芸術にふれる/演劇 2018.9.13

日本でもじわじわ広がる「ドラマ教育」ってなに?――「ドラマ教育」によって伸びる子どもたちの力とは

日本でもじわじわ広がる「ドラマ教育」ってなに?――「ドラマ教育」によって伸びる子どもたちの力とは

「ドラマ教育」という言葉を耳にしたことはあるでしょうか? いま、じわじわと日本国内でも広がりつつある子ども教育です。そして、そのパイオニアとして活躍するのが、東京都市大学人間科学部教授の小林由利子先生。そもそもドラマ教育とはどんなものなのか。そして、ドラマ教育によって子どもたちのどんな力が伸びるのか――。ドラマ教育が生まれた経緯を含めて教えてもらいました。

構成/岩川悟 取材・文/清家茂樹(ESS)

アメリカとイギリスで同時期に誕生した

ドラマ教育は、「演劇教育」というものに含まれるとも言えます。演劇は英語では「シアター」と言います。つまり、演劇教育は「見せる」ことに重きが置かれているものです。日本の小学校には、子どもたちが親や友だちの前で演劇を披露する学芸会がありますよね。演劇教育という言葉は聞いたことがないという人が多いかもしれませんが、学芸会も立派な演劇教育ととらえることができます。

一方、ドラマの語源は「to do」。こちらは、「する」ことに重きが置かれているということになります。「演劇」と聞くと、どうしても学芸会のようにステージで上演されるものをイメージしますよね? ですから、あえて「ドラマ」を強調することで、演劇教育とドラマ教育を差別化しようと考えたわけです。

この教育は、元々はアメリカとイギリスで生まれたもの。とても不思議なのですが、同じ20世紀のはじめ頃にふたつの国で誕生しているんですよね。当時、イタリアからアメリカに渡った移民のなかに、演劇をつくる活動をしていた人がいました。当然ながら上演を目的としていたのですが、そのうち「どうも出演する子どもたちは、そのプロセスでたくさんのことを学んでいるようだ」と気がついた。そうして、アメリカでは演劇をつくる過程に教育的意義があるとして、1920年代に「クリエイティブ・ドラマ」というものがはじまりました。

そして、イギリスでは学校における教育手法としてドラマを取り入れたのがはじまりだとされています。ドラマを使って歴史を教える、国語を教えるといったものですね。こちらは、「ドラマ・イン・エデュケーション(DIE)」と呼ばれています。アメリカのものもイギリスのものも、ともに観客に見せることではなく、子どもたちが演じること自体を重視した活動です。これらが、わたしが言うところの「ドラマ教育」です。

「ドラマ教育」によって伸びる子どもたちの力とは2

子どもの知的好奇心を育てる3つのポイント
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「遊び続ける人間」を育てなければならない

イギリスでは、歴史や国語という教科の教育手法として使われているように、ドラマ教育が使われる場は幅広く、その使い方次第でいろいろな効果が期待できます。ここでは、ドラマ教育が子どもたちに与える影響、ドラマ教育によって伸びる能力についてのわたしの考えをお伝えしましょう。

わたしの考えの根幹にあるのは、演劇もドラマもルーツは「子どもの遊び」だということ。ここがとても大事なポイントで、「遊び/ドラマ/演劇」という連続体になっているのです。子どもは、いろいろなものを別のものに見立てたり、別人を演じたりして遊びますよね。石ころをあめ玉に見立てる、自分がお母さんになっちゃうというふうに(笑)。そんな子どもたちも、小学生くらいになるとやがてその遊びをやらなくなってしまいます。でも、実際にやらないまでも、子どもというのは頭のなかでは幼い頃と同じように遊んでいるのです。わたしは、その遊びを続けさせるためのツールとしてドラマ教育を位置づけています。

なにかを別のものに見立てる、いろいろな人に変身する――つまり子どもの遊びと同じようなドラマ教育を続けるうち、「人に見せたいな」という気持ちが芽生えてきます。そこで、脚本をつくってリハーサルをして演劇を上演する。でも、演劇を最終目的にしてはいけません。常に、ルーツである「遊び」に戻ることが大事だからです。そうして、遊び続ける人間を育てることが、なによりも大事だとわたしは考えています。

というのも、演劇も遊びもそれぞれがいろいろな力を伸ばしてくれるからです。遊びのなかには、自発性や自主性、創造性、イマジネーションがある。そして、グループ活動である演劇を通じて、コミュニケーション能力や社会性だって養われます。

これからの時代に重要となる力のひとつは、「協働力」ではないでしょうか。グローバル化が進む世の中では、どんな人とも一緒に活動できる力が必要とされます。宗教や人種、言語が異なる多くの人間とプロジェクトを組んで、同じ目的に向かうことができなければなりません。そうした人間でなければ、時代から取り残されてしまうでしょう。

演劇の上演というのは、仲間と協力して作品をつくり上げ、観客と一緒に楽しむ、共有すること。そして、作品を仕上げていくプロセスでは、仲間の話を聞き、自分の考えを的確に表現することが求められます。そう思うと、演劇をつくることはまさに「協働」そのものではないですか。

遊びによって創造性やイマジネーションを育て、演劇をつくり上げる過程で社会人として必要な協働力を養う。そして、再び遊びに戻るというサイクルを繰り返すことで、人間としての幅をどんどん膨らませることができる。これが、ドラマ教育なのです。

保育に役立つ ストーリーエプロン
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小林由利子 著/萌文書林(2012)

ドラマ教育入門
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小林由利子他 著/図書文化社(2010)

■ 国内ドラマ教育のパイオニア・小林由利子先生 インタビュー一覧
第1回:日本でもじわじわ広がる「ドラマ教育」ってなに?――「ドラマ教育」によって伸びる子どもたちの力とは
第2回:「ドラマ教育」は子どもたちの主体的な学びに最適――本場・英米の動きから見る「ドラマ教育」の大きな可能性
第3回:「ドラマ教育」を保育者養成に活かす――創造的な子どもを育てる力を養う「ドラマ教育」の効果
第4回:演劇は子どもの知性と感性を刺激する――「ドラマ教育」を家庭に取り入れ、子どもの知的好奇心を育む方法

【プロフィール】
小林由利子(こばやし・ゆりこ)
1956年5月27日生まれ、東京都出身。1982年、東京学芸大学大学院学校教育研究科修士課程修了後に渡米。イースタン・ミシガン大学大学院コミュニケーションと演劇学部子どものためのドラマ/演劇学科にて演劇教育について学ぶ。帰国後に東京学芸大学、川村短期大学での非常勤講師、川村学園女子大学の教授を経て、現在は東京都市大学人間科学部教授。ドラマ教育をとおして感性と表現力とコミュニケーション力を育成する保育者養成をミッションとして研究・活動する。

【ライタープロフィール】
清家茂樹(せいけ・しげき)
1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立し、編集プロダクション・株式会社ESSを設立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。