2016年のリオデジャネイロオリンピックでは、水谷隼選手がシングルスで男子日本人初となる銅メダルを獲得し、団体でも男子が銀メダル、女子は銅メダルを獲得しました。
2017年の世界卓球選手権でも5つのメダルを獲得するなど、卓球はいま人気急上昇のスポーツです。さらに、2018年1月には14歳の張本智和選手が史上最年少で全日本卓球選手権を優勝するなど若手選手の活躍も目立ち、子どもの習い事としても卓球は非常に注目を集めています。
そこで、選手としてソウルオリンピックに出場し、引退後は日本代表監督、JOCエリートアカデミーでジュニア選手の育成に努め、試合のテレビ解説なども行っている宮﨑義仁さんに、ご自身の経験を踏まえて、習い事として卓球をオススメしたい理由を教えてもらいました。
1.頭の回転が速くなり発想も柔軟になる!
卓球というスポーツは、非常に小さな卓球台の上で素早くボールを打ち返すスポーツです。自分がボールを打って相手に届くまでの時間は、たったの0.2秒。自分がボールを打って、相手が返すことを繰り返すのをラリーと言いますが、卓球はそのラリーが1分間で約185回も行われます。
短い時間でどう打つのか、どう返すのかという戦術を考えなければならないわけです。そういう繰り返しがずっと続くスポーツですから、ボールを打っている間も常に考えながら動いているということになりますよね。
たった0.2秒の間に瞬発的にものごとを考え決断して行動していきますから、自然と頭のキレ、回転が非常に速くなり、また、柔軟な発想ができるようになっていきます。
実際、いまの卓球選手でチャンピオンになる選手というのは、非常に頭のいい成績優秀者が多い。たとえば、張本智和選手は小学校のころに受けた実力テストで、宮城県で5本の指に入るくらいの成績を残したと言います。
わたしも卓球界で長く子どもたちを指導していますが、卓球の日本チャンピオンが学校のテストでも上位を取る子たちはたくさんいました。卓球をやらせたから頭が良くなったのか、頭が良いから卓球が強くなったのか――それは、卵が先か鶏が先ということですから、正確な因果関係はわかりません。ですが、ひとつ言えることは、「卓球が勉強を阻害することはない」ということです。
もちろん卓球ばかりやらせていてはダメで、それはどのスポーツも同じですよね。でも、少なくとも卓球は勉強とスポーツの両立がしやすいスポーツだとわたしは思いますから、子どもが成長していくときに行うスポーツとしては最適だと見ています。
2.反復練習で粘り強さが身につく
卓球は、力強くパーン! とスマッシュを打ち返すのも楽しいのですが、そればかりやっていても決して上達しません。練習で強く打ちたいところをグッと辛抱して、相手が打ちやすいところにボールを返すと、相手も自分が打ちやすいところにボールを返してくれる。それを繰り返していくと、3日くらいやれば100球連続で打ち続けられるようになります。それをさらに続けると、2週間で1000球も続くようになります。
相手と呼吸を合わせて、「ピンポン、ピンポン」と一定のリズムで丁寧に力を抑えて粘り強く続ける練習を繰り返すと、どんどん卓球は上達します。粘り強くものごとに取り組むことが結果につながることを、自分自身で明確に理解することができるのです。
ものごとに粘り強く取り組むことが身につけば、それは卓球だけに活きることではありません。「粘り強く辛抱して頑張れば結果がついてくる!」ということを、頭と身体で理解していますから、勉強にだって粘り強く取り組むことができますよね。だから、卓球選手に頭がいい子が多いのかもしれません。
3.俊敏性と反射神経が向上し怪我も少ないスポーツ
運動能力学的な話をすると、反射神経や俊敏性というものは10~12歳に最高点に達するそうです。そこからは、伸びるよりも徐々に下がっていってしまう。ということは、3歳~4歳、または小学校の低学年という年齢から卓球の0.2秒で繰り広げられるラリーを経験しておくと、高い俊敏性や反射神経が身についていきます。
張本選手も2歳から卓球をやっていたそうですし、福原愛さんも3歳から卓球をやっていたことは有名な話です。「早期専門化」という言葉には賛否両論ありますが、早くはじめればはじめるほど“得”があるのが、卓球というスポーツだと思います。
もし途中で卓球を辞めて他のスポーツを選んだとしても、その反射神経や俊敏性を活かすことは十分に可能。そういう意味でも、小さいころに卓球を習うのは非常に良いことだと考えているのです。
それから、親御さんにとって心配なのは子どもがケガをしてしまうことではないでしょうか。その点、卓球は小さな動き、小さな場所で行うスポーツですから、怪我をすることはほとんどありません。「卓球をやっていて病院通いになりました」ということはあまり聞きませんので、健全に安全に小さなころから運動をするという点においても、卓球は優れたスポーツなんですよね。
4.身体が小さくたって大丈夫!
卓球という競技を「楽しむ」「強くなる」ために、身長や体重はまったく関係ありません。むしろ小さいほうがすばしっこく動けるので、卓球では有利に働きます。実際に、身長の平均が180cmくらいあるような欧米諸国の選手よりも、アジアの選手ほうが優位につながる点が多いのですからね。
過去に世界チャンピオンになった女子選手で、身長が145cmという選手がいたくらいです。ですから、体格の大きさで成績が左右されることはありません。自分が努力した分が結果につながって、その分しっかりと成長していけるスポーツなのです。
そして、体格差が成績に左右されないということは、男女が互角に戦えるということにもつながります。2017年3月時点で、卓球は226もの国と地域で行われているスポーツ。次がテコンドーで207です。その数字を見れば、ダントツで卓球が世界で行われていて、老若男女が親しんでいるスポーツだということがわかるでしょう。その要因の大きなものに、男性でも女性でも同じように楽しめる、互角に戦うことができるという魅力があることは言うまでもありません。
長年に渡り卓球界を牽引する宮﨑さん。卓球が子どもの習い事としていい理由を、的確に教えてくれました
5.挨拶、感謝、尊敬といった礼儀を学べる
卓球というスポーツは、礼儀作法をとても重視しています。実際にわたしが卓球教室を立ち上げたときも、体育館に入ってきたら挨拶をする、靴を脱いだら揃えるというところから、徹底的に指導しました。
卓球というスポーツは個人競技ですから、言ってみれば争うのが好きな子たちばかり。常にライバルに向かっていって、ライバルを追い抜いていくということを積み重ねているんですね。
でもそこで重要なのは、自分が練習しているときに球拾いをしてくれる選手に感謝するとか、指導してくれるコーチに「お願いします」「ありがとうございます」と大きな声で言うこと。そういう礼儀作法ができて初めて、自分の技術向上のための練習ができることを理解してほしい。
卓球は1対1の勝負ですから、勝者がいれば必ず敗者が存在します。でも、相手がいないと卓球はできません。そのことにも感謝し、自分と戦った相手をリスペクト(尊敬)することも大切なことですよね。
2月に、国同士で5回戦い3勝したほうが勝ち進むという『卓球チームワールドカップ2018』が行われました。男子の準決勝で日本は韓国と対戦したのですが、結果として最終戦で日本が勝ちました。チームもとても喜んでいましたが、そのときのプレーヤーだった上田仁選手は、勝利してからすぐに対戦相手のところに行って握手をして、そのあとにベンチに戻って仲間と一緒に勝利を喜んでいました。そういう姿が、卓球のあるべき姿だと思っています。
礼儀作法というものを非常に重要視してわたしは指導していますし、卓球界全体でもそういうリスペクトを忘れず、礼儀を重んじるという指導をするようにしています。そういう思考が卓球界全体に根付いていますから、習い事として卓球を選んだときには、子どもたちは礼儀作法を学び、しっかり実践してくれるはずですよ。
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大人も子どもも全員が楽しめるスポーツであると同時に、幼少期だからこそ習い事として多くの“得”があるのも卓球の魅力のようです。宮﨑さんのお話を聞いて、人としての礼儀作法を学びながらも運動で身体を動かすだけではなく、勉学にも生きるスポーツなのだと感じました。どうやら卓球は、子どもたちに多くの学びの機会を与えてくれそうです。
■ 元卓球日本代表・宮﨑義仁さん インタビュー一覧
第1回:習い事としての卓球~頭の回転が速くなり、反射神経が向上~
第2回:子どもの“やる気スイッチ”を入れる方法
第3回:【夢のつかみ方】~突き抜けるまでやり抜くことで結果がついてくる~
【プロフィール】
宮﨑義仁(みやざき・よしひと)
1959年4月8日生まれ、長崎県出身。鎮西学院高校〜近畿大学〜和歌山銀行。長崎市立淵中学校に入学後、卓球部の友だちが教室で卓球をやっているのを見て、「楽しそうで自分もやりたい」と思い卓球部に入部。高校時代は九州地区で活躍し、大学時代に全国区、社会人になった以降は世界でも活躍。1985年の世界卓球選手権では団体3位、シングルス5位、ダブルス5位という成績を残した。1987年の世界卓球選手権ではシングルス9位、ダブルスで5位となり、1988年のソウルオリンピック日本代表権を獲得し出場。翌年の1989年に一度現役を引退し、ナショナルチームの男子コーチに就任。ナショナルチーム女子監督を経て、1991年には現役に復帰し37歳までプレー、2001年まで和歌山銀行総監督として活躍を続けた。同年に引退後は、ナショナルチーム男子監督に就任。2012年のロンドンオリンピックまで監督を務める。同年10月からJOCエリートアカデミー総監督となり、次世代のジュニア育成に力を注いでいる。試合のテレビ解説も行っており、分かりやすい解説が好評。公益財団法人日本卓球協会常務理事。
【ライタープロフィール】
田坂友暁(たさか・ともあき)
1980年生まれ、兵庫県出身。バタフライの選手として全国大会で優勝や入賞多数。その経験を生かし、水泳雑誌の編集部に所属。2013年からフリーランスとして活動。水泳の知識とアスリート経験を生かして、水泳を中心に健康や栄養などの身体をテーマに、幅広く取材・執筆。また映像撮影・編集も手がける。『スイミングマガジン』で連載を担当する他、『DVDレッスン 萩原智子の水泳 基礎からチャレンジ!』、『DVDレッスン 萩原智子のクロール 基礎からチャレンジ!』(ともにGAKKEN SPORTS BOOKS)、『呼吸泳本』、『明日に向かって~病気に負けず、自分の道を究めた星奈津美のバタフライの軌跡~』(ベースボール・マガジン社)などの書籍も多数執筆。