためには、むしろ道具や手の使い方を限定するのではなく、いろいろな道具を使ったりさまざまな手の使い方を経験したりすることのほうがいいのです。
たとえば、料理をするときにインゲン豆の筋を取るお手伝いをさせるとか、ペットボトルのふたを親が開けて渡すのではなく子どもに開けさせるとか、あるいは一緒に洗濯物をたたむというふうに、さまざまな手の使い方を経験させてあげてほしいですね。
義雄先生:粘土をこねるとか鉄棒をつかむ、ジャングルジムに登るといった、一見、指先の器用さにつながらないようにも思えることも、最終的には指先を自由に使えるようになるためには重要です。もっといえば、指先を繊細に使うためには、手首や腕、そして肩が安定していないといけない。さらには、それらを支える背中や腰、つまり土台の安定が重要となります。この意味で、粗大運動の育ちが微細運動の育ちを支えています。結局のところ、さまざまな運動をまんべんなくやらせてあげることこそが重要なのです。
焦ったり、不安になったりする必要はない
知亜紀先生:そして、なにより「とにかく焦らずに待つ」ことを心がけてほしいですね。先に夫がお伝えしたように、指先を自由に使えるようになるには、肩、肘、手首と順に動かせるようになることを待つ必要があります。少しくらいまわりの子どもよりはさみを上手に使えないからといって、慌てる必要はまったくありません。それは、まだその時期が来ていないだけのことなのですから。
義雄先生:やはり親というのは、まわりの子どもより自分の子どもがリードしていないと落ち着かないのでしょう。でも、「うちの子は遅れていないかな……」なんてずっと心配ばかりしていては、親も大変ではありませんか。いろいろな運動をさせてあげてさえいれば、子どもは必ずきちんと指先を器用に使えるようになります。心配する必要も、慌てる必要もないのです。
『「集中できる子」が育つモンテッソーリの紙あそび』
百枝義雄・百枝知亜紀 著/PHP研究所(2019)
■ 吉祥寺こどもの家園長・百枝義雄先生 インタビュー一覧
第1回:子どもは「自分の伸ばすべきところ」を知っている――タイミングはその子次第
第2回:「おしごと」と「集中現象」とは? “親にしかできない”もっとも重要なこと
第3回:はさみを上手に使うには、背中と腰の運動が重要? 器用な子どもにするために親ができること
第4回:親が待つことができれば、子どもの「考える力」は育つ。理想の家庭教育は追い求めない!
【プロフィール】
百枝義雄(ももえだ・よしお)
1963年10月23日生まれ、長崎県出身。吉祥寺こどもの家園長。東京大学教養学部教養学科第一表象文化論分科卒業。日本モンテッソーリ教育綜合研究所教師養成センター卒業、モンテッソーリ教師(3歳?6歳)資格取得。横浜国際モンテッソーリ乳児アシスタントコース卒業、AMI乳児アシスタント資格取得。2002年度より2006年度まで日本モンテッソーリ教育綜合研究所教師養成センターの実践講師として3歳?6歳のモンテッソーリ教師養成に携わる。2007年、同センターで0歳~3歳のモンテッソーリ教師養成コースを立ち上げ、2011年3月まで4期にわたり実践講師を担当。現在は、モンテッソーリ・ラ・パーチェ トレーニングコース代表、モンテッソーリ家庭教育研究所研究員、日本赤ちゃん学会会員も務める。著書に『「自分でできる子」が育つモンテッソーリの紙あそび』(PHP研究所)、『「1人でできた!」を助けるおうちでモンテッソーリ子育て お母さんはラクになり、子どもの未来が輝く』(PHP研究所)、『父親が子どもの未来を輝かせる』(SBクリエイティブ)などがある。
百枝知亜紀(ももえだ・ちあき)
1969年12月22日生まれ、東京都出身。吉祥寺こどもの家主任。モンテッソーリ・ラ・パーチェ トレーニングコース講師。目白学園女子短期大学国語国文科卒業。玉川大学文学部教育学科幼児教育課程修了。日本モンテッソーリ教育綜合研究所教師養成センター卒業、モンテッソーリ教師(0歳〜3歳、3歳〜6歳)資格取得。2007年、同センターで0歳〜3歳のモンテッソーリ教師養成コースの立ち上げに参加すると、2009年まで3期にわたりアシスタントを務め、2010年度には実践講師として指導にあたる。大手メーカー在職中に幼稚園教諭免許を取得し、小さき花の幼稚園、麻布子どもの家勤務を経て現職。
【ライタープロフィール】
清家茂樹(せいけ・しげき)
1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立し、編集プロダクション・株式会社ESSを設立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。